第38話 改修

 大泣きしたせいで、力無くそのまま眠ってしまった日から数日。


 王妃様達の優しさと愛情ある言葉をかけてもらった事で、何だか分からないけどやる気に満ち溢れている。


 自分では把握出来ない心の隙間が、ぴっちり埋まったような感じだ。


 王妃様達は、俺の第三の母。


 そう思うようにした。




 ――今日は、新しい住居の改装を行うため元教会へ向かう。


 母様達が大工を手配してくれると言ってくれたけど、魔法でさっさと直した方が早いし、この世界に無いトイレも付けたいので、やんわりと断った。


「もう、リリスは直ぐに一人でやろうとして」


 メルティナ母様が、頬を膨らませてプンプンしてしまったので、壁紙や家具、住むために必要な物を手配してもらうようにお願いした。


「そうそう、そうやって頼ってくださいね」


 膨れていたメルティナ母様は直ぐにご機嫌な表情に変わり、ガバッと肩から抱き締められた。


 胸の圧力と回り込んだ腕に挟まれ、身体が仰け反る。


 鯖折り気味でちょっと苦しい……これも愛情だと思い耐えた。


 元教会の前で馬車が止まり視線を上げると、門の前に見慣れない騎士が二人もいる。


「これは?」

「リリス様のお住まいになりますので、第一騎士団より派遣された護衛騎士でございます。後ほど挨拶があると思いますので、このまま中へ入りましょう」

「さようですか……護衛がつくほどここは危険なのかな……」

「ご存知ないかと思いますが、ここは平民街ですので、表通り以外は全て危険でございます」


 こんなに清らかな場所でも、身辺を気にしないといけないのか……。


 ミンツの街よりヤバそうな感じしないけどなぁ。


 用心してくれるのはありがたいけど……何かあれば彼らの身も危険だよなぁ。後で物理と魔法耐性の魔道具を作ってあげよう。


 騎士に挨拶して中へ入った。


 さて、ここからは仮面を取ろうと思う。小さい子が仮面を見て泣いちゃうと大変だからね。


 それに……自分の家になるのに終始付けてたらおかしいし!


 とは言え、不意の訪問客があったら困る。招かれざる客が中に入らない工夫を考えておこう。


 いろいろやる事がいっぱいだね!


 気力も体力も充実してるから、とことんやりますよ!


 ふんふん!


 勢いよく教会の扉へ向かうと、小さい子供がワッと声を上げて駆けてきた。


「「「おねえちゃん!」」」


 皆、すごく元気そうだ。


 駆けてきた子供達に囲まれ、身動きが取れなくなった。


 あ、えーっと、誰ちゃんだっけ? この子はー、えーっと……名前が出てこない。


 まぁ、皆、最初に会った時より元気そうで、ちょっと安心したよ。


「お待ちしておりました、リリス様。私、クセルレイ大教会より派遣されましたカタリナと申します。養護院を建てられると聞き、子供達のお世話を担当させて頂きます」

「そ、そうなんですね。私はリリスと申します。カタリナさん。どうぞ、よろしくお願いします」


早速……初対面の人に素顔を晒してしまった……。


これは口止めが必要だ。


ここで働く人には徹底しようと決めた。


「おねえちゃんがいないあいだ、カタリナさんがしょくじつくってくれたの」

「わたしは、いっしょににせんたくおてつだいしてるの」


 カタリナさんとの挨拶が終わった瞬間に、堰を切ったように周りを囲んでいる子供達がいない間に起きた事を伝えてくれた。


 どうやら王様から許可を貰った翌日には、カタリナさんはここに住み込み、子供達の世話をしてくれたようだ。王様、仕事が早い! たすかる!


 そのまま、なし崩しに子供達に手を引かれて教会の中へ入った。


 教会の中は、埃っぽさはなくなっていたけど相変わらずボロボロだ。


 まずは内装だけ整えますかね。カーペットも壁紙もボロいから一旦全部引っぺがそう。外壁とか庭はゆっくりやればいいや。


 まず住めるようにしないとね。


「カタリナさん、あまり時間の余裕が無いので、内装だけ改修していきますね。必要な部屋を案内して頂けますか? そうですねぇ、結構大掛かりになるので、子供達の部屋を先に修理して、作業が終わるまで待機していてもらおうかな」

「はい。早速、ご案内させて頂きます」


 最初に案内された部屋は、教会一階の右側の区画。左側にも同じように部屋ある区画があるそうだ。カタリナさんから、間取りが書かれた図面も用意して貰った。


 想像以上にこの教会広かった……地上三階、地下二階。部屋の数が余裕で三十を越えている。


 どんだけ広いのー!


