第5話 自由になった親友


 夏見雨音。私は小さな頃から病弱で、いつも入退院を繰り返してた。そんな私には友達がいた。いつも隣のベッドにいた女の子だった。私と同い年のその子は少し男勝りで、とても優しい子だった。

 彼女は人生のほとんどをその病院のベッドで過ごしていた。だから私は、病院の外のことをいろいろ話してた。彼女はそんな話をいつも、目を輝かせながら聞いてくれた。

 ある日、二人で病室でテレビを見ていた。ロケットの打ち上げの生中継だった。私も彼女もくいいるようにそれを見ていた。ロケットがあがる。勢いよく、煙を出して。それは私たちを魅了した。生中継が終わると二人でひと息ついた。


「すごかったね」

「ねー。……僕もロケット乗りたいなぁ。あ、雨音って頭良いんだよね。ロケット作ってみない?」

「えー、無理だよ」

「ね、頑張って作ってみようよ。こんな理不尽な世界から抜け出して、自由になるんだ!」


 面白そうだと思った。彼女も私も退院が決まっていたから、作ろうって話になった。

 それから私は急いで設計図を作った。私が先に退院し、学校に通いながら材料を集め、近くの山の秘密基地でロケットを作り始めた。数日後に彼女も退院し、一緒に作り始めた。

 しばらくして、同じ中学校に行くことを知った私はすごく楽しみだった。彼女は初めての学校だからか、少し嫌そうにしてたけど。

 彼女の初めての登校日。私は、彼女が嫌がっていた理由をようやく理解した。


 男の子だった。男の子みたいな女の子だと思っていた彼女は、女の子になりたかった男の子だった。


 そのせいで彼女はいじめを受けた。嫌な空気だった。クラスのみんなが彼女を無視する中、私は彼女に話しかけた。でも、彼女は言った。


「僕に……話しかけないで」


 私を守るための言葉だってわかってた。どうしたらいいのかわからなかった。

 必死に考えた結果たどりついたのが「笑うこと」だった。私が笑うと、周りも笑顔になった。少し、空気が和むような気がした。彼女のいじめが和らいでいるような気がした。

 学校では話せなくても、学校が終われば二人でロケットを作る。それが何よりも楽しかった。……はずだった。

 入退院を繰り返す彼女。中三になって受験期に入った私。すれ違う日々。

 毎日のようにかかってくる電話に、受験勉強で忙しかった私は苛立つようになった。ロケットも、作らなくなった。退院しても彼女は、学校に来なくなった。かかってくる電話を無視し続けていたらだんだんと回数が減り、中三の夏の終わり頃にはぱたりとやんだ。

 中三の冬。突然夜に電話がかかってきた。彼女からだった。ずっと鳴り続ける電話。私はゆっくりとそれをとった。


「雨音……。綺麗な星空だよ」


 彼女の第一声に、私は怒りを覚えた。そんなことを言うために電話したのかって。でもなんだか彼女の様子がおかしい。


「ねぇ、今、どこにいると思う?」


 弱々しい彼女の声の後ろで、小さなエンジン音が聞こえた。私ははっとした。


「自由に……なるよ」

「待って! だめ!」


 そう叫びながら急いで外に出た。だって、私はわかっていたから。

 そのロケットが『飛ばない』ことを。

 どれだけ頭が良くたって所詮私は中学生。ロケットなんか作れやしない。その過程を楽しむだけの、遊びのつもりだったから。

 彼女は静かに言った。


「ありがとう」


 ロケットがあがった。そして地上五十メートル付近で大爆発した。それはまるで、花火のように綺麗だった。

 私は泣きながら走った。まだ生きてるかもしれないという、僅かな希望を抱いて。

 ロケットの離陸地点付近に着いた。辺りに破片が散らばっていた。少し離れたところに、彼女のスマホが落ちていた。画面にヒビが入っていたけど、電源はついた。スマホの画面を見て、私は泣きじゃくった。


『私のただ一人の親友へ

連れていけなくてごめんね

私一人で自由になってごめんね

大好きだよ』


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