第27話 双崖の街シャンヤ2 碧巫女
目覚めると、一つ大きく伸びをしてまず窓へ向かう。窓とガラス張りの床の方へ踏み出すたび、部屋が揺れ、寝起きの心臓が早鐘を打つ。
外は霧雨で、細かな雨粒が窓を打つ。眼下の
夜の内は気付かなかったが、ここの川幅はだいぶ広く、流れは穏やかだ。そして、川は瀬と淵がはっきり分かれている。瀬は透き通るような
時刻は7時半。
パーティ全員とロータスさんに、メッセージを送って朝食の誘いをしてみる。すると、コノハ君とハルハルちゃん、それにロータスはすでに済ませていて、リリィレイクさんからは返信無し。結果ミレーさんと一緒に食べることになった。
「街に来ると、中華料理屋ばっかりだね」
「陽ノ国は昔の中国モチーフ。仕方がない」
中華風おかゆにレンゲを伸ばすミレーさんが答えた。
「今日は巫女さんに会いに行くけど、ハルハルちゃんがさっそく街を探検してるみたいだよ」
「コノハは?」
「たぶん一緒なんじゃないかな。あとリリィレイクさんは寝てるみたい」
「リリィは疲れてる。昨日、また足を揉んでやったら変な声出してた」
俺は会話の切れ目に卵雑炊にレンゲを伸ばす。2人ともしばらく食事に集中していたが、おもむろにミレーさんが顔を外に向けて指差した。
「私たちも探検したい。あれに乗りたい」
振り返ると、ロープが両岸の街同士を繋いでいた。そして、そのロープに大きな
「さっき人が乗ってた。ゴンドラ。楽しそう」
「えぇぇ……」
相変わらず表情の少ないミレーさんだが、言葉の端がいつもよりリズムが良い気がした。
雨はほとんど止み、風は俺たちごとゴンドラを揺らす。
ゴンドラは、シャンヤの街に何箇所か乗り場があるようだ。俺たちが乗った所では、ガタイのいいNPCがロープを引いて滑車を動かし、ゴンドラを動かしてくれている。
「ヒヨコ、これは楽しい。谷を一望できる」
「うおっ、じっとしててよ。いやっ、これ、怖いって」
ミレーさんは船に乗るとよく眠るくせに、ゴンドラで空中散歩となると活性化した。きょろきょろと辺りを見回す姿は、アトラクション好きな女子高生といった風で、年相応に感じられた。
10センチ幅の板を組み合わせただけの床は、隙間から真下の川が見える。これはかなり肝が冷える。
「ミレーさんがこういう絶叫系好きなのは知らなかったよ」
「絶叫系ではない。これは景色を楽しむ系」
ミレーさんのペースを巻き込まれながら、ゴンドラは中央に差し掛かった。
「ヒヨコ、あれ。私たちの宿も見える……あっ、リリィが窓の所に立ってる」
「えっ、うそ?」
「嘘じゃない、あれ――きゃっ!」
ミレーさんが手を振ろうと身を乗り出したため、ゴンドラが激しく揺れた。俺はとっさに彼女の体を掴み、引き寄せた。彼女の髪の香りが、湿った空気とともに鼻に入る。
「ありがとう。助かった」
「いや――それにしても可愛い悲鳴だったね」
「む、ヒヨコにからかわれるのは不覚……いつまで抱きしめてるの?」
「あっ、ごめんっ」
言われてから気付き、俺は細い体を離した。彼女の髪が俺の顔を撫でていき、またほんのりと香った。珍しくミレーさんの顔が真っ赤になっていた。
「ミレーさん……顔が赤いよ」
「ヒヨコのセクハラのせい」
その後のゴンドラは静かに進んでいった。
* * *
対岸に着くと、そこは武器屋や装備品屋が軒を連ねるエリアだった。
俺たち2人は、所持金に余裕があったため武器の強化をした。旅の途中、パーティみんなは鍛冶屋を見つけるたびこまめに強化はしていた。今回も強化の結果、俺の
このエリアには他のプレイヤーたちが何人かいた。彼らと互いのマップ情報など交換し合った。
碧巫女さんがどこにいるか教えてもらったのはその時だ。
テント内に飾る置物屋を冷かして時間を潰していると、パーティメンバーとロータスさんが集まってきた。
「ほお~、巫女さんの場所はあんたらがデートしてて見つけたと? コノハ君たちもデートしてたみたいやし、みんな、リーダー置き去りにして楽しそうやな?」
最後にやって来たリリィレイクさんは頬を膨らませると、俺たちに突っかかってくる。
「別にデートってわけじゃ……。えぇと、
俺が指差す先は、街の他のエリアとは一線を画すエリアだった。
紅葉色で塗られた、まるで寺院を思わせる木組みの廊下が延びている。川の碧色とは反対の色で、風景の中で際立っている。しかし落ち着いた色合いなので、景観を壊してはおらず、むしろ『滝の聖殿』と呼ぶにふさわしい厳かさが感じられた。
入り口にいた赤い
「あの……碧巫女様というのはどんな方ですか?」
袴の2人に俺は尋ねる。正直返答は期待していなかったのだが、片方が振り返ってきた。
「清廉で情が深いお方ですよ。
市井の出。そう聞くと、緊張感が若干和らいだ。最初の巫女、ルイシャンは皇女という立場だったし、こちらも緊張したのだ。
廊下は長く、時に階段を下りたり、折れ曲がったりしてだいぶ時間が掛かった。そうして、かなり川面に近い低地まで下りてくると、大きな扉の
中にいたのはやや背の高い女性が1人。いや……。
「碧巫女様、
「ありがとうございます。ようこそ、皆様。長旅お疲れ様でしたわ」
なんと碧巫女と呼ばれた女性は赤ん坊を抱いていた。
30歳は過ぎていそうな