第2話 うるさい転校生
教室の窓から忙しない雑踏を眺めながら、深くため息をついた。とりわけ自分の生活に不満があるわけではない。この世界に失望してから随分経った。何かに期待をするとかいう意味のないことはしない。それでも僕の体内から吐き出された二酸化炭素は、物言いたげだ。この世界とかいう主語のでかいものなんかじゃなく……。
「ねぇ、何読んでるの?」
そう、彼女だ。今日転校してきた
そんな彼女とは真逆の僕。いつも隅っこで本を読むような、いわゆる陰キャだ。人と話すことが好きではない僕はいつもこうやって本を読んで、近寄るなと言わんばかりのオーラを放っている。
そんな僕の後ろの席に彼女はやってきた。おかげで今日から僕の背中が賑やかだ。そして彼女は何故か僕に話しかけてくる。
「……本」
「そんなの見たらわかるよ。どんな内容なのか聞いてるの」
本当に面倒な人だ。
「君みたいな楽観的な人が持論を述べる話だよ」
「へ〜、持論か。なんか難しそう」
さりげなく嫌味を言ったのだが、さすが楽観的。いとも簡単にスルーされてしまった。授業開始のチャイムが鳴り、話は強制的に途切れた。
ところで、何故僕が彼女の標的になっているのか。それはなんとなく想像がつく。僕はその理由であろう、自分の足を見る。車椅子に乗り、自力では動かない足。おそらく彼女は僕をあわれんでいるのだ。こんな体になってから何年も経つ。僕のことを
*
帰り道。いつものように僕は、車椅子を漕いで家に帰る。ゆったり流れる雲といい勝負。
――ドンッ
不意に後ろから車椅子を押され、僕は思わず車輪から手を離した。車椅子を押したのは転校生の夏見雨音だった。やはり満面の笑みでこちらを見る。
「家まで送るよ! 車椅子漕ぐの大変でしょ?」
その言葉は嫌味か。それとも素直なだけか。今日初めて会った人の言葉の真意なんか僕にはわからない。
「……人が漕いでるのに急に車椅子を押したら、手が車輪に巻き込まれて怪我するよ」
「え、そうなの? ごめん! 怪我しなかった? 大丈夫?」
本当に心配している様子の彼女。僕に怪我がないことを確認すると、彼女はまた車椅子を押し始めた。
「お家こっち? この道かな〜? ……あ、あのドーナツ屋さん美味しそうだね! あ〜! ワンちゃん可愛い! いーな、私も犬飼ってみたいなぁ」
彼女は一人でも賑やかだ。いや、ここまでくると少し五月蝿い。やっぱり……。僕の頭の中から、嫌な言葉が離れない。
「……偽善者」
彼女は足を止め、訝しむ様子でこちらを見つめた。僕は彼女を睨みつける。
「どうして君はこんなことするの? 僕は一人でも帰れる」
彼女の表情が曇った。偽善は僕だって嬉しくない。これくらい言っておけば、彼女は僕から離れてくれるだろう。そう思った。
しかし彼女は無言で車椅子を押して走り出した。あまりに突然のことに固まる僕を気にもとめず、二分ほど走って踏切にぶつかった彼女はようやく止まった。
「はぁ……はぁ……。ねぇ、キミ一人でこんなに早く漕げる?」
息切れはしているが、やっぱり彼女は笑顔だった。
「私は、キミと帰りたいからこんなことをしているの。それをキミが偽善だって思うのは勝手だけど、言われて嫌に思う人もいるから気をつけなよ」
遮断機があがり、彼女はまたゆっくりと車椅子を押し始めた。
「私、夏見雨音」
突然自己紹介しだした。というか知ってる。教室でしてたからな。
「……うん、知ってる」
「じゃあ名前で呼んでよ。君じゃなくてさ」
あ、なるほど。僕が名前で呼ばなかったのを気にしてたのか。
「……夏見さん」
「さんもいらない、夏見でいいよ。なんなら、雨音って呼んでくれてもいいし。そういや私、キミの名前知らないや。教えてよ」
なんとも馴れ馴れしい。
「
「湊くんね」
そうこうしているうちに、家に着いてしまった。
「……また明日ね、夏見」
夏見は嬉しそうに手を振った。
「ばいばい、湊!」
僕が家に入るのを見届けると、夏見は来た道を楽しそうに戻った。やっぱり彼女の家はこっちの方角じゃなかったみたいだ。
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