第3章「勇者、魔王、仕返しの時」

第14話「戦場拳聖」

仰々しい出迎えをする者らしい空間。大きなテーブルに幾つかの

椅子が用意されている。


「さっさと座ったらどうだ」

「待ってください。この宴では誰が何処の席に座るのか決まっているのでしょうか」


車椅子に乗ったメイドの言葉にも深紅の髪を持つ男、ギルは耳を

傾けた。メイド(ノエル)は息を呑む。


「いや、決まっていない。好きな席にでも座ると良い。主人の席を気にするとは

中々良い気遣いじゃないか」

「あ、あはは。ありがとうございます」


一つダリューンが咳払いをしてメイドは少々赤面しつつ俯いた。

巨人族の魔王アトラ

吸血鬼の魔王エリス

この二人が次々と集まっていた。エリスはこちらに、正確にはスカーレットを

見つけて彼に近寄ってきた。


「ほぅ、珍しいな。妾は久方に混血児を見たぞ」

「左様ですか。魔王エリス様」

「そもそも吸血鬼は誇り高い、プライドが高い者が多い。そんな輩が人間と

子を成すなど珍しいに決まっているだろう」


そう言って彼女は自身の席に着いた。スカーレットはダンピーラだ。

エリスと対面して、彼女の目に付くことも予想外ではない。

続けてやってきたのは空を統べるハーピィの女王シルヴィア。

ノエルは思わず見惚れる。女王に相応しい綺麗な羽、それにボディラインの

目立つドレスも相まってより妖艶な美女に見えてしまうのだ。


「後は二人、竜皇女ミリアと怨敵アウモス…」


スカーレットが小声で呟いた。その二人は同時に姿を現した。

ミリアというのは小柄で愛らしい少女。しかし彼女もまた古き魔王だ。

それだけの力を持っている。彼女の方がアウモスよりも力があるだろう。

ならば何故、彼女は彼の傀儡の様にしているのだろうか?

状況が曖昧で本質が掴めない。ミリアを見ると服の裾から青痣が見えた。


「(暴力を振るわれてたの?ミリアの方が力は上、従わせるために

アウモスが力を振るっても意味が無い。じゃあ彼女は無抵抗で?)」


ますます状況は混乱する。


「では始めましょうか。魔王たちの宴の開催をここに宣言いたします!」




一方プラテリア国。

女鍛冶師ブリギッドはアランとエレンのための武器を生成した。


「魔道具か?魔力はあるが体内に出すのは…」

「分かっているさ。この道具自身が魔素を吸い取り、魔法となる。

ただの拳士じゃない。魔導拳士のほうが今回は良いだろう?」


ブリギッドはふと笑ってみせる。


「相手は竜皇女ミリアを味方に付けている。つまり彼女の領地を

支配しているも同然だ。その国の戦士たちも多く参加しているだろうね」

「こちらでも竜人を見るような気もしますが…」

「強かれ弱かれ、竜は存在する。竜人と一口に言っても生まれつきの竜人と

人間が竜から直接力を受け継いだ竜人もいるのさ」


それに…と彼女は話を続ける。


「あの面子が負けるところはイマイチ想像できないからね。そこまで

心配はしてないさ」

「何だか荷が重いですね」

「そうかな?まぁ、耐えるしかないのさ。君たちは拳聖だろ」


ブリギッドにそう告げられたアランとエレンは珍しく赤面してそっぽを

向いていた。

戦いの準備を進めるミリア領の神官たち。国の兵士は神官と呼ばれるのだ。

彼等に混じってアウモスの兵士たちが主な指揮を取っている。


「どういうことだ…何故獣人まで―!?」


獣人が国民の大半を占める国が存在する。今では首都が消滅しており、

更に王も生死不明になっており力が大幅に落ちている。

プラテリア軍の中には様々な魔物がいる。まさかその中に獣人たちも

いるとは思わなかった。


「戦場で呆けてて良いのかよ。アウモス軍指揮官ガリス」


ガリスと言われた剣士。彼は振り向いて慌てて剣を構えた。

相手は見たところ防具も武器も持っていない。ならば勝てる。人間相手ならば、

そう思ってしまったのだ。


「(所詮は人間。毒には耐えられまい。既に辺り一面毒で溢れている。

死ぬのは時間の問題だな)」

「(―なんて考えてるんだろうな。拳聖という存在は人間と不干渉を貫いていた

魔物たちにとっては分からない存在か。アリーシャに掛けて貰った付加術の

効果は上々、こいつを余裕で倒せる時間だ)」


心理戦ではアランの方が一枚も二枚も上手だった。グローザもある程度アウモス軍に

所属する者達の存在を把握しており、ガリスという男は毒を操るという情報も

知らされていた。アランは戦い方を体に染み込ませている。呼吸や体、視線…

様々な動きをよく観察する。そうすると自然と相手の動きも把握できる。


「―自分から突っ込んできたのかよ」

「は?」


ガリスの体が宙を浮き、刹那、地面に叩きつけられた。アランが防具でがちがちに

固めたガリスを投げたのだ。


「楽だったよ。素直にこちらに突っ込んできてくれてな。確かに防具は纏っていない

心臓を曝け出してる様なものだが、易々と人間が死ぬと思うなよ?これでも

俺は拳聖なんでな」

「拳、聖…?」

「魔法は得意じゃない。それは魔力を体内で消費しているから。魔法というのは

外にある魔素を体内に取り込み、そして体外へ出す。俺たちは体外へ出すのが

苦手なだけだ。常時身体強化状態と言ってもいいだろうな」


この位置ならば確実に鳩尾を狙える。

そう考えたらガリスはすぐに行動を起こした。忍ばせていた短剣を

迷いなく彼の隙だらけの鳩尾に―


「弱点を守るのは戦いの基本だろ?」


馬乗りになっていたアランは彼の上から離れた。そして安い挑発をする。


「折角良い武器を貰ったんだ。使わないと勿体ないよな」


グローブだ。手袋のような見た目。

ブリギッドの武器は彼が先ほど言ったことが関係している。

体外への放出が難しい体質。この武器はその体質の弱点を補える。


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