 グラッチさんに案内してもらった貴族の屋敷並みだったわ。


 これは……思った以上に時間がかかりそうだ……。母達に家具やら何やら用意してもらう手筈だけど、使わない部屋には必要無いことを伝えなければ。


「たすけてくれてありがとう」


 間取り図を眺めて、どこから手をつけるか真剣に考えていると、可愛い女の子が服を引っ張って声を掛けきた。


 この子は覚えてるよ! “ミミちゃんだ“


「もう元気になった? 痛いところはないかな? 食事もちゃんと食べれてる?」

「うん、もうげんき。たべものもおいしいの」

「そう、良かったねぇ。これからずっと美味しいものいっぱい食べられるよ」

「ほんとう! うれしい! おねえちゃん、いっぱいありがとう」

「どういたしまして。これからミミちゃん達のお部屋を綺麗にするからねー」


 えーっと、子供部屋は……。


「こちらの区画から養護院になります。大きい部屋と小さい部屋がございまして、まずこちらからお願い出来ますでしょうか。他の区画より荒れていますが、大工など呼ばないと難しいと思うのですが……」

「ふむ、とりあえず見てから考えるよ」


 カタリナさんが申し訳なさそうに伝えてきた。


 沢山材料はあるし問題ないと思う。


 大小の部屋を順に見てまわると、壁が完全に無くなっている部屋や、床が落ちてる部屋だったりと、相当酷い荒れっぷりだ。窓は元からガラスが無いみたいで、木製の板が付いていた。


 ガラスってこの世界では高級品かもしれない。


 ガラスっぽい物は持っているから、それで代用するかな。


「じゃ、ここ一帯を直すので、巻き込まれて怪我するといけないから、祭壇の部屋で待っていてね」


 メイドさんが最後まで残ると言っていたけど、大規模な魔法で、木材やら鉱石が飛び交って危ないと説明して、しぶしぶながら納得してもらった。


 インベントリから、木材とガラス、窓枠のレールに石、あと適当によく分からない鉱石を取り出し、大きい部屋に置いていく。


 カーペットや壁紙を全てインベントリにゾゾゾゾと収納して、クリエイト魔法を唱えた。


 元々の形が分かってるし、図面もあるからイメージしやすいのだ。


 どんどんと材料達が飛んでいき、部屋の修復が進んでいった。


 出来上がった窓を開けたり閉めたり……レールがちゃんと機能してますね。あとは、ここら辺は治安が良くないらしいので、やんちゃな子が窓から外に出ないように結界魔法を施しておいた。


 緊急時には、中から外に出られるようにスイッチでも作っておくかな。


 部屋に入る入り口は、全てスライドドアにした。魔石入りのカードキーを差し込むと開く仕組みだ。防犯対策バッチリっす!


 全員、首から掛けて持ち歩けるようにして、登録者以外は使えないようにっと。


 子供達のベッドは自分で用意した方が良いよなぁ。何せ、まだ流通していないスプリングマット付きだ。布団もふわふわの高級布団だし……。


 これも後で母様達に報告だな。


 材料達の動きが無くなったのを確認して、各部屋にベッドと枕、布団を設置する。カードキーの差込口を作り終えたので、クリーン魔法で片付けてから、皆を呼びに戻った。


「リリス様は、賢者様? 大魔法使い様でしょうか? 私達が使っていた時よりもお部屋が美しくなっているなんて。驚きですわ。こちらにはガラス窓まで……」


 驚きの声を上げるカタリナさんだったが、部屋に置かれた布団にさらに驚き、スプリングマットの弾力にさらに驚愕していた。


「これと同じ物を、全ての部屋に設置しますよ。カタリナさんのお部屋にもね」

「ええええええ! 信じられません。貴族様がお使いになられるような寝具なんて、とても恐れ多いです」


 驚きっぱなしのカタリナさんは、ついに腰を抜かしてしまったのか、その場に座り込んでしまった。


「貴族も使った事ないと思いますよ。あ、王様と王妃様、王女様にはプレゼントしたかな?」

「はい、リリス様。私も頂いておりますが、所有している者は限られております」

「ヒィ、王族がお使いになられるような物を、平民の私が使わせて頂いて良いのでしょうか……」


 メイドさんに視線を向けると、今まで見た事の無いような笑顔を見せた。


「誰もあなたを咎める者はおりませんわ。使って良いと言われたのです、使わないのは逆に不敬ですよ。それに、一度でもリリス様の寝具を体感しますと、他の寝具では寝られませんから」

「そんなに凄いのですか?」

「ええ、天にも登れる気がする事でしょう」


 ゴクリ


 カタリナさんが唾を飲み込む。


「リ、リリス様。私も素敵な寝具をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、そのつもりですから安心してくださいね。じゃー、凄い喜んでくれているから、カタリナさんのベッドはさらに豪華な天蓋付きで、肌の潤いを保てる魔道具も設置しちゃおうかな?」


 カタリナさん、顔が青くなってますけど?


「リリス様、肌の潤いが保てる魔道具は初めて聞きました。詳しくご説明ください」


 メイドさんが、ずいっと迫ってくる。


 ドタンッ!


 カタリナさんが泡を吹いて倒れてしまい、自分達の部屋を満喫していた子供が驚き飛び出してきた。


「少しやり過ぎたかな?」

「清貧を推奨している教会ですので、無理が祟ったとかと」

「そっか……もっと凄くなると思うけど、大丈夫かな?」

「いずれ慣れるかと。私は慣れましたので」


 はは、でも自分の家でもあるからなぁ。


 カタリナさんには悪いけど慣れてもらおうかなー。


 彼女にヒールをかけて、小さい部屋に置かれたふわふわベッドに寝かせてあげた。


「良い夢、見てくださいな」


 心地好さそうに寝息を立てるカタリナさんをそのままに、他の部屋を改修して回った。

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