第23話 暗い場所
「…………」
目を覚ますと、私は知らないところにいた。
皇都の中なのかもわからない、見たこともない暗い場所。目が慣れていないせいで、周囲はよく見えない。だけど、腰を落としている床に積雪がないし、なにより外だと必ず吹いている冷たい風がないから、ここは多分何処かの建物の中……何だと思う。何処なのかは、わからないけど。
ただ、私の中にある最後の記憶は、三人で一緒に塾から帰っている時、首元に鋭い痛みが走って……そこから先は、憶えていない。気絶した状態で一人フラフラと何処かに歩くわけがないので、誰かに連れ去られたんだろう。
「皆は……」
段々と慣れてきた視界の中、私の左右を見渡す。
と、少し後ろの方から小さな吐息が聞こえてきた。そちらに目を移すと、薄暗い中に二人の姿が見えた。横たわり、目覚める様子が全くない。
一先ず怪我がないことに安堵した私は、次に自分の状況を確認することに。自分でも驚く程冷静になっているけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
手足の拘束はなし。鞄は……奪われているのか、近くにあるのか、どちらとも言えないけど今は手元にない。目立った外傷はなく、首筋にちくりとする小さな痛みがあるくらい。
動くことはできる。
今いる場所を歩き、ここが何処なのか調べて、早く外に出たい。だけど、眠ったままの二人を置いて一人だけで何処かに行くことは避けたいし──前方の暗がりで、何か奇妙な音がした。無視の羽音のような、聞き触りの悪い、そんな音が。
「……誰?」
不安感からか、恐怖からか、私の心拍数は急上昇し、足が竦む。そんな状態で私が声を発したのは……ほとんど、無意識だった。ただ、音の正体が何なのか確認したい、という思いからだと、思う。
一言の問いを発してから数秒。
返事のつもりなのか、響いてきたのは先ほどの虫の羽音。妙な強弱が付けられているので、喋っているつもりなのかな?
『──』
「あ、あの?」
『』
さらに数十秒ほどの沈黙が訪れた後、暗がりから突然姿を見せたのは、性別の区別がつかない人間のようなものだった。
ような、と形容したのは、それが本当に人間なのか疑問を持ったから。
遠目から見た姿は、多分十人中十人が人間だと判断すると思う。だけど、大きなローブに似た布で全身を覆い、顔には何の模様もない仮面を装着。微かに袖から見える手は、とても人間のものとは言えない漆黒のものだった。
何の生物なのかわからないそれは、漆黒の腕を喉元にやり、まるで機械を調整するように動かし、次の瞬間には流暢な人の言語を話始めた。
『同族と同じ言語に調整していたのが悪かったようだな』
鼓膜を震わせた声は、男なのか女なのか、どちらとも言えないものだった。
ただ、声に温度というか、人間らしい感情は全く含まれていなくて、本当に機械が言葉を喋っているみたいだった。
「あの──」
『声を出すな。耳障りだ』
「っ」
一瞬で発せられた威圧感に、私は声を出さないように両手で口を塞いだ。恐怖心から、嫌な汗を掻き始める。
敵だ。少なくとも、友好的な生物じゃない。
言葉を発することができなくなった私は、現状この生物が一方的に話す言葉を聞くことしかできない。きっと、大きな声を出して叫んだ途端、殺される……。
『そうだ。そのままでいい。調律石に触れた卵が聞き分けのある者でよかった。叫ばれると、殺したくなる』
「……」
『ただ、無駄な者たちも一緒に連れてきてしまったのは如何なものか。既に三羽がやられているためこれ以上数を減らしたくはないが……奴らは後に潰すとしよう』
コツコツとヒールのような足音を鳴らすそれは、私の方へと近づいてくる。
それとの距離が近づくにつれて大きくなる震え。だけど、どうすることもできずにその場に止まったまま。逃げるにしても……二人を置いていくこと何てできない。どうする、どうする、どうする?
