第8話「カチコミ勇者」

「式典どころの騒ぎではありませんね」


スカーレットの言葉に全員が頷いた。式典には全員が参加するのが一番良い。

アラン・ヴェールの家について知っていた。その家自体も彼がここに

仕えることは許可されていたはずだ。


「なのに突然、あんなことになるなんて…」

「何か都合が悪くなったのでしょうか。名家故に立場的なものも理由に

あるのか…」

「考えても仕方ない。今はソーマ達の情報を頼るしかないさ」


とは言っているが内心ではノエルも心配している。アランは常人よりも

頑丈な体。すぐに死んでしまうような人間では無いが無事では無いだろう。

あんな男が父親だ―。




ヴェール家が存在するのは小国エルグリア王国。

その国王のもとをノエルとスカーレットは訪れた。


「構いません。あの者の横暴さには我らも参っておりました。

そろそろ灸を据えねばと考えていたところです」

「ありがとうございます。国王様」


自分が強いというだけで王様気分になっていた男らしい。国王も

彼の強さを知っているがゆえに手が付けられなかったのだ。

一方、アランはというと手足を繋がれていた。逃げられない状態。


「捕まってしまったんだね。アラン」

「エレンか…その傷は」


アランよりも小柄な青年アランの体には殴打された痕が見える。

自分もこれから同じことをされるのだろう。残虐な笑みを

浮かべてやってきたラディナタと対峙する。


「お前たちは最高傑作だったから生かしてやっていたと言うのに

弱者を見下せ、私の様になァ!!!」


鈍い音。



『ヴェール家の家はどの国にも支配されていません。アランは

実家に囚われていると思われます』


実家に囚われるという言葉、初めて聞いた。帰宅しているではなく

囚われている。


「酷いです。ノエル様、あんな奴はシュババーッ!とやっつけちゃいましょ!」

「最初からそのつもりだよ。でもみんなは待機してて。私は大丈夫、

しっかり連れ帰ってくるから先に準備を進めていて欲しいんだ」

「それは構いませんけど…大丈夫なんですか?まだほっぺたが紅いです」


叩かれた頬。かなり強烈だった。


「ソーマがいる。何かあったら頼ることにするよ」


場所も明確になっている。ノエルは国を出てアランを助け出すために

ヴェール邸へ向かった。


「ソーマ、アランの様子は見れない?」

『いえ、どうにか見えます。アランと共に牢に繋がれている男はいますね。

アランは…今、殴打されて』


これはゆっくりしていられないな。

子どもを普通に殴るとは大人とは思えない。親失格どころか大人失格だ。

元の世界でそんなことをしていると露見すればパワハラ、虐待、二つの意味で

おまわりさんに逮捕されているだろうに。

巨大な屋敷だ。


「人はいなさそうだね…」

「裏に地下へつながっている階段があります」


影から姿を現したソーマはその場所へ彼女を案内する。

真っ暗だ。今は昼間なのに…。


「行こう」


二人は階段を下る。



全身を何度も満遍なく殴りラディナタはそこで呼吸を整える。


「分かってはいたがしっかり意識はあるようだな」

「アンタに何度殴られたと思ってるんだよ…!」


再びアランの鳩尾に拳を叩き込む。


「あんまり図に乗るなよ?俺はお前たちの為に躾けているんだ」

「変態趣味に付き合わされているアラン達の身になってみたら?

変態さん」


ラディナタが振り返った。首筋、手首、脚…全身に張り巡らされる極細の糸。

妖糸と呼ばれるものだ。


「動くな。動けば首が落ちるぞ」

「ソーマ、ノエル様…!?」

「助けに来たよ。しっかり約束したからね」


ノエルはウインクする。雄叫びをあげて力尽くで糸を解くと

ラディナタは駆けだす。しかし彼の攻撃はノエルに届かない。


「アランの方が強かったんだがな」

「魔物如き…倒せるに決まってんだろうがァっ!!!」


一瞬だった。ノエルが前傾姿勢を取って剣に手を掛けていたのは分かったが

峰打ちをする瞬間は分からなかった。


「暴力しか知らない人はただの弱者。本当の強者は心も強くなきゃね」


アランとエレンの鎖を断ち切ったノエルは歯を見せて笑った。

ぐるぐる巻きにされたラディナタの事は放っておいても大丈夫だ。


「あの、僕は大丈夫ですよ?」

「何言ってるの。傷だらけだから少し休んだほうが良いんじゃない」

「まだ、終わってねえぞ…お前らァ!!」


怒鳴り散らすラディナタ。

アランは立ち上がり、ラディナタの顔を踏み付けた。


「同じこと、し返してやろうか?」

「強くなった気でいるのか!?笑わせんなよ!!」

「ソーマ、糸を解いてくれ」

「良いのか。また暴れ出すぞ」


アランは首の骨を鳴らし不敵に笑った。


「こんな老いぼれに負けるかよ」


拘束を解かれたラディナタも構える。


「どっちが上かハッキリさせてやるよアラン」

「それはこっちのセリフだ、クソジジイ」


二人が同時に地面を蹴った。とてもじゃないが割り込んでいけない。

拳同士が当たる寸前に二人は掌を広げ組み合う。そこでラディナタは

ハッとする。自分が押されている。


「アランの方が力は父よりも上ですよ」


エレンが微笑を浮かべて呟いた。腕の力だけで押すのではなく

足腰の力を使って押している。ラディナタは巨漢だ。そんな男の

腰回りをアランが掴んだ。そして軽々と投げた。


「足腰なら確かに鍛えられてるのかもしれないね、ソーマ」


ソーマが頷いた。エレンは首を傾げていたから彼には説明(自慢)をする。


「大森林に囲まれたプラテリア連邦国。建築や家具などでドライアドたちが

育て続け増殖していく樹木を伐採し、街に運ぶんだ。大量の栄養素を吸い込み

巨大になった樹木を町に運ぶのは男衆に加えてアランの仕事の一つでもある。

あとは本人は少し嫌がってたけど武術指南だね」

「なるほど、常日頃から重い物を運び続ければ自然と下半身は鍛えられる…

ということですね?」

「そうそう。それにまだしっかりと整備してない道を通ることも多いから

かなり効果があるんだよ」


足場が悪い道を重荷を背負いながら下る。力持ちで、顔も良くて、優しい

その三拍子が揃ってアランは女性に人気なのだ。本人は少々複雑な気持ち

らしいが。



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