第6話 連絡

「そういえば、端末に連絡が入っていたんだったな」


 朝食を取り終えて紅茶を飲んでいた時、ふと思い出した俺は、席を立ってソファに放り投げた通信端末を手に取った。電源を入れて着信履歴を見てみると、そこには『元帥』という文字が幾つも並んで表示されている。

 あの爺、この短時間でどれだけ通信を繋ごうとしてきたんだ?

 無駄な労力を使わせたな、と他人事のように思いながら、俺は端末を操作し、耳元に当てる。


「悪い、今から少し話す」

「うん。あ、外した方がいい?」

「いや、ここでいいよ」


 気を遣ってくれたセレーナに首を振った直後、プッという音と共に低音で威厳のありそうな声が端末から響いた。


『ソテラ君、君には通信に応答するという常識が欠けているのかね』

「朝早くに連絡しようとした挙句、俺の幸せな朝食時間を邪魔しようとするからですよ。俺はもう軍属の人間じゃないんですから、連絡するにしてもその辺りの常識をわきまえてください」


 機嫌悪そうに言われた小言を正論で返す。

 そもそも早朝に連絡してくる方が常識が欠如しているだろう。年寄りが朝早いのは、わかっているが。こちとらまだ十代だぞ。


『全く、退役してから厳しくなったな』

「自覚はあります。それで、こんな朝早くに非常識な連絡をしてくるんですから、それなりの要件なんでしょうね?」

『それなり、というよりは、まぁいつもの奴だよ』

「いつもの……はぁ」


 俺は思わず大きな溜息を吐き出した。

 いつもの……つまり、軍の領土奪還作戦の会議に参加しろ、という奴か。毎度毎度、面倒な。


「前から言っていますけど、俺は参加しませんよ。軍属じゃないって言ってるでしょうが」

『そうは言ってもな。現状、影獣と最も多くの戦闘を繰り広げ、更には領土奪還面積一位も君……正確には、君の部隊「アイオライト」だ。その隊長を務めていた君が持つ影獣の知識は、作戦には必要なのだ』


 この理由説明も、既に二十回は繰り返されている。

 確かに、俺は軍人といて多くの影獣と戦い、広大な面積の領土を奪還してきた。だが、だからといって軍から離れた後も軍に協力しなければならない、というのは意味がわからない。それに、一度承諾すれば次もまた来いと言われるのはわかりきっている。絶対に受けるわけにはいかない。


「お断りします、というのも、既に何度言っているかわからないですね」

『やはり来る気はないか。今回は、他の者たちがかなり口うるさく君を招集しろ、と叫んでいるのだが。無理矢理にでも連れてくる、と豪語するものまでいるぞ?』

「俺の知ったことではありません。もしも強引に参加させようとするならば、俺は一切の情報提供もしないし、軍の機密を持って他国へ亡命しますから。俺には愛国心なんてものは一つもない。国を捨てることだって、いつだってできるんですからね」

『困った息子だな』

「誰が息子だ」


 勝手に親面しないでもらいたい。俺に親はいないんだから。


「話は以上ですか? なら、通信を切ります」

『まだ二つ程用件はある』

「手短にお願いします」


 苛立ちを募らせながら椅子に座り、飲みかけの紅茶を一口啜る。

 少しだけ、気持ちが落ち着いた気がした。


『一つ目だが、クラーツ准将から伝言を預かっている』

「准将から?」

『あぁ。俺の聞き間違いで、お前たちが結婚するものだと思っていた。すまん。だそうだ』

「そのことですか」


 まぁ、酔っぱらっていたのなら仕方ない。聞き間違いは誰にでもあるが、酒に酔い過ぎて記憶違いを起こすというのは、何とも彼らしい。実害があるわけでもないし、ここは笑って許すのが友人というものだ。


