第20話 違和感の種
夜。
「で、啖呵切ったってわけね」
「やっちまった、とは思ってる。少しな」
空が暗くなり、昼間よりも冷え込むが厳しくなった街中を、俺はセレーナを連れ添って散歩していた。ほとんどの店が閉店間近となっており、急いで駆け込む人の姿も見受けられる。別に俺達は何処かの店に食べに行こうか、という理由で寒い夜道を散歩しているわけではない。
ただ単に、今日は少し歩きながら話したい気分だっただけだ。
「仮にも生徒の親にあんな嘗めた言葉遣いで……中将は別に気にしてないと言ってくれたが、夫人に関しては結構頭に来てたみたいだからな。特に何も言われなかったが。大方、俺が部下たちと一緒に挙げた戦果を知っていたから、あまり怒らせるべきじゃないと思ったのかもな」
「怒らせるべきじゃない、と思っていながらおもいっきり怒らせるようなことを言ったんでしょ?」
「まぁな。じゃあ、この線はなしだ」
カラカラと笑い、俺はセレーナと繋いでいた右手を軽く力を籠める。と、彼女の方からも握り返された。
これだけで、心が温かくなる……なんつってな。
「でも、後悔はしてないんでしょ?」
「当然。子供のことを理解しようとしない、傍にいようとしない自称母親に遠慮はいらないからな。それに、出自や育ちにこだわるようでは、半人前以下だ。そういうところにこそ、優秀な奴はいるってのに。自称母親(笑)は庭で紅茶でも飲みながら傍観しておけってんだ。口出しは許さん」
「ソテラらしいというかなんというか、軍人の考え方だね」
「それは誉め言葉として受け取っておく。だが、この世界は全て実力主義だからな。別に間違ったことは言ってない」
当面の目標は、あの母親を見返してやるくらい、カルミラを成長させる、だな。sの日が無事に訪れるように、色々と教えてやるとしよう。
「ていうか、悪いな。散歩に付き合ってもらって」
「全然いいよ。最近は家から出る機会も少なかったし、気分転換になるから」
「なら、こっちとしてもありがたい。丁度飯も食ったから、腹ごなしにもなるし」
「なら、効率的でなおよし!」
俺の顔を見て笑ったセレーナは繋いだ手をぶんぶんと振り回し、まるで子供のようにはしゃいでいる。一応、彼女は俺より一つ年上のはずなんだがな。こういう顔を見ると、なんだか年下のように感じる。
と、太陽のような笑顔をしていたセレーナは不意に口角を微かに下げ、微笑みに変えた。
「でも、よかったよ」
「何がだ?」
言葉の意味が理解できずに問い返すと、彼女は少しの間を空けてポツリと呟いた。
「毎日、楽しそうにしていて」
「……俺がか?」
「うん。軍に居た頃は、なんていうか……少しでも気を抜いたらすぐに自殺しそうな表情だったから」
「どんな表情だよ」
「無意識だったんでしょ? でも、傍から見ていて本当に心配だったんだー」
セレーナの言葉は言い過ぎだと思うが、確かに自分でも常に張りつめていたような気が……しなくもない。でも、それは前線に出ている魔法士なら全員そうだと思う。
気を抜く=死と捉えてもおかしくない戦場に長時間いるんだから、本部にいる時だって気は休まらない。
「……俺とセレーナは、あんまり顔を合わせる機会はなかったと思うんだが」
柔らかい新雪についた俺たちの足跡を振り返りながら問うと、セレーナは繋いでいた手を離して、地面に積もった雪に手を触れた。
「なかったからこそ、だよ。顔を見る度に酷い顔をしていて、心が締め付けられた。しかも、ソテラが十四歳の時……貴方の部隊が壊滅した時の顔は、今でも忘れられない。自責の念で、この雪みたいに心が冷たかった」
「変な表現だな。でもまぁ、心に温度がなかったのは確かかもしれん」
十四歳の時……俺が初めて部隊を率いた奪還作戦で、想定外の危険度を持つ
