第3話 絵の中の花火

「ん〜美味しい」


 少しおしゃれなグラスに入ったアイスティーを一口飲んだ夏見は、そう口にした。

 ここは学校の近くにあるカフェ。放課後夏見に連れられ、僕は彼女の行きつけであるこのカフェに来た。エプロンをつけたがたいの良い男性が一人でカウンターに立っている。夏見の話によると、あの人が店長さんらしく一人で経営しているという。静かな雰囲気でおちつく良いところだ。

 幸せそうな笑みを浮かべる夏見の向かいで、ホットコーヒーを啜る僕。

 ……苦い。すでに砂糖を二つ入れたのだが、全然飲めない。見栄なんか張るんじゃなかった。

 小さなカップに入れられたミルクを手にとり、ホットコーヒーの中に注ぐ。真っ白なミルクがぐるりと渦を描き混ざり合い、コーヒーの中に溶け込む。僕はそれを一口飲む。

 ふう、なんとか飲めるようになった。


「住んでる場所はずっとこの辺りだったんだね」

「そう。だからこういう小さなカフェとかにも詳しいんだ」


 確かに隠れ家のようなカフェ。僕もよく目の前を通るけど知らなかったな。……そういえば。


「なんで夏見は、僕と仲良くするの?」

「なんでって……。……だめ?」


 駄目ではないが……。正直あまり好きではない。そもそも僕らに共通の趣味などない。彼女が僕と仲良くする理由なんかないはずだ。


「駄目ではないけど、理由が知りたい」


 夏見はアイスティーをかき混ぜながら言う。


「人と仲良くするのに理由なんかいらないでしょ。湊ってめんどくさいね」


 めんどくさいのはこっちだ。

 夏見はからんからんとアイスティーをかき混ぜ続けている。


「こないだ、持論の本読んでるって言ってたけど、持論好きなの?」

「まあ……」


 そういやそんなこと言ったな。


「じゃあさ、なんか一つ持論教えてよ」

「んな無茶な」


 いくらなんでも無茶ぶりが雑すぎるだろ。夏見はえ〜、と口を尖らせる。そしてアイスティーを一口。


「アイスティーやっぱ美味しいな、元気でる! ……あ、これ持論になるかな?」

「なるわけないだろ」


 夏見は頬をふくらませながら、溶けていくアイスティーの氷を見つめる。


「音楽聴いてると元気でるとか、空を見てると元気でるとか。私、持論いっぱい持ってるんだけどなぁ」


 だからそれは持論じゃないって。……というか、元気でるしか言うことないのか?

 僕はため息をつきながら、壁にかけられた時計を確認する。そろそろ話題を捻りださなければ……。


「夏見はどうしていつも笑っているの?」


 五月蝿いくらいにアイスティーをかき混ぜていたのが嘘のように止まった。戸惑いと、恐怖と、悲しみを混ぜたような、そんな表情だった。でも、それも一瞬。すぐに笑顔に戻った。


「私が笑顔だと、みんな笑顔になるんだ」


 アイスティーをからんからんとかき混ぜながら、夏見は言った。笑う彼女は、やっぱりどこか悲しげな目をしていた。

 それからというもの、夏見はどこか様子が変だった。登校中、普段と違って両耳にイヤフォンをつけ、音楽を聴いている。楽しげに笑う彼女だが、時折ぼうっと空を眺めている。そして……。



「やっぱすげぇよな、湊って」


 美術の時間。僕にとっては嫌な時間だ。

 僕は絵を描くことが好きだ。そして、絵が上手い部類に入ると言えるだろう。だからこそ美術が嫌いだ。こうやって注目を浴びてしまうから。

 夏見が僕の作品を見にきた。


「へぇ、湊って絵心あるんだ。意外だね」


 意外とはなんだ、心外だな。なんて口を尖らせていると、中学からの友達が間に入ってきた。


「こいつ、中学の時もすげぇ作品描いて賞を貰ったんだぜ。ほら」


 と、なにやらスマホの画面を夏見に見せていた。そこには、僕が中学三年生の冬に描いた、花火の水彩画が映っていた。

 あの日、祭りも何もなかった日に、花火が一つだけあがった。あまりにも綺麗で普通の花火と少し違っていたから、思わず持っていたカメラで写真を撮って絵にした。何が違うかは今でもわからないが、あの日のことはよく記憶に残っていた。

 夏見は一言も言葉を発さない。そんなに感動したのか? 僕は夏見の顔を覗き込んだ。

 ……まただ。戸惑いと恐怖、そして悲しみを混ぜたような顔。

 夏見はふぅとため息をつくと、顔を歪ませて笑った。


「すごいね……湊は」

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