「気にしていませんが、酒の飲み過ぎは程々に、とお伝えください」

『了解した。まぁ、クラーツ准将は現在二日酔いで、便器に吐瀉物を吐き散らしている最中だがな。あとで掃除させねば』

「既に手遅れでしたか。それで、二つ目は?」


 次に聞こえてきた元帥の声音は、やけに真剣みを帯びたものだった。


『君が足と部隊を失った日のことだ』

「──。その件については、既に報告書に纏めて提出したはずですが」


 一瞬心臓が跳ねたが、俺は何とか声に出ないように抑制しつつ、続けた。


「俺から提示できる情報は、他にはありません」

『無論、私も君が嘘を述べているとは思っていない。報告書も、実に読みやすく正確に書かれていた。加えて、君は実際に片足を失っている』

「では、何が聞きたいのですか?」


 一拍の間を空け、元帥は言った。


『君の部隊を全滅させた影獣は、氷を操る魔法を用いる個体と記されている。事実、回収された死骸には冷気を放出する器官が存在しており、それは疑いようがない』

「……続きを」

『だが、極僅か──胴体に穿たれた二つの穴に付着していた氷は、その影獣のものでも、君のものでもないマナを含んでいた。勿論、軍に登録されているマナ情報ではない』


 元帥が話を進める内に、俺は頬を嫌な汗が伝うのを感じた。相対している状態じゃなくて、本当によかった。この元帥は、微かな表情の変化さえも見逃すことはないから。


『ここまで説明した上で聞こう。君は、あの影獣をどのようにして殺した?』

「……」


 俺は通信端末を一度耳から離し、軽く呼吸を整えた。

 半年前のことを、今更蒸し返すとはどういうつもりなんだ? いや、もしかしたら、元帥は半年前から違和感を抱き続けていたのかもしれない。

 俺は汗を腕で拭い、端末を耳に当てた。


「報告書に記載している通りです。俺は部隊が全滅した後、部下を捕食するのに夢中になっていた影獣の背後から魔法で心臓を突き刺しました。態々、軍に嘘の報告書を提出するメリットは何もありませんからね」

『……それは、本当だな?』

「はい」

 

 声が震えないように必死に抑える。まだ問いただされるかと思っていたのだが、元帥はそれ以上何かを言うことはなかった。


『……君を信じよう』

「ありがとうございます。では、俺はそろそろ仕事に行きますので」

『あぁ、時間を取らせたな。そういえば、贈ったネックレスはどうしている?』

「しまってあります。流石に、俺の家では目立ちすぎるので。では」


 それを最後に一方的に通信を切った直後、俺は疲労感に苛まれながら机に突っ伏した。

 あぁ、疲れる。普段多くの政治家と相対し、舌戦を繰り広げている相手がここまで面倒だったとはな。端末越しなのに、心の奥底まで見透かされているような気になってしまった。クソ、面倒な爺だ。


「これ以上、あの爺とは話したくないな」

「お疲れ様。何を言われたの?」


 冷たい水をコップに入れて差し出してくれたセレーナの問いに、俺は水を一気に飲み干してから答えた。


「いつも通り、軍の作戦会議に参加しないかっていう通達だ」

「何度も断っているのに、懲りないね」

「全くだ。だが、最近は痺れを切らして、俺を無理矢理軍に戻そうと考える輩も出てきたらしい」

「へぇ……返り討ちに遭うのに」

「危害を加えようとする輩には、俺も容赦はしないからな」


 例え相手が軍であろうと、退役している以上は正当防衛になるはずだ。それに、俺は軍の中でも味方が多い方だ。何かあれば、彼らが護ってくれるだろう。現役時代に沢山の恩を売っておいた甲斐があったというものだ。


「朝から疲れたが……二度寝するわけにはいかないし、皿でも洗うか」

「いや、それは私が──」

「二人でやった方が早いだろ?」

「……そうだね」


 俺たちはポットの中の紅茶を飲み終えた後、二人揃って流し台に並び、皿洗いに専念した。

 偶には、二人で一緒に家事をやるのもいいかもな。

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