さすらい少女♂♀のいばら道 ~異世界テンプレ生活がママになりません!~

しろ

自由への道

第1話 逃走

 はぁ、はぁ……まだ、もっと遠くまで行かないと……。


 月明りに照らされ辛うじて足元が見える森の中を必死に駆ける。後ろを振り返る余裕なんてない。


 ただひたすら……一歩でも遠くへ、上手く動かない半身を引き摺りながら足を前に出す。


 生まれてこの方、ろくに運動もさせてもらえなかった。だけど、魔力の扱いはお手の物。目と手、そして足に魔力を流し身体を強化し走り続けた。


 自由が……もうすぐ自由がやってくる。


 心臓がバクバクと音を立て高鳴り、顔が紅潮し喜びが込み上げてきた。


 そう、あの生活からおさらばです!


 歓喜の気持ちで身体が軽くなる。さらに加速を上げて暗闇の中を突っ切った。




 ――外からの日差しを遮断された赤茶色の壁に囲まれた薄暗い部屋。目の前には、緑色の透明な石がいくつも並んでいる。


 右の指が緑の石に触れると、身体の中から魔力が伝っていく。そのまま石に向かって魔力を注ぐと深紅の石に変わる。


「本日はこちらも魔力を注ぎください」


 ドスッっと重みのある麻袋が目の前に置かれた。麻袋から上へと視線を向けると無表情なメイドが立っている。彼女は自分の顔を見るや、サッと視線を逸らし、顔を背けた。


 しってるよ。どうして、自分の顔を見ようとしないのか……。


 人の顔を見て顔を背けるなんて失礼だよね。とは言え、彼女の行動に何かをいうつもりは無い。これがいつもの日常なのだから。悲しい気持ちを押し殺し机に視線を戻す。顔の左側をそっと手でなぞる。でこぼこして歪な顔……左の瞼は崩れて原型を留めていない。


「ふぅ」


 溜息が零れる。鏡で自分の顔をみたことはないけどきっと醜悪な容姿。こうなってしまった原因に……何度も見た当時の記憶が思い出される。


 ――洗礼式。それは五歳を迎えた子供が国民として認められるために行われる国を挙げての一大セレモニー。国全体がこの日を祝い、誰もが期待に胸を膨らませ喜びに満ち溢れていた。少女もまたこの日を待ち望んでいた。初めて父親と接見が許され、会場である教会までエスコートしてもらえるのだ。母親は、もとから病弱だったのか産んでから数年後に他界しているため、彼女には父親しか拠り所がない。


 乳母達に育ててもらったみたいだが、乳離れと同時に疎遠になり、既に顔も名前もはっきり覚えていなかった。自分で言いうのもなんだけど、なんとも可哀そうな家庭環境で育っていた。


 父親と向かいに合って馬車に揺られて移動するが、特に会話する事もなく教会に着く。既に少女と同じくらいの歳の子が教会の中に集まり、友達や家族と笑顔で会話している。羨ましく思うところもあったが、初めての洗礼式に緊張していて周囲の様子をじっくり観察する余裕はなかった。


 洗礼の儀式は至って単純だ。祭壇に置かれた認定の道具に触れ魔力と精霊の加護の有無を測定してもらう。沢山集まった子供が順番に手を触れ、赤やら青、緑、黄色に測定器が光り、魔力量を示す数字は側に付いている司祭によって公表される。


 この時は、傍らにいる父親も表情は読み取れないが少女に顔を向けてくれたし、親の期待に応えたいという思いから張り切って壇上へ足を運んだ。


 測定器の中心に水晶のような球体が埋め込まれている。そこに手のひらを載せると、瞬く間に身体から何かが吸い込まれていく。おそらく彼女の潜在する膨大な魔力だろう。しかし、その吸引力は強く魂までもっていかれそうな勢いだ。意識が混濁し倒れそうだったが、ここで止めると洗礼が受けられなくなり父親を悲しませると思い、必死に堪え続けた。


 しかし、その判断が誤りだった……。


 直後に、


 バァァァンッ!