『ほぉ。こうなっても貴様は何も言わんか。優秀だ』
微かに笑いを含んだように呟いたそれは片手を前に突き出し──それの腕は無数の触手に変化した。しかも、切っ先が槍のように鋭利で鋭く、人の身体なんて簡単に貫いてしまえそうな、凶暴なものを。
「ひ──っ」
『貴様は卵としては優秀らしい。だが、後ろの肉人形は不要の産物。迎え入れる前に、掃除してしまうとしよう。最も、余計に散らかる掃除だがな』
殺意の物質化と言える触手は、ゆっくりとオリビアとエルシーの元へと向かっていく。二人はまだ起きていなくて、このままでは眠っている間に心臓を貫かれて殺されてしまう。
二人が……私のたった二人の友達が、こんなところで無残に殺されてしまう!!
そう認識した時、頭で判断するよりも先に身体が動いていた。
「英傑の
私は咄嗟に、腕に装着していた光武具を召喚し、眠っている二人の前に翳した。
英傑の盾は名前にある通り、大盾形の光武具。魔法はまだ使うことができなくても、身体を護るために使うことはできる!
『……』
苛立ったのか、微かに雰囲気が変わったそれは腕の触手を私の盾に直撃させる。
腕に力が入らなくなるほどの振動が私の腕を伝い、逃がし切ることができなかった衝撃が身体を後方に吹き飛ばした。
盾で塞いでもこの威力。実際に喰らったら、本当に身体に風穴が空けられてしまう。だから、痛くても、怖くても、二人の前に立たないと……簡単に、殺されてしまう!
急いで二人の前に戻った私は、今度は吹き飛ばされないように姿勢を低くし、身体全体を覆い隠すように身を守る。しっかりと盾の影になるように、二人を少し移動させて。
人間のようなそれは明らかに先程よりも威力を上げ、盾を破壊しようと執拗に攻撃を加えてくる。少し触手を大回りさせれば後ろから私を殺すこともできるのにそれをしないのは、嬲ってやろうという気持ちなのか。それとも、私が自分から盾を下げるのを待っているのか。どちらにしても、このままじゃ持たないよ……英傑の盾が壊れるのが先か、私が盾を下げるのが先か……いや、死んでも盾は下げない。バラバラに砕け散ろうとも、絶対にッ!!!
『……面倒だ』
小刻みな攻撃を加えていたそれは呟き、全ての触手を一つに束ねた。
あれで殴打されたら、一撃も持たない気がする、けど……ちらり、と後方を見た。何故か全く目を覚ますことのない、二人の友人を。
「……絶対に、護って見せるッ!!!」
根暗で被虐的な思考しか持てなかった私に前を向かせてくれたこの子たちは、絶対に、護り切る。
覚悟を決めて歯を食いしばり、迫りくる触手を睨み、凶暴な一撃を耐えようとし──迫っていた触手が一瞬で細切れになり、慣性に従って前進しながら床に落ちた。次いで、私の身体が抱え込まれ、人型の怪物から一気に距離を取ることになった。
「危なかったねぇ。でも、死ななくてよかったよ」
幾度か聞いた、優しい声音に、私は瞳から涙が零れるのを堪えながら、心底安堵しながら彼女の名前を呼んだ。
「セレーナ、さん……怖かった、です……」
「うんうん、怖かったね。ほら、お姉さんの胸でたくさんお泣き?」
そっと頭を撫でて優しい声をかけてくれるセレーナさんの胸に顔を埋めていると、壁が破壊されるような轟音。
「セレーナ、お前……一番美味しいところを持っていったな?」
「さ~? 何のこと?」
「王道だろうが。ピンチの女の子を助けるのは男って決まってるだろ。美人が助けたら百合百合しい物語が始まるわ」
「わかってるよ。だから、物語が始まらないように私が助けてあげたんでしょ?」
「俺のヒロインは決まってるってか。まぁ、それより、大丈夫か? カルミラ」
そう言って、私の先生は腕に腰を当てながら、温かい瞳を私に向けてくれた。
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