第7話 金策

 昨晩の決意を新たに、人との接触を試みるため近くの街へ行こうと思う。


 建前はそんな感じなのだが、食べ物に悩みがあったからだ。

 今朝の食卓には、魔獣の唐揚げ、香りの高いオイルと塩を混ぜたドレッシングのサラダ、そしてリンゴ系のフルーツに、搾りたて果汁のジュースと、ちょっと前よりは豪華な料理を並べた。


 朝から唐揚げがちょっと重いです……。


 パンとかご飯が欲しい。サンドイッチも良いよね。あと小麦を使った麺類も欲しい。パンは前世の知識を持ってしても再現は不可能だと思う。一から作ったことないし、自分の知っているテンプレに詳細にレシピが記載されていなかったから、記憶を振り返っても分からんのだ。


 パン職人がうっかり転生で、この世界に柔らかい食パンとか菓子パンの技術を広めてくれていたら有難いのだけど。


 そんな都合のいい事を思いながら、支度を整える。


 これまでテンプレの様に都合のいい展開は起こっていないので、期待半分で人のいそうな街をサーチで探す。


 絶望の大森林を背に、地平線まで広がる草原を駆け抜ける。


 しばらく走り続けると蜃気楼のようにぼんやり建物らしき影が映った。ズワワッとサーチの範囲を広げると、無数の大小の青い光と少量の赤い光が脳裏に灯る。


 青い光の数から推定して結構大きな街かもしれない。


 魔法を使わずに、ゆっくり様子を見る様に街に近づくと、今まで見た事の無い巨大でしっかりした城壁が現れた。


「ふぉー、さすが異世界。中世のお城みたいに立派だ」


 感動から思わず声が漏れる。


 城門付近には衛兵と中に入ろうとする人が見える。テンプレだと行商人の列が続いてなかなか入れなかったりするんだよね。この門はあまり人がいないからすんなり入れそう。


 これだけ大きいと身分証とか確認されるよね。


 さて、どうしたものか……と、門に近づく前に側に生えている木の根元に座り考える。


 まず身なりは、以前の街を参考にした町娘風のシャツとワンピースなので問題ないだろう。そこで出会った騎士さんに助言してもらった仮面は付けたままだ。火傷の痕は既に無いので隠す必要もないのだけど、この仮面を付けている方が落ち着くんだよねぇ……。


 外せって言われた時にように、顔に火傷の痕でも幻覚で見せられないかな。火傷風の痕をイメージして顔に手を当て「ミラージュ!」と唱えてみる。


 鉄仮面のつるつるの表面に顔が映る。鏡を見る様に覗き込むと、左半分がボコボコして醜い様になっていた。


 げ、幻覚だよね……と思い、解除方法を探る。このまま治らなかったら悲しい。


 ちょっと焦り気味に「解除!」と口走るとスッと元の綺麗な肌になった。


 元通りになった顔を見てホッと胸を撫で降ろす。


 幻覚の魔法はなかなか再現度高いですね。一瞬、ほんと一瞬だけどびびりましたよ。


 さて、容姿の問題はクリアしたので、後考えられるのは「どこから来た」かくらいかな? ここも定番文句である「田舎から出てきた」のフレーズを使ってみようと思う。まだあどけない子供に該当する容姿だが、おつかいで来たと言えば納得してもらえる気がする。