 水晶が魔力の許容量を遥かに上回り木端微塵に破裂。跡形もなく消えてしまった。


 それだけで済めばよかったが、魔力の扱いを教えてもらった事がない彼女は、流れっぱなしの魔力と水晶が破裂した事で中に溜まっていた魔力が逆流。戻れなくなり行き場を無くした魔力が瞬く間に彼女に纏わり付き黒い炎となって包みこんだ。


 黒い魔力が生み出した炎は少女を廃人と化すには十分で、髪は溶け身体のほとんどが炭化した。


 その時、少女は確かに死んだ。


 だが、今もこうして生きている。


 ……炎に包まれた絶命した少女の魂は神様の下にいき、代わりに別の世界で死んだ俺が身体に収まってしまったのだ。


 異世界転生という憧れのパターン。ついに俺もチートでハーレムな第二の人生が! と、歓喜に震えた……。が、五体満足で魔力量は無尽蔵。女の子の身体なのはよくある話でご愛敬。だけど、不完全な治癒魔法のせいで半身不随とは想定外だった。


 おまけに、洗礼式で死んだとされ、あの日から延々と不愛想なメイドの指示に従って魔力注入をさせられている。朝夕の二食、硬くて噛み切れないパンと旨味成分の抜けた味の無いスープを与えられ、本も娯楽も無い鬱屈した生活を送っていた。


「はぁ……、どうしてこうなっちゃうかな……」


 再び溜息が零れる。バラ色の異世界生活はいずこ? そんな事を心でボヤキながら魔力の注入作業を再開した。


 寝て起きて石に魔力を込める作業を今日も行う。日に日に込める石の量が増え、今では一日におよそ二百個まで込められる。正直、この身体はどんだけ魔力あるんだと……これだけ飛びぬけた才能を持っていながら……口惜しい事この上ない。


 このまま死ぬまでこの生活は流石に辛すぎる。


 業務を終えメイドが蝋燭を持って部屋を出ていくと一日が終わる。真っ暗な部屋で、ベッドに寝そべりながら考える。


 ここで前世の記憶、異世界転生のお作法を思い返す。こういう時は、魔力操作とか魔法を練習したら打開されるんだよな。


「とりま、魔力操作やってみっか」と、軽い気持ちで練習を試みる。


 なんとなく座禅スタイルでこころを落ち着かせて、身体の中へ意識を向ける。身体の中心がホワッと温かくなるのを身体中に広げるように意識を誘導する。


「おー、さすが異世界」


 閉じていた目を開けると、身体が光を纏っているように輝いていた。真っ暗な部屋が自分の灯りに照らされ、離れた机まで見渡せた。


「ふふ、チートじゃん、これ。スペック高いから一発成功だわ」


 毎日、石に魔力を注入した成果の賜物でもあるけど、ここは素直に喜んだ。この調子なら早々に脱出が出来そうだ。続けざまに、指先に魔力を集める。


「ライト!」


 さて、この言葉で照明ができれば……。


 ポッと、光の球が指先から現れ天井付近まで昇った。


「うひー、これも成功かよ!」


「ヒール!」


 爛れた左腕に手を翳してみると、ぐじゅぐじゅに膿んでいた腕が少しだけ治ったように見えた。初めての魔法に浮かれ、とりあえず記憶を辿り、思いつくままお作法に良くでてきた魔法を口に出す。


 ワープ、リジェネ、ストレングス、チャージ、パリィ、ガード、ブロック……とりあえず、この言葉では何にも起こらないようだ。発動する、しないの線引きは掴めなかったけど、とりあえず、使える魔法だけ覚えておく事にした。


 魔力総量がどのくらいあるのか分からないけど、何となく余裕がありそう。灯り魔法で照らされた室内を物色。持っていけそうな物を掻き集める。


「ストレージ!」


 異世界転生のお作法で重宝する無限収納を可能にする魔法だ。これだけで商人になれば無双できるとかなんとか。今は余計な事は考えず雑念は捨て、集めた物をどんどんぶち込んでいく。


 誰が着ていたか分からないドレス数着を含め、タンスに入っている衣服はとりあえず全部回収した。あと、明日の分の空の魔石が入った麻袋に、自分の匂いが染みついた布団も持っていく。食べ物もお金っぽい硬貨は見当たらないが、しょうがない。


 壁に飾っていた鉄の仮面……醜悪な顔を隠すのにちょうどいい。マスクを着け、マントを羽織り、少し深めにフードを被り、いざ出陣だ!


 さらば! 生まれ育った家よ!


 魔力を右手に込めドアノブをバギッっと力任せに破壊。そのまま目の前の窓に跳び蹴りをかまし叩き割って庭に出る。右足に魔力を込めて一飛びで雑木林に飛び込んだ。


 ひゃっはっー! 自由! 異世界転生で自由を手に入れぞー!

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