第3話 身バレの危機

 盗賊殲滅の翌朝。傷を治してあげた人達は、皆驚きの表情で自分の身体を確かめていた。


 目を負傷していた人は涙を流して見えるようになった事を喜んでいる。記憶を見た時に知ったけど、薬草を採っている時に毒のある草に触れて徐々に視力を失い、攫われてからの生活でストレスと相まって完全に失明した。


 とりあえず、ここから出て皆を安全な場所に移動させたい。


 扉の鍵は壊れていつでも出られる状態だ。一目散に扉の向こうへ跳び出し、盗賊がいない事を皆に伝え、脱走しようと提案。


 治癒魔法で皆の気力も体力も全快なので、脱走する事に賛成してくれた。


「ここの近くにハルタヤの街があります。そんなに遠くないので魔獣と盗賊に見つからなければ逃げられると思います」


 そう呼びかけるのは、最初に目にした女性だった。皆、素足なので回収した盗賊のお宝から靴を人数分出して渡す。


 サーチ魔法で周辺を調べる。獣も人らしきものはいない。


 行くなら今だと思い、アジトを抜けて森を抜け街道まで走った。アジトから街へ続く街道までは本当に距離がなく、難なく到着。こんな近くだからこそ盗賊のアジトが見つからなかったのかもしれないね。


 街道を歩き、ほどなくして街の城壁が見える。それを見た女性達は「わぁー!」っと、声を上げて門まで駆けていった。そうだよねー、やっと解放されて家に帰れるんだもんね。喜ぶのも無理はないです。


 先頭でついた女の子が門番に盗賊のアジトから逃げ出せた事を告げると、門が開き駆けつけた中世の鎧を纏った騎士達が安全な場所まで案内してくれた。


 騎士達に通された部屋で、ひとりひとり身元の聞き取りが始まる。


 うっかりしてたが、この街にも家からの追っ手が来ているかもしれない事に……半身火傷の子供なんて見たらすぐバレる。


 被っていたマントのフードを深く被り、顔の火傷がばれないように仮面の隙間を見られないように顔を伏せた。


「つぎは君の番だね。犯罪歴が無いか確認するからここに手を置いてくれるかな?」


 騎士のひとりが優しい声で目の前の水晶の物体を見せる。洗礼式みたいに爆発させたら一環の終わりだ……でも、笑顔でこちらを見る騎士の目は笑っていない。


 恐る恐る水晶に触れると、水色に光った。


「ふむふむ。犯罪歴は無しっと。名前と、どこの街の出身か教えて貰っていいかな?」


 ……名前ってそう言えば何だっけ? 記憶を辿るけど名前が出てこない。


 えっ、もしかして名前を付けてもらっていない? そんな馬鹿な……ただ、薄っすらと母親らしき面影が脳裏に映り何かを語り掛けいる。


「リ……」


 うまく思い出せないが、名前の頭文字に”リ”がつくようだ。


「大丈夫かい? 辛い目にあったよね、でも僕たちがいるからもう安心だよ。君の身元がわかればちゃんと両親の下に送ってあげるからね」


 いや、家を飛び出したので、死んでも戻りたくはないのですが……。


 ここは異世界テンプレの出番だ! と思い直し、過去に読んだ作品の冒頭を振り返る。


「名前は、リリスです。両親は私が小さい時に亡くなったのでいません。育ててくれたおばあちゃんも死んじゃったので、家を出て旅をしている途中だったんです」


 どうだ、この設定であれば、騎士さんも同情して見逃してくれるんじゃないか?


「それは災難だったね。リリスちゃんはどこから来たのかな?」


 おー、これは上手くいった! 


 こうなればこっちのものだ!


「森の深い所におばあちゃんと住んでいたので、ここがどこなのか知らないの……」


 実際、自分が飛び出した家の名前も知らないし、この街もどこら辺に位置するのか分からないので、正直に話した。


「そうだよな。それはすまなかった。事情は大体分かったから安心していいよ。最後に、その仮面を外して、顔を見せてもらえるかな?」


 同情を寄せてくれた騎士さんの目が、鋭く変わっている。


 もっ、最早これまでか……ここで抵抗して、罪も無い騎士を倒して逃げる事も可能だ。


 だけど、そんな無慈悲な事は、自分には出来ない。


 観念して、仮面を外し騎士さんの目に視線を合わせる。


 自分の顔を見て、騎士さんの顔が紅くなり、ギョッとした目で見つめられた。


 ですよねー、この醜悪な顔を見たら、目を丸くしちゃいますよねー。


 ちくしょう、こんな容姿で転生しちゃうなんて異世界転生始まってなかったわ……。


「あーなるほどねー、もう仮面を付けてくれて問題ない。君は見た目といい種族といい、ちょっとレア過ぎるから道中はくれぐれも用心するんだよ。また盗賊に攫われる危険があるから」


 騎士さんは妙に照れた顔で、頬を指でぽりぽりと掻いている。


 火傷の跡には一言も触れないのは、彼の優しさなんだろう。


 やっぱり騎士って凄いなぁ。


 そのまま取り調べは終わり、部屋を後にする。


 去り際に、しばらくの間、騎士団が用意した宿を使っていいと教えてくれた。


 ただ、あまり長居は出来ない。


 あの騎士さんが実は家と繋がっていて、時間稼ぎをしているだけなのかもしれないし。


 その日一日だけ宿を利用し、翌日早朝に自分は街を出た。


 街を出る際に、門番の人にここから先にある街や国の案内をしてもらう。


 街から北東に行くと隣の国クセルレイ帝国との国境門があり、西へ行くと小領地のレネ領に行ける。


 真っすぐ東でもクセルレイ帝国にいけるそうだが、もの凄く強い魔獣が跋扈する絶望の大森林を抜けないと行けないそうだ。


 絶望の大森林は、軍隊でも簡単は抜けらえない場所だと教えてもらった。


 この国から出る事を前提に、しばし一考する。


 国境をすんなり抜けられるのだろうか……妙な胸騒ぎがするので、そこは避けるしかない。


 となると、目指すは絶望の大森林の先か。


 とりあえず入ってみて、ヤバそうだったら逃げて、改めて行き先を考えるか。


 どうせ、一人旅だし。人目につかずに行ける方法があるのなら、率先して選択すべきだ。


 街が見えなくなるまでゆっくり歩き、一目が無くなって街道を反れて藪の中へ足を踏み入れる。


 そこから一気に加速し、絶望の大森林を目指した。

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