第2話 異世界のリアル

 どのくらい走り続けたのか分からない。太陽の光が辺りに広がり、木々の緑が目に映る。感覚を尖らせ周囲の気配を探ったが、自分の後ろから追ってくる人はいないようだ。


 歩みを止め、大きな樹の側に腰を下ろす。


 自由を手に入れた高揚感から眠気は感じないが、少し疲れを感じる。


 とりあえず、何か食べる物を調達しなくてはいけない。ここは森の中だし、獣の肉とか薬草が手に入るんじゃないかと思って、目を閉じ、心を落ち着かせて魔法を唱えた。


「サーチ!」


 頭の中に、いくつかの光る点が映る。たぶん、この光っている箇所に何かがあるのだろう。残念な事に、テンプレなら存在するマップとかステータスは現れなかったので、勘を頼りにするしかないのだ。


 王道のテンプレならあるのに……ちくしょう。


 獣を倒すなら攻撃魔法が使えないといけない。と、いう訳でファイアとかアイスとかウォーター、ウインドと唱えて練習してみたら、普通に発動した。ブリザードと唱えたら、周り一面凍ってしまったので使いどころを見極めようと思う。ファイアーストームもヤバすぎて、タイダルウェーブはもっとヤバかった。


 辺りを焦土と化し、木々を流してしまった。最早、災害である……。


 気を取り直して、光る点まで掛けると狼が三匹いた。ウインドカッターの魔法で三匹まとめて頭を落とす。当然、気配を消すインビジブルを唱えているので、あっさり肉を調達。


 枯れ枝を集めて火魔法で焚火を作り、木の枝に刺した狼の肉を炙る。


 よく動く獣の肉は身が締まっているので脂が少ない。焼けた表面を齧って、赤身を再度火であぶって食べた。塩も胡椒もないので、美味しくもなんともないが生きるためにはしょうがない。いくら魔力があろうとも食べなければ餓死するのだ。


 狼肉で腹を満たし、ウォーターの魔法で喉を潤す。


 残った肉をストレージに入れて置く。これで腐らなかったら完璧な収納魔法だと思う。焚火の跡を土魔法のアースで覆い隠し痕跡を消す。追っ手がまだ来ないとも限らないので、出来るだけ痕跡を消していく。


 再びサーチの魔法で周囲を探る。


 黄色は獣だった。緑はそこら中に映るのでたぶん薬草? しばらく歩くと丘が見え、中腹に赤と青の光が映る。赤色は三十くらい固まっていて、青は五つ固まっている。


 もしかして小さい村かな? とりあえずゆっくりしたいし、この世界にきたから人との触れ合いが全くないので情報が欲しいのだ。足取り軽く赤い点に向かって歩き出した。


 目的周辺に近づくと、赤い点が三つこっちに向かってくる。


 もしかして、追っ手か? サーっと血の気が引き、クイックの魔法を唱え赤い点から離れるように駆け出そうとした。


 その瞬間、後ろから赤い点が突然現れ意識を失った。


 ――女の人の声が聞こえ、意識が戻り始める。


「いやー! やめてー、ゆるしてー!」


 耳に聞こえるのは女性の悲鳴だった。次第に抵抗の声が聞こえなくなり、ウッ、ウッと嗚咽へと変わった。


 女性の声に気を取られていたが、周りを見渡すと半裸の人や、手首が無い人、眼が潰れた人とまともな状態な人はひとりもいなかった。しかも、全員女性だ。自分も半身火傷で爛れているので人の事は言えないけど、ここは異常な場所だ。


 ガチャっと、後ろから音がして振り向くと女性を抱えた男が現れた。


「ちっ、傷もんかよ。気持ち悪い仮面なんぞ付けやがって。こいつは見なくてもハズレだな! まぁいい、変態はいくらでもいるからな駄賃ぐらいにはなるか」


 目の前の男が抱えた女性を自分に向かって投げ飛ばし、言葉を吐き捨て出て行った。


 投げ飛ばされた女性は、蹲り泣き続けている。


 察しなくても、何があったかは理解した。あの男に嬲られたのだろう……異世界あるあるとは言え、目の当たりにすると胸が痛む。


 おそらく、ここは盗賊のアジトだろう。悪人を生かしておいても不幸な人が増えるだけだな。とりあえず自分の力で制圧できるかやってみる事にした。


 男達はあれから動きが無い。こちらに来る気配も無く、もしかしたら眠っているのかも? 震えて身を寄せ合うように縮こまっている女性達に昏睡魔法のスリープをかけて眠らせる。そのまま、サーチ魔法を唱えながらアジト全体を包むようなイメージでスリープの魔法をかけた。


 鉄格子を身体強化してこじ開けると、見張りの盗賊は崩れるように眠っている。サッと首筋を風魔法で切り裂き、火魔法で切り口を焼いた。頸動脈切ったら血が噴き出して血塗れになるのは困るので。


 サーチ魔法で赤い点を一つずつ処理していく。最後の一人を処理し終え、首の無い盗賊達の身体を風魔法で運んでアジトの外で燃やした。アジトの真ん中に首を集め、さらし首にしてあげる。どいつもこいつも人相がよろしくないです。


 片付けが終わったので、今度は攫われた人達を治癒魔法で治していく。


「エクセレントエリアハイヒール!」


 目が潰れた人は分からないけど、手が無い人は元に戻ったみたいだし、擦り傷だらけの人も綺麗な肌に変っているので、多分見えるようになっているはず。後で判明したが、処女膜まで再生されていたらしい。


 あとは、盗賊に襲われた人の心のケアだ。上手く出来るか分からないけど、記憶の消去、改変を行う。自分の側で眠りながら涙を流している女性の頭に触れ「メモリーサーチ」と唱える。


 意識の中に、光る糸が幾重にも重なった樹が映る。


 恐る恐る光る糸に触れるように意識を向けると、女性が盗賊に襲われているシーンが映る。下品な笑いを浮かべる男が目の間に映ったので吐き気をもよおした。


 ほんと、これはトラウマになる……。


 さくっと光の糸を根本から引き抜く。トラウマの記憶は根が深いんだね、ズルっと抜けた根が長かった。とりあえずグルグル巻きにして丸めておく。


 この記憶はどうしたものか。このまま記憶の外に置いておいても再生されたら意味がない。綺麗に消すにはここから取り除く必要があると感じた。


 空の魔石に入ったり……しました。


 回収方法も見つけられたので、他の女性達も同様に記憶を消していく。中には奴隷だった人もいる。小さい頃から虐待を受けていたけど、優しいご主人様に買われ幸せ絶頂だったようだ。見た目が可愛いので街で攫われちゃったようで、また不幸のどん底に落とされた。


 うーん、どこまで記憶を消そうかな……。


 虐待されていた記憶もおまけで消しとくか。どうもその記憶は片隅とは言え、沢山残っていて眺めて見てもちょっと痛々しかった。


 優しいご主人様との記憶に干渉しないように丁寧に剪定する。


 五人のトラウマが詰まった魔石はドス黒くなって、一目でヤバそうな雰囲気を出していた。直ぐにストレージに仕舞い込んだ。この魔石は墓まで持って行った方がいいね。


 盗賊達の部屋にあったシーツや布団に浄化の魔法で汚れを落とし、彼女達の下に敷いて上げる。出入口を結界魔法で覆い、自分も数日振りに布団で眠った。

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