第7話 塾講師の姿

 午後三時三十分。

 午前中は家でのんびりと過ごしたが、午後は塾で短時間の授業を行わなければならない。必要最低限の荷物を詰め込んだ革バッグを持って家を出て、予定通りに授業を開始している。


「さて、光武具の役割と体内魔力の活用方法についてだが──」


 三人の少女が真面目にノートにペンを走らせている前で、俺は黒板に剣と人の簡単な図形を描いた。

 今は昨日やるはずだった範囲に加えて、魔法発動に必要不可欠となるマナと光武具の関係性についての講義をしている。この範囲は重要で、魔法士なら知っていなければならない分野になる。


「まず、人間は大気中に含まれるマナを呼吸によって体内に取り入れ、全身の至る所に蓄積する。全身に張り巡らされたマナは常に循環しており、蓄積量の限界を迎えた所で肌を通して自然放出される。言ってしまえば、マナが自然放出されている=マナが満タンという解釈もできる。マナの蓄積量に少しでも余裕があれば、自然放出は発生しないからな」


 次いで、俺は人型の図形に幾つかの丸を描き、その全てに×印をうった。


「マナはあらゆる事象を引き起こす魔法という技術を用いるために必要なエネルギーだが、残念ながら人間には体内のマナを操作する能力はない。俺たちが自分の心臓を自由に止められないのと同じで、マナの循環や放出は無意識化で行われていることだからだ。そこで、人類の中にいる技術者たちは、光武具ロシェルという道具を開発した」


 俺は右腕に装着していた腕輪に指を触れる。途端、腕輪に嵌め込まれた宝石が光り輝き、一瞬後、俺の右手には長く芸術的な槍が出現していた。

 俺の背丈ほどもある長槍で、ダイヤモンド状の刃は大抵のものを貫いてしまう程の貫通力を有している。


「これが、先生の光武具……」

「思ったよりも派手なものを持っていらしたのですね」

「いいデザインしてるだろ? 名前は、竜殺の槍アスカロン。しっかり手入れも欠かしていないし、鋼鉄ですら一突きで貫通する威力を持ってる。現役時代は、こいつで影獣を殺しまくったもんだ」

『隠密行動にはマジで向かないけどな』

「ごもっともで」


 エルシーの指摘通り、この槍のせいで何度も影獣に見つかり、不利な地形での戦闘になったことがある。しっかりと仕留め、死傷者を出すことはなかったが、今思えば申し訳ないことをしていたな、と思う。


「話を戻すが、この光武具は格納されている武器と格納する腕輪の、二つで一つの代物だ。材料には、カロル鉱石と呼ばれる特殊な鉄鉱石が使われていて、こいつの産出量は五ヵ国中アガレバス王国が第一位。だから、あの国は光武具の研究が進んでいるわけだ」


 産出国ならではのハンデ、という奴である。


「光武具にはそれぞれ役割がある。格納されている武器は体内に蓄積されたマナを使用者が意識的に放出し、魔法を放つことができるようにする。腕輪は武器の格納の他に、埋め込まれたカロル鉱石内に魔法式を記録しておく」


 つまり、武器でマナをコントロールし、腕輪に刻まれた魔法式で魔法を発動させる。現状魔法を放つためには、光武具が不可欠だ。


「中には何の道具もなしにマナを放出できるっていう特異体質の化け物もいるが、それは滅多にいない。だから、俺たちのような一般的な肉体を持つ奴は、光武具に頼らざるを得ないわけだ」


 人型と剣の図形を線で結び、それぞれの相互関係について付け加える。

 三人の生徒は今まで知らなかった光武具の具体的な機能や役割を、興味深そうにノートへと書き記していた。知的好奇心、探求心旺盛なのはとてもいいことだ。魔法士は己の探求心によって魔法や戦術を覚え、強くなるからな。


「ここまで聞けば誰でも疑問に思うと思うが、マナの放出を自分の意識下に置くことができる時、一つの魔法を放つ際にはどれだけのマナを使えばいいのか。これについては、はっきり言って慣れろとしか言えん」

