第8話 冷静に怒る

 俺は向けられた幾本もの剣を注視し、やがて温度のない冷めきった視線を軍服の男たちに向けた。勝手に塾に入ってきた挙句に剣を向けられて、流石に俺の心中は穏やかではいられないな。


「何の真似だ? 今は授業中で、事前連絡のない来訪は断っているんだが?」

「皇国南部のトロフコル地区奪還作戦が計画されている。貴様も作戦会議に参加し、有益な情報を提供しろ、ソテラ=バーティアス」


 唯一俺に剣を向けていない男──赤髪をオールバックにし、大佐の階級バッチを装着──が一歩前に出て俺に命令する。なるほど、軍の中でそれなりの地位にいるため、自分は偉いんだと勘違いしてしまったクソ野郎ということか。


「事前連絡のない来訪は断っていると言っているのがわからないのか? その階級章……そんなスカスカの脳みそでよくそこまで上がることができたもんだな。賄賂でも使ったのか?」

「貴様──」

「よせ、挑発に乗るな」


 激高しかけた一人を制し、大佐の男は冷めた視線で俺を射貫いた。


「軍人は国防と領土奪還に努め、例え退役した者であったとしても、軍による要請があれば最大限の助力を義務付ける。仮にも元軍人ならば、規律は頭に叩き込んであるのだろう?」

「さぁな。もう必要ないから、全て忘れちまった。それより、さっさと帰ってくれないか? さっきも言ったが今は授業中で、連絡もなしに尋ねてくる非常識な雑魚を相手にしている暇はない。失せろ」


 そこまで言って、大佐の眉が微かに揺れた。

 無表情を装っているが、俺の挑発にかなり頭には来ているらしい。そりゃあ、見るからにプライド高そうだもんな、こいつ。


「あくまで拒否するというのならば、貴様の手足を折って連行するぞ」

「やれるものならやってみろよ。どうせやるのは周りにいるこの部下たちだろう? 自分の地位に胡坐をかいて踏ん反り返っている雑魚じゃあ、そんなことする腕力もないか」

「……相当軍をなめているようだな」

「なめてんのはどっちだ。こちとら常に最前線で死闘を繰り広げてきたんだぞ? 安全な防衛ラインの内側で寝惚けてる奴らに負けるかよ」


 大佐が小さな舌打ちを零した。額には青筋が浮かんでおり、怒りが爆発するまであと少し。プライドが高くて沸点の低い奴ってのは、本当に扱いやすいな。

 よし、駄目押しだ。


「つーか、その胸元に着けてるバッジ全部捨てたらどうだ? どうせ部下の手柄を横取りしただけの──紛い物の戦果だろ?? おっさん」

「やれッ!!!」


 遂に激高した大佐の指示に従い、俺に剣を向けていた男たちが一斉に向かってくる。向けられていた剣は全て光武具だったようで、その全てに貫通力増強の魔法がかけられているらしい。人間の身体なんぞ、熱されたバターのように簡単に切断されてしまうだろう。もしくは、風穴が空く。

 けどまぁ……やっぱりこいつらは、国の守護に徹してきた魔法士だ。身体こなしや武器の使い方など、まだまだ甘い。

 俺は瞬時に竜殺の槍アスカロンを出現させ、同時に耐久性強化の魔法を付与し、一閃。

 剣よりも槍の方がリーチは長い上に、耐久力を強化している状態。加えて、俺は固い外殻を持つ影獣を一撃で屠るために鍛錬を続けてきた戦闘のエキスパートだ。ひよっこ共に後れを取るわけがない。

 振りぬかれた槍と衝突した剣は刃の半ばから粉砕して二つになり、甲高い音を立てて床に転がった。


「「「「「──ッ」」」」」


 武器を破壊された男たちは一瞬硬直。

 その隙を見逃すことなく俺は一人に肉薄し、鼻頭に膝蹴りを叩き込んだ。


「んぶ──ッ!?」

「はい、もう一発」


 膝が直撃した鼻を押さえて頭を下げた男の後頭部に踵を落とし、そのまま床に昏倒させる。意識を刈り取られた男は動かなくなり、刀身の折れた剣をその場に落とした。


「おい、なんで血なんか流してんだよ。掃除するの誰だと思ってんだ? おい」


 気絶した男を他の軍服たちに向けて蹴り飛ばし、成り行きを見守っていた大佐に槍の切っ先を向ける。正直、部下がこの程度ならこいつはもっと弱いんじゃないかと思っているが、実は隠れた実力者だったりするのだろうか?


「次はお前か? 生憎、お前の部下は全員かまくら作って日々遊んでいるせいで、戦いは全く向いていないらしい」

「上官に刃を向けるか」

「お前は俺の上官じゃないだろ。俺からすれば、づかづかと人の塾に乗り込んで来た挙句に使えない部下をけしかけたゴミだ。このことは、ライルカスター元帥に報告しておく。以上だ。さっさとそいつ抱えて失せな。次はあの世に送ってやるぞ」


 口元を歪めて言い放つと、彼らは無言で塾を出て行った。移動した際、気絶した男の鼻から零れ落ちた血が更に床を汚していったのだが、これを掃除するのは俺なんだろうな。なんて傍迷惑な連中なんだ。


「そういえば、名前聞いてなかったな」


 俺は常に前線にいたので、上官と言っても一部の人としか関わっていない。あの大佐は恐らく国防軍側の人間だろうし、俺と全く接点が無くても不思議ではない。

 そういえば、新たな土地の奪還作戦は普段以上に魔法士を投入するので、奪還軍と防衛軍の二者合同で作戦会議をするんだったな。俺はいつも会議室には行かず、通信で元帥に聞かれたことを答えていただけだから、詳しい雰囲気とかは全く知らないが。


「で、今回は的確なアドバイスをくれる俺がいないから、直々に迎えに来たってわけか。大層腹の立つお迎えだったが」


 俺は魔法で風を起こして散乱した剣の破片を鉄屑入れに放り込み、水を生み出して床に滴った赤い血を丁寧に掃除。

 何事もなかったように、そそくさと生徒のいる教室に戻った。


「何かあったんですか? 一瞬怒号と金属音が聞こえましたけど……」


 すぐにカルミラが事情を聴いてくるが、俺は詳しいことは伝えずにはぐらかす。魔法士を目指すこの子たちに、軍の汚い部分を話して夢を壊すようなことは避けたいからな。


「ま、ちょっと迷惑な客が来ただけだ。もう帰ったから心配しなくていいぞ」

『その割には機嫌悪そうな顔してるぞ?』

「迷惑な奴の相手をしたら、誰だって不機嫌になるだろ。けど、お前らの顔を見てたら気分良くなってきたから、心配すんな」

「もう、調子いいんですから……」


 おだてられた三人は、満更でもない様子。

 扱いやすいのはいいが、将来変な男に引っかからないか心配だ。


 ちょっとした不安を抱きつつ、俺は中断してしまった授業を再開した──。

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