第7話 文豪少年

 文化祭の出し物は演劇に決まった。だが、話し合いは難航していた。劇の内容が一向に決まらないのだ。他にも劇をやるクラスはあるだろう。既存の内容だと被る可能性がある。すると、後ろで唸っていた夏見が突然立ち上がった。


「じゃあ一人ずつ台本を作って、良いと思うものをクラス委員が厳選するのはどう? それで、その厳選したものを名前を伏せて多数決。どう?」


 しばしの沈黙が流れた。僕的には却下だ。めんどくさい。……が、クラスは一気に盛り上がった。


「いいじゃん、それ!」

「楽しそう!」


 マジかよ。


✳︎


 すぐに原稿用紙が配られた。一週間以内に五〜十枚に収めて提出。僕は嫌々ながらそれを持ち帰った。机に向かい一人、台本を考える。適当じゃ五枚は埋められない。今まで読んだ本を漁り、それなりの台本を書きあげた。

 ……まあ、どうせ選ばれないしな。なんて考えていた。

 台本の締切から一週間後、クラス委員が厳選した台本のコピーが配られた。台本は三作。その中には僕の台本が入っていた。そして……。


「演劇の台本は、神城湊くんの『飛ばない兎』に決まりました」


 ……マジかよ。


✳︎


「ねぇ、すごいじゃん。私も『飛ばない兎』に入れたけど、湊の台本だったんだ。どうやったらあんなの浮かぶの?」


 帰り道、僕の車椅子を押しながら夏見が言う。というか、座っているからって僕の膝の上に鞄を置くなよ。


「火に飛びこむ兎の話を読んで、適当に作っただけだよ」

「火に飛びこむ兎の話?」

「神様が、何か獲物が欲しいって言うんだ。いろんな動物が獲物を取りに行く中、兎は遊んでて獲物を取ってこようとしなかった。みんなが兎の悪口を言う中、兎が『かわりに自分をあげます』と言って焚き火の中に身を投げるんだ。兎は分かっていたんだ。自分が獲物代わりになれることを」


 淡々と説明を終えて振り向くと、夏見がきょとんとした顔でこちらを見ていた。どうやら理解していいないらしい。



「あ〜、つまり、みんな外から幸せを求めるけど、本当の幸せは自分が既に持っているってことさ」

「へ〜、あれで適当に作ったってのなら天才よ。小説家にでもなったらどうよ」

「なれるわけないだろ。ああいうのは努力と運で成り立つ職業だよ。僕はそういう努力とか、無意味なことはしない主義なんだ」


 そう言っているうちに、家についてしまった。


「無意味かどうかなんてわかんないでしょ。ほら、着いたよ。じゃあね、文豪!」


 文豪じゃないし。家の中に入りはぁ、とため息をついた僕は、太ももにのしかかる重さに気づく。


「あ……」

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