「勿論、あいつらの死は忘れてないが、今の俺はあの時はかなり変わったからな」
「誰の影響が大きい?」
「自分が一番わかってるだろ? 元・お姫様?」
セレーナがくすくすと笑うので、俺は彼女の頭を乱暴に撫でつける。何としてでも俺の口から言わせたいらしいが、そうはいくか。絶対に言ってやらねー。
「えー? ちゃんと言葉にしてほしいなー?」
「そんな気恥ずかしいこと絶対に言わない。それに、四割くらいは、生徒たちのおかげだしな」
「塾の?」
「他にいないだろ?」
退役してからのやりがいというか、熱を向けられることというか、とにかく彼女たちには結構感謝しているんだ。最初はどうなることかと思ったが、今では俺のことを慕ってくれているし。
「ふぅん……」
「なんだよ」
「別に? でも、ちょっとだけ嫉妬かな」
セレーナは頭上を見上げ、分厚い雪雲に覆い隠された天を仰いだ。
「ソテラの中の四割を、生徒の子たちが占めてるんでしょ?」
「いや待て、別にそういうわけじゃないぞ」
「私にとっては同じことだよ。で、そのことについて言わせてもらうと……理想としては、私がソテラの中の九割九分を占めていたかった。ごめんね、独占欲が強くて」
てへ、と舌を出したセレーナの顔は少しだけ、赤くなっている。
どうも恥ずかしがっているらしいが……彼女の恥ずかしがる基準がわからんな。家にいる時の方が、よっぽど恥ずかしいことをしていると思うんだが。まぁ、それは人それぞれだし、俺には一生理解できるものではない。少なくとも、残り四年と少しの間には。
「別に、謝らなくていい。独占欲が強いのはお互い様だし……今日散歩に連れ出したのは、こんな話をするためじゃなかったな」
「そういえば、話したいことがあるって言ってたね。どんなことだったの?」
世間話、思い出話なら家でゆっくり酒でも飲みながら話せばいい。今日は小難しい話をするために、外の新鮮な空気を吸いに外出したんだ。
「カルミラが泊りに来た日、彼女が元帥からの贈り物であるネックレスに触れた時、奇妙なマナが放出されただろう。あの現象は、一体何なのかと思ってな」
「それは私にもわからないよ。正直、考察すらできないくらい」
「そうだよなぁ」
ずっと気がかりだったのだ。俺が触れても何ともならなかったのに、どうしてカルミラが触れた直後にあんなことが起きたのか。何か特別な条件が偶然揃ってしまったのか……元帥は歴史的価値が高い宝石だと言っていたが、もしかしてそれが関係しているのか?
「触れた者のマナが膨大だった場合、ああいう現象が起きる……とかか?」
「それなら、私も内包マナはかなり多いよ?」
「だよな。俺も結構多い方だし……情報が少なすぎて、全くわからんな。まぁ、あの宝石が変な現象を起こしたからと言って、おかしなことがおこるとは限らないし、特に気にする必要もないと思うけど」
「頭の片隅には留めておく、ってとこ?」
「そうだな。バッサリと切り捨てるのは、やはりよくない」
少しでも疑問に思ったことは、必ず忘れないようにする。
前線では微かな違和感が命に直結することがある。今回も、それと同じように捉えなくてはならない。
「じゃあ、もう少ししたら帰ろっか」
「まだ歩くのか? もう小一時間くらいは歩いていると思うが」
「もう少しだけ。夜の街を散歩するのって、結構気持ちいからさ。いいでしょ?」
「あぁ、構わない」
頷きを返すと、セレーナは嬉しそうに頷き、俺の手を引っ張って雪の上を小走りで駆けた。
この日から、丁度一週間後。
違和感の種は、発芽することになる。
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