第21話 地鳴り
「ふぅ……」
一週間後の夕方。
授業を終えた三人を帰路に着かせた俺は、一人だけになった教室で疲労感を感じながら深い息を吐いた。
今日の授業は少々小難しい分野を行っていたため、三人とも困惑気味に首を傾げながら机に向かうこととなった。オリビアに関しては、理解できない自分への苛立ちから少々怒り気味になっていたし。俺がかなり噛み砕いて理解できるまで教えてあげたら、機嫌が戻ってはいたが。
理解できない自分に対してイライラしてしまうのは、勉強している生徒、その中でも真面目な生徒ならよくあることだ。こういう時は、ちゃんと理解させてあげるまで教えてやらないと、いつまで経っても機嫌が直らないんだよな。オリビアを半年くらい見てきて、学ばせてもらったよ。
ちなみに今日の授業で一番出来がよかったのはエルシーだ。一番年下なのに、大したもんだよ。
しかし──。
「一週間が経過したが、本当に何も起こらないな」
あの奇妙なマナを捉えてから、特に日常に変化が起きた、ということは全くない。当人であるカルミラも普通に塾に来ているし、俺の周辺もごくごく普通だ。夜に外を出歩いていても、家にいても、授業をしている時も、安全圏内らしく平和そのものだ。唯一、行きつけだった喫茶店が一週間の休業になっていたが、それは特に関係ないだろう。
つまり……本当にあれは杞憂に過ぎなかった、ということなのか?
あれだけ異常で奇妙な現象だったにも関わらず……。
「けど、何か引っかかるんだよな……」
空に広がる雪雲のように広がる疑念は一切晴れることがない。
そもそも、あれはどうして起きたことなんだ? マナの大放出なんて、意図的にやらなければ起こらないぞ? だが、幾ら特殊な体質を持っているとはいえ、体内のマナをコントロール術を身に着けていないのだ。カルミラはそんな器用なことができるわけないし、仮にできたとしても何故あのタイミングだったのか、説明がつかない。
となれば、原因は宝石の方にあるのだが……これについても完全にお手上げだ。
元帥にどういう代物なのか確認したが、とても高価で希少、歴史的な価値の高い宝石ということしか教えてもらえなかった。というか、彼もそれくらいしか知らないという様子だったのだ。特定の者と接触することでマナを大放出する性質があるのかとか、過去にどんな人物がつけていたのか、等々色々と尋ねてみたものの、有力な手掛かりとなる情報は皆無。
まぁ、普通に宝石商から買った物を詳しく調べるのは、あまりしないことだがな。全く有益な情報を持っていなくても、しょうがない。
俺はもやもやと思考を巡らせながら教室を後にし、廊下を抜けて準備室に入った。
「何もないなら、それに越したことはないんだがな」
呟きながら、授業ノートや使用している教材の一部を鞄の中に詰め込む。
荷物はそれほど多くはないし、本当ならここに置いていてもいい。だが、多少なりとも授業のことを考える時があるため、その時家にないと困ることになるので、俺は普段から家に持ち帰っている。重いが、軍時代のように走り回ることがないので、多少に運動だと思えばいい。
手早く荷物を纏めた俺は部屋を出ようか、と鞄を持って外に出ようとしたところで、俺は鞄の紐を離し、ソファに寝転がった。
「何もない、ってのはちょっと平和ボケが過ぎるな」
半年以上戦場から離れているからか、思考までもが平和に染められてしまったように思える。思い出せ。戦場で俺が違和感や疑問を抱いた時、どうなった? 大抵は直感通り影獣の奇襲にあったり、進行方向に巨大な大穴があったりしただろう。
抱いた違和感を無視してはならない。
一度の見逃しが、後々大変な事態になるんだ。
戦場で培ったことは、平和な領域でも大事になる。いや、この中が平和だと思ってはいけない。この世界はいつどこでだって、危険に晒されるんだから。
そして、振り返れ。辿ってきた道に必ずヒントや前兆は落とされているはずだ。事象が起きるには、必ず何かしらの予兆が現れるはずだ。過程をぶっ飛ばして大きなことが起きるなど、絶対にありえないのだから。
深く考え、頭を回転させ、導き出すんだ。
影獣と相対した時──生きるか死ぬかの未来を突き付けられた時と同じように、思考を一気に巡らせれば……影獣?
「そういえば……影獣が現れたのは、カルミラが宝石に触れた日の夜、だったな」
勿論、偶然ということもありえる。
だが、それはあまりにも考えにくいことだ。元帥からの報告では結界に穴などなかったし、少なくとも最近結界に向かってくる影獣は感知されていないという。
だとすれば……こう結びつけるのは安直だし、考えすぎ、荒唐無稽だとは思う。脈絡もなければ、繋がる点も僅かしかない。
だけど、俺はこう考えざるを得ない。妙な確信を、抱いてしまっている。
「カルミラがあの宝石に触れて、影獣が中に発生した?」
ガバッ、とソファから起き上がった──瞬間、町全体が唸り声を上げるように、建物が小さくない揺れを起こした。
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