第33話 碧頭の滝3 臥竜鯉

 《臥竜鯉ガリュウゴイ》は顔を動かしながら狙いを定め始める。そして大きな尾びれが揺れるや否や、一気に直進してきた。最初の狙いはミレーさんだ。


「むっ! 受けて立ってみる」


 対するミレーさんは、まずは様子見とばかりに円盾を構えた。鯉は浅瀬の砂を削るように突進し、水際の彼女に激突した。竜に似た顔面と盾がぶつかり合い、激しい打突音が響く。


「きゃう!」

「ミレー先輩っっ!?」

「ミレー!」


 巨体の質量のためか【近攻】ステータスの高さのためか、ミレーさんが突き飛ばされ、尻餅をついた。ハルハルちゃんとリリィレイクさんの悲鳴じみた声が飛ぶ。

 すぐにミレーさんは立ち上がったが、HPが5分の1ほど削られている。


「コノハ君! 【泡】のスキル行けるか?」

「やってみます!」


 ミレーさんと並び立つコノハ君に指示を送ると、彼は投げ槍を構えた。槍の穂先に《泡吐蟹アワハキガニ》の紋様が浮かぶ。ポリゴンが無数の泡に変わり、穂先に纏わり付いていく。


「はあっ!」


 水中に戻ろうと暴れるように跳ねる鯉に、槍を突き出す。槍自体は鱗の表面を削るように滑ったが、泡が鯉の体に纏わり付いていく。

 『絡み泡』は、相手の【速度】ステータス減少効果を持つスキル。

 泡は尾びれの動きを制限したようで、動きが遅くなった。その隙にミレーさんが片手斧を振り下ろし、HPをほんのわずか削った。

 直後、鯉は水中に逃れ、滝壺を泳ぎ回る。リリィレイクさんの矢が絶え間なく襲い掛かるが、鱗と水飛沫に阻まれ、大したダメージにはなっていない。


「ん? 【速度】が戻ってます!」

「何っ!?」


 異変に気付き慌てたのはコノハ君だ。

 鯉のHPバーの下に点っていたはずの【速度】のデバフ・アイコンが、いつの間にか消えている。


「まさか、水に入ると【泡】の効果が消えるのか!?」

「それじゃ、【泡】は意味が無い……?」

「いや、陸に上がった時は確かに遅くなっていた。意味はある。コノハ君は積極的に狙ってくれ」

「はい!」


 がっかりした様子だったコノハ君に、激励の意味も込めて指示をする。しっかりした返事が返ってきた。年少のメインタンクに送るべきは、行動への肯定だ。


「あいつ、水を吸い込んでる」


 鯉が滝壺の中央で泳ぎを止めて水面から顔を出したところで、ミレーさんの淡白な報告が届く。確かに水を吸い込み始めている。

 「ブレス」か?

 その場合、単発か? 連射か? まさか、まだ序盤。薙ぎ払いではないだろう。

 俺が一瞬迷うと、代わりにリリィレイクさんの声が飛んでくる。


「みんな、バラけて! たぶんウチが狙いや!」


 射手の勘と経験に従い、俺たちは陣形を崩した。鯉の顔は確かにリリィレイクさんを追っている。

 鯉が体を大きくしならせる。直後、その大口から巨大な【水球】が射出された。


「のおわっ!」


 リリィレイクさんへ迫る、運動会の大玉ほどある【水球】。彼女は前方に跳び込み、地面に手を突いて前転をした。彼女が直前までいた場所をみどり色の【水球】が通り過ぎていく。砂地に着弾すると、盛大に砂と水が弾け飛び、その跡には抉られた地面があった。