 仕込みは完璧だ。


 胸をはって堂々と城門まで移動した。


「つぎ、身分証を出せ!」


 ごっついフルプレートのいかつい人相の騎士が声を掛けてきた。


 事前準備のフレーズをそのまま伝えると、騎士は納得したのか「しょうがないな。街の中心に役場がある。そこでも身分証を発行してもらえ」と、教えてくれた。


 そう、異世界は人相とは逆に、強面の方が優しい傾向にある。ここはテンプレ通りでちょっと嬉しくなった。


「犯罪歴はなかったが、仮面を取ってうろつかれては誤解を招く。取れぬ事情もあるだろうが我らもこの街を護る使命がある。取って見せよ」


 ここで抵抗してはいけない。


「はい」


 従う意思を見せ、仮面を取って見せた。


 騎士は思わず「うっ」っと、見てはいけないものを見てしまったような表情になり、仮面を戻せと手で指示する。


 うんうん、誰が見ても気持ち悪いから分かります。全然、自分は傷ついてませんよ……。


 素顔を見て居心地の悪そうな騎士を仮面の向こうから視線を向ける。


「問題ない。通ってよいぞ。まぁ、なんだ、がんばれよ」


 騎士は励ましの声を掛けると、門の先を指さし通行を許可してくれた。


 ちょっとだけ罪悪感。騎士が本当にいい人で良かった。


 胸がじわりと熱くなるのを感じつつ門を抜ける。


 ――門を抜けた先には、初めて訪れた街より人通りが多く、沢山の人で賑わっていた。視線の奥にはお城っぽい建物も見え、異世界情緒にあふれた街並みが広がっている。


「すごい……本当に……」


 再びこの世界の雰囲気に感嘆の声が出る。


「道の真ん中に突っ立てると馬車にひかれっぞ! どいたどいた!」


 荒々しい男の声が右から聞こえ、咄嗟に道の端へ避けると、積み荷の引いた馬車が通り過ぎていく。


「ちっ、田舎もんが。道の歩き方もしらねぇのかよ」


 吐き捨てる様に罵声を浴びせる男。


 人から怒られるのは久しぶりだ。汚い言葉を投げかけられてもちょっと嬉しく感じてしまう……俺ってマゾなのかな……。そんなわけないと、ぶんぶんと顔を横に振って正気に戻る。


 とりあえず身分証を発行しないと。


 気を取り直して、街の中心へと足を向けた。街の中心らしき所には大きなモニュメントと噴水がある。そこをぐるっと囲む形で道が延びていた。道の側には標識も出ていて、何やら文字らしき物が書かれている。翻訳機能が欲しいと思い「ほんやく!」と唱えてみたけど効果なし……。これは一から文字を習得しなくていけないようだ。


 街に来たのはいいけど、文字が読めない事に気付き血の気が引いた。こっ、言葉は通じるから文字さえ覚えればやっていけるはずだ。


 冷や汗が止まらないが、覚えればいいと前向きに考えて役場を探す事にした。


 標識も看板も読めないので、暇そうな人に声をかけ役場の場所を教えてもらう。役場の場所は直ぐに見つかる。噴水を越えた奥にある大きな建物だったので……文字読めないツライ。


 役場のドアはオープンになっていて出入りは自由っぽい。


 天井まで吹き抜けになった広場の奥には市役所のようなカウンターがある。たぶん、あそこで身分証を発行してもらうのだろう。もしかして、ここが所謂ギルドって奴かな? 魔獣の素材も買い取って貰えるかもしれない。


 人が並んでいないカウンターに行くと、こちらに気付いた受付の女性が応対してくれた。


「本日はどのようなご用件ですか?」


 子供でも丁寧な接客姿勢を見せる受付嬢。さすが大都市、接客も行き届いているようです。身分証がない経緯を説明し、文字も読んだり書いたり出来ない事を伝える。


「大丈夫ですよ。文字の読み書きが出来ない人の方が多いですから。こちらで代筆しますのでお名前と年齢を教えてください」


 読み書き出来ない事に恥ずかしく思ったけど、この街の識字率は低いようで安心した。


「リリスです。歳は五歳より上しかわからないです」

「そう、困ったわね。それじゃ、こちらの年齢測定器に手を触れてもらっていいかしら?」


 ドンッと目の前に木製の土台に水晶が載せられた機械が置かれる。もう、測定する機械には慣れたので直ぐに右手を広げて水晶に触れた。


 水晶の中に文字が浮かぶと、受付嬢はサッと紙に記録する。


「リリスさんはちょうど八歳ですね。本日、ホワイトルーンの七の日生まれですわ。おめでとうございます」


 思いがけない祝福に驚きながらも「ありがとうございます」とお礼を述べる。ホワイトルーンが月を表すのだろう。それにしても今日が誕生日とは……初めて知ったよ……。


「はい、では登録が完了いたしましたので、こちらのカードを無くさないようにお持ち帰りください。紛失した場合は、速やかにこちらのカウンターに届け出て、再発行申請をお願いします。再発行には……」


 お役所ならではの定型文を読み上げる受付嬢。内容は大体把握した。


「あの、魔獣の素材の買取カウンターはこちらですか?」


 街で物を調達しようにもお金が無いのだ。異世界と言えば冒険者ギルドで素材を換金! 強力なモンスターを倒せば一攫千金も夢じゃない!


「素材の買取はこちらではなく、右隣の商人ギルドか、左隣のハンターギルドで受け付けていますよ。何を換金したいのかしら?」


 ここでドカンと魔獣の死骸をそのまま出すのは、テンプレ的にご法度だろう。あと、インベントリも超レアな魔法ですわ! 的な話になりそうなので、カバンに入っていてもさほど不自然を感じない牙とか目玉を取り出し机に置いた。


「こちらはブラッドウルフの牙っぽいですね。あら、この目はスケルピースパイダーかしら。リリスさんいろいろお持ちですね。私は素人なので分かりませんけど、こちらの素材でしたら商人ギルドに持っていくと良いかもしれませんね」


 指先で素材を持ちながら、鑑定するように眺めている受付嬢。


「商人ギルドにこちらから伺うことを伝えておきましょうか?」


 親切な受付嬢の提案に素顔に頷き返す。初めての事なので、好意に甘んじた方が物事はスムーズなのだ。


「ご親切にありがとうございます」


 受付嬢に御礼を告げ、その足で商人ギルドへ向かう。

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