第8話 出会い

 商人ギルドは少し奥まった場所にあった。建物までの間には黒塗りの馬車が何台も止まっている。なんとなく高級外車が駐車してある雰囲気だ。


 馬車の側には如何にも! と、言わんばかりの見立てのいい御者が立っていた。


 町娘風の服で通るには、場違い感が半端ない……。


 怖気づいては何も始まらないと思い、ずかずかと建物に入った。


「うへぇ……」


 役場よりさらに豪華な内装の広間。金銀装飾に、壁際には品の良い小太りの男達に刺繍の入ったドレスを着た婦人が談笑していた。


 やばいね……やはり場違いないのか、彼らの注目を集めている。


「リリスさんですね? 役場より話は伺っております。どうぞ、こちらに」


 黒い燕尾服のようなスーツを着た初老の男性が声を掛けてきた。受付嬢が話を通してくれたので、応対してくれたのだろう。周りの視線を他所に、彼の案内に従って移動する。


「珍しい素材をお持ちいただけるとの事でしたが、さっそく拝見してもよろしいですか?」


 カウンターの向かいに座ったお爺さんに受付嬢に見せた素材をかばんから出して、順に机に並べた。


「ほほぅ、これはこれは……こちらは全て買取でよろしいですかな?」


 こくりと頷くと、お爺さんは口の端を上げて微笑むと、胸ポケットからモノクルを取り出し素材をひとつひとつ鑑定していく。


「お嬢さんはこちらの素材の名前をご存じですかな?」


 お爺さんが牙を指さし問いかける。受付嬢が何か言っていた気がするけど、狼の牙くらいしか把握していないので、「オオカミ」と言いながら首を横に振ってみせた。


「オオカミという言葉は存じ上げませんが、こちらはA級魔獣のデリンジャーウルフと言います。絶望の大森林に棲息し、ハンターランクAのパーティでも複数を相手にするのが難しい魔獣でございます」


 ふむ……このオオカミの肉は自分の主食なんだけど……聞いた感じヤバい魔獣っぽいぞ。しらずしらずに最強っぽい匂いを感じた。


「こちらはS級魔獣のバリアントスパイダーの目でございます。討伐するのが極めて難しく、万病に効く薬の素材でもあります。好んで討伐される方もおりませんので、市場に出回る事はございません」


 蜘蛛! お前はそんなに凄い奴だったのか……この服も奴の糸を使って作ったなんて知れたらヤバそうですね。黙っておこう。


 恍惚な表情で素材を眺めながら饒舌に話すお爺ちゃん。


 周りの人達も気になりだしたのか、視線が集中していくのを感じる。


「あの、それでこちらどのくらいになりますか? パンを買いたいので言い値で良いので買って欲しいです」


 この場所から早く抜け出したい。パンとか小麦粉を買ったらすぐに出よう……。


「おぉ、そうでした。余りに素晴らしい素材でしたので見惚れておりました」


 お爺さんはサッと紙に何かを書くと、ススッと自分に紙を渡した。


 ……多分、数字だ。なんて書いてあるのか分からない。おそらくいい金額なんだろう。とりあえず、頷いてみせた。


「では、提示させていただいた額をご用意いたします。金貨大袋三つになりますが、本日は全てお持ち帰りになりますか?」


 ストレージに入れたら持っていけるけど、これだけ注目を浴びていると迂闊にお金持ってるのは見られたくないな。


「パンと小麦粉が欲しいので、必要な分だけで……預けたりできますか?」


 お爺さんは「問題ございません」と、要求を呑んでくれて、銀貨十枚と銅貨三十枚を小さい麻袋に入れてもらった。残りの残金は預かり証に記載された数字だとか。


 預かり証をこの街の商人ギルドで提示すればいつでも引き出せるそうだ。この街でしか通用しないそうなので、別の街に行く前には全額下ろさないといけない。前世と同じようないつでもどこでもお金が下せない……なかなか都合よくいかないようです。


 好奇な目線を向けられた商人ギルドを後にして、お爺さんが教えてくれた露店商が集まる場所へ移動する。


 露店商エリアは街の北東にあった。最初に通った南側の道より人通りが多く、道の両サイドに露店がズラッと並んでいる。


 長居をしたくないので、速足で露店を周った。


 小麦粉っぽい白い粉がいろいろありすぎる。これも試すしかない……小袋に入れて五種類の白い粉を手に入れた。


 砂糖と卵は直ぐ分かったので、そちらも購入。砂糖を売っている商人さんから、原料の素材を教えてもらったから明日は森にいってみようと思った。


 帰り際、花の香りがする露店を見つける。そこには石鹸やアロマオイル、シャンプーにリンス、トリートメントが売っていた。


 ……石鹸とシャンプーにリンス。前世のテンプレでは主人公が産業として生み出し千金を手に入れる超重要アイテムだ。


 残念ながら、どんなにがんばって思い出しても肝心の製法がブラックボックスになっていて断念せざるを得なかった。化粧品メーカーの研究員ならいざしらず、美容系アイテムは俺みたいな男性では無理と理解した。きっと、これを作った人はお家で自作に挑戦していた女性と勝手に特定。


 この露店には結構な量が置いてある。石鹸から香るハーブの匂いがとても落ち着く……。


 先達に感謝し、予備と合わせてしっかり購入した。


 両腕に買った物を抱え、来た道へ戻る。


 最初に合った門番の騎士がまだいたので、「ありがとうございます」とお礼の言葉を告げる。


「気を付けて帰るんだぞ!」


 草原に向かう自分の背中から大きな声が聞こえた。


「はい!」


 と、振り向かず返事をして街が見えなくなるまで歩く。


 太陽はもう直ぐ地平線に隠れそうだ。


 街が見えなくなったところで荷物をストレージにしまい、ダッシュで家に戻った。

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