「ひょおお~!」

「リリィ先輩っっ、カッコイイですっっ」

「無茶しないでくださいよ!」


 大きく息を吐いたリリィレイクさんに、ハルハルちゃんは称賛を、俺は注意を送る。


「また来る。警戒」


 ミレーさんだ。

 鯉はまた水を吸い込んでいる。そして、先ほどより短い間隔で2発目が飛来する。吸い込みの時間が短い分、【水球】は小振りだ。


「うううっ!」


 コノハ君の構えた大盾に直撃し、彼は数歩よろめいた。ダメージは負ったが、失ったHPは10分の1以下。まだ回復させるほどではない。

 ロータスさんが寄ってきた。


魔杖まじょうのチャンスは、体当たりの後と吸い込み中かな」

「ですね。1発なら狙えそうです」


 みんなに伝え、突進の直後か水の吸い込み動作の時に魔杖を使うことに決めた。


 次の攻撃は再び突進。

 スピードの速いその技を今度はコノハ君が受け、彼も尻餅をつかされた。だが、その技の後は地面を跳ねて水に戻らないといけない。

 チャンスだ。

 コノハ君とリリィレイクさん以外の4人が一斉に魔杖を実体化させた。


発動インヴォーク!」


 4つの【雷球】がバチバチと空気を焦がしながら殺到する。尾びれに迫った1発は鯉が跳ねたことで外れたが、3発は直撃し、猛烈な電撃エフェクトが生じる。


「ズギャアアアアア!」


 やはり有効打。武器の攻撃よりも大きくHPが削られた。

 だが【雷球】は威力のせいか鯉を弾き飛ばしてしまい、結果、鯉が水に戻る時間を短縮させてしまった。鯉が跳ねるせいで1発外れたこともあり、突進直後は魔杖の最適タイミングとは言えないか?

 リリィレイクさんが近寄ってきた。彼女は、『火球』のスキルの代わりに登録し直した『回復鱗粉』を使い、回復エリアを設けてコノハ君とミレーさんをカバーする。黄色の鱗粉が撒かれ、彼らのHPがゆっくり回復していく。


「今度はブレス直前を狙うぞ!」


 俺が叫ぶと、みんなからも気迫の籠った応答が返った。【雷球】のダメージに手応えを感じているようだ。

 またしても鯉は水を吸い込み始めた。だが、位置が先ほどよりも遠い。狙えるか?

 急ぎながらも慎重にターゲットカーソルで狙いを定める。


発動インヴォーク!」


 距離のせいか2発が外れ、3発が当たった。

 鯉は仰け反り、溜めた水を上へ吐き出した。ブレスのキャンセルが成功したのだ。すると、鯉は唸り、潜った。

 魚影は攪乱するように滝壺を移動し、別の場所から顔を出す。また水を吸い込む素振そぶりを見せた。

 俺たちはチャンスとばかりに【雷球】を放つ。今度はリリィレイクさんも加わる。

 だが、鯉は吸い込みを止め、なんとその場で潜ったではないか。

 6発の飛弾は1発も命中しなかった。10発しか撃てない魔杖を無駄撃ちさせられたのだ。


「なあ!? バカにしよってえ! 1000アジー返せえ!」


 リリィレイクさんが現金なことを言って憤慨した。その気持ちは分かるし、俺も悔しい。1万Aもするのに魔杖は使い捨て。旅の道中で分かったが、1Aは現実の1円とほぼ同じ価値。攻撃が外れるたびに1000円が飛ぶとあれば、気分の落ち込みが激しい。


 その後、俺たちは試行錯誤する。

 鯉の接近攻撃に合わせ、コノハ君が『絡み泡』で動きを遅くさせて、そのチャンスに【雷球】を見舞う。

 鯉のフェイントによる無駄弾を減らすため、水の吸い込みには時間差を付けて【雷球】を放つ。


 だが、敵もさるもの。

 接近攻撃には、出の早い突進の他に、尾びれの振り回しによる薙ぎ払い攻撃と、タゲを特定しにくい跳び掛かり攻撃があった。新技のたびに俺たちは引っ掻き回され、【回復】の魔杖も使わざるを得なかった。

 さらには、水の吸い込みにもバリエーションがあった。

 移動しながら吸い込むパターンに、水中で吸い込むという実質無敵状態のパターンもあった。

 放たれる【水球】自体は全て単発で、対応はそれほど困難ではない。だが、こちらの【雷球】のタイミングは狂わされ、あの後も何度か無駄撃ちをさせられた。


 そうして全員の【雷球】の魔杖が役目を終えた頃、鯉のHPはようやく半分を切った。

 鯉は大きく吠えた後、モーションが変わった。



【踏破距離:156キロ】

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