「慣れ、ですか?」


 いまいちピンと来ていない様子のカルミラ。まぁ、正直これについては俺も説明が上手くできないんだよな。実際、感覚頼りだし。


「可視化することもできるが、マナは基本的に不可視のものだ。当然のように、量を示す単位もない。だから、どの魔法にはどの程度のマナを使えばいいのか、っていうのは、訓練の中で見つけるしかない。最初は少しだけ使い、駄目なら更に増やす、っていう訓練を延々と繰り返すんだ。そうすれば、自然とこの魔法ならこれくらい! っていうのが感覚で掴めるようになる」

「そうだったのですね……てっきり、この魔法を使うと自動的にこれくらい減る、みたいな感じなのかと思っていましたわ」

「そんなに便利じゃないんだよな、残念ながら」

『ちなみにソテラはどれくらい訓練したんだ?』

「大抵の魔法がスムーズに使えるようになるには、二ヵ月かかったな」


 三人は目を丸くした。


「二ヵ月で、習得できますの?」

「なんか、もっと二年とかかかるんだと思ってました」

「いや、お前らが想像している二ヵ月とはまるでかけ離れているから、俺のは参考にしない方がいいぞ?」

『一応、参考までに』


 興味深々と言った視線を向けてくる三人。

 まぁ、別に隠すことでもないし、そもそも俺が元軍人であることは知られているので話しても問題はないだろう。……また話が脱線しているかもしれないが、これくらいは別にいいだろ。五分もかからない。


「俺は孤児で九つの時に餓死寸前のところを軍に拾われたわけだが、そこで俺と同じような境遇の孤児を集めて、魔法士を育てるプログラムを受けさせられた。そこで魔法の訓練を受けたわけだが……一度失敗するごとに背中に鞭を受けるんだ」

『「「……」」』


 三人は表情を消し、言葉を失っているが、俺は構わず続ける。


「失敗は九回までは鞭になるんだが、十回失敗すると懲罰室に投げ込まれて、骨が折れるくらいボコボコに殴られる。ようやく成功できても次の課題を与えられて、失敗すればまた鞭を受ける。の、繰り返しだ。俺たち孤児組は死にたくないから、必死に魔法の習得に取り組む。全ての課程を修了する頃には、子供の数は半分まで減るがな。生き残った奴は、優秀な魔法士への道が見えてくるって仕組みだ」

「……それって、今もあるんですか?」

「いや、元々軍が秘密裏に行っていたことで、随分前に廃止されたらしい。子供が死に過ぎたっていう理由で」


 懲罰室で撲殺されたり、耐え切れずに自殺する奴もいたな。

 実際、思い出すのも嫌になるくらい辛かったな。ただ、泣いたり弱音を吐いたりすると壁に叩きつけられるので、全員が心を殺して取り組んでいた。今も服を脱げば、何百回にも渡る鞭打ちで出来た傷が残っている。それを見せた時、セレーナは大号泣して、泣き止ますのに随分と時間がかかったな。


『気楽に聞いて損した気分だ』

「先生って、そんなに壮絶な人生を送っていたんですね……」

「かなり、同情しますわ」

「だから参考にならないって言っただろ? お前たちは普通に学んで訓練していくんだし、そうだな……三人とも素材としては申し分ないし、一年もすれば、二十個くらいは覚えられると思うぞ。勿論、頑張り次第だけどな」


 何事もダラダラとサボっていては、成長しない。真剣に、一生懸命に取り組んで初めて、成長するスタートラインに立つことができるんだからな。


「一年で二十個か……よし、頑張ろ!」

「一年でそれなら、五年後には百の魔法を習得できているということですわね。ふふ、燃えてきましたわ」

「言っておくが、気合を入れすぎると一発目から大量のマナを消費することになるから、気をつけろよ。あくまで冷静に、落ち着いて魔法を使うんだ」

『冷静に使わないといけないのに、ソテラは鞭で傷だらけになりながら訓練したのか……』

「やらないと殺されるからな」


 殺されると思えば、誰だって必死になるだろ。当時は辛かったが、そのお陰で今はかなり冷静さを保っていられるようになったし。

 まぁ、半年前は例外として──来訪者を告げるベルが鳴った。


「誰か来たみたいですけど……」

「ちょっと出てくる。お前たちは、自習をしていてくれ」


 俺はそう言い残し、教室を出て塾の出入り口に向かっていく。

 と、そこには軍服に身を包んだ数人の軍人らしき男たちが。彼らは近づいてくる俺を目に留めると、


「ソテラ=バーティアスだな?」


 ──俺の名を呼び、手にしていた剣の切っ先を一斉に俺へと向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る