第9話 居残り授業

「──というわけで、今日はここまで。お疲れさん」


 黒板に記した文字や図形などを消しながら、俺は二時間の授業を終えた三人の少女たちに労いの言葉をかける。途中で邪魔が入ったものの、今日はかなり速いペースで授業を進めたので、さぞかし頭が疲れたことだろう。俺も結構疲れたし。

 案の定、彼女たちは皆大きく伸びをしたり机に突っ伏したりしている。


「知恵熱が出そうです……」

「先生、少し急ぎすぎなのではありませんか?」

「昨日は無駄話しすぎたし、今日は今日で邪魔が入ったからな。悪いとは思っている。でも、ちゃんと理解はできただろう?」

『理解はできたが、滅茶苦茶疲れる』


 エルシーはぐったりとした様子で呟く。

 まぁ、やっぱり負担は大きいよなぁ。だが、俺はできるだけ早く座学分野を終わらせたいので、我慢してほしい。


「そこは頑張ってくれ、としか言えないな。座学が早く終われば、その分だけ早く魔法実技の授業ができるわけだし。お前らだって、こうやって机に座って勉強しているだけより、身体を動かして実際に魔法を行使する授業の方が好きだろ?」


 少なくとも俺はそっちの方が好きだ、と続けようとしたが、三人が皆同じようにボーっとした表情をしているので、言葉を止めた。


「えーっと、どうした?」

「魔法実技の授業、あるんですか?」

「ん? 言ってなかったか? ある程度の座学の授業が進んだら、魔法を実際に行使する授業をやるぞ。というか、座学だけを教えて強くなれるわけがないからな。実際に魔法を使ってみないことには、魔法士ってのは成長しない生き物なわけだし」


 やり方だけ理解しても実際に実戦しないと、上達はしない。これは魔法だけじゃなくて、どんなこともそうだと思う。料理だって、作り方はわかっていても実際にやると失敗する、ってことはよくあるし。

 実際に魔法を使う授業があることを知った三人、というよりもオリビアが歓喜の声を上げた。


「先生……最前線で戦っていた魔法士から魔法を直接教えていただけますのねッ!?」

「まぁ、そういうことになるな」

「勝ちました。これなら、他の魔法士候補たちと大きな差をつけることができます! ね! カルミラさん……」


 オリビアが両手の拳を握りながらカルミラの方を向き、上がっていたテンションが段々と冷めていくように言葉を小さくしていった。

 俺も不思議に思い視線を向けると、そこではカルミラが顔を青くしながら震えていた。


「あの、カルミラさん?」

「だ、大丈夫でしょうか……。私、魔法を暴発させて建物を崩壊させました、なんてことになったり……」

「心配しすぎだ。魔法が暴走しそうになったら、ちゃんと俺が止めるから」


 いつものネガティブ思考が発言してしまったらしい。本当に、カルミラはメンタルを鍛えないと魔法士としてやっていけないぞ? だが、流石にメンタルトレーニングは俺の専門外だし……どうすりゃいいものか。魔法が上達していけば、それに比例して自分に自信が持てるようになるのかねぇ。

 と、エルシーが疑問を口にした。


『でも、お前一人で僕ら全員に魔法を教えられるのか? 多分、全員得意な系統は違うと思うぞ』

「別に、得意な系統が違ったとしても教えることはできるぞ?」

『ん? 自分と同系統の魔法士か教えることはできないんじゃないのか?』

「……これは、少し居残り授業だな」


 俺は教卓前の椅子に座った。


「魔法ってのは大系統と小系統の二つに分かれているのはわかるな?」

「えっと、大系統は攻性系統や守護系統などの性質で、小系統は火や水などの魔法が持つ自然的性質を表すもの、でしたよね?」

「その通り」

 

 答えたカルミラに頷き、続ける。


「で、系統別に分けれてはいるが、言ってしまえば全て同じ魔法だ。使用する魔法式やマナの量はそれぞれ全く違うが、発動する際のプロセスに大きな違いはない。というか全く同じだ。だから、その魔法士が全く使わない系統だとしても、ある程度は教えることができる。最も、その系統を集中的に鍛えようと思ったら、専門の奴にお願いする必要があるけどな」

『なるほどな。ちなみに、ソテラの得意な系統はなんだ?』

「……本来、魔法士の用いる系統は秘匿すべきだってことは覚えておいてくれ。マナー違反だからな」


 俺は竜殺の槍を召喚した。


「軍にいた時は常に戦場の最前線、その中でも一番槍を務めていたからな。メインで使っているのは攻性系統で、小系統は水だな」

「あ、私と同じですね」

「カルミラと同じか。マナー違反は承知で、二人は?」

「私は支援系統の光ですわ」

『守護系統の土』


 綺麗にばらけたな。

 だが、俺が一番苦手としている治癒系統を得意としている者がいなかったのは幸いというべきか。ある程度は教えられるとはいえ、多少使える魔法と全く使えない魔法を教えるのでは、成長に差が出てしまうからな。


「ま、お前らの系統は把握したよ。だが、魔法の実技授業をやるのはまだ先になる。まずは、学ぶべき座学をしっかりと勉強することに専念するからな」


 そう締めくくって時計を見ると、とっくに五時を回っている。既に日没の時間は過ぎており、外はかなり暗くなっている。


「さ、お前たちはすぐに帰りな。俺もすぐに帰るから」

『何か用事でもあったか?』

「用事は……あるな。とびきり重要な用事が」


 授業妨害をしやがった、あの軍人に対する抗議を元帥殿に申し入れなくてはならない。結構本気でムカついたし、今後もああいう輩が出てくるのは勘弁してほしい。迷惑でしかないし、生徒たちの授業にも支障が出る。ああいう他人への迷惑を考えずに自己中心的な行動をとる様な馬鹿に権力を与えてはだめだと思うんだが。


「退役してからも、柵は消えないもんだな……」

「先生?」

「いや、何でもねぇ。気を付けて帰れよ~」


 荷物を纏めて教室を出て行った生徒たちの後ろ姿に手を振り、俺は一人になった教室で教材などを纏め、準備室へと向かう。

 本当は準備室で抗議の連絡をしようかと思ったが、帰りが遅くなるとセレーナが怒ってしまう。彼女の前で怒りの言葉を上げるのは憚られるが、それはもう我慢するしかない。

 鬱憤は全て元帥にぶつけるとしよう。

 俺はこれから連ねる怒りの言葉を考えながら帰り支度をし、扉に施錠をしてから帰路に着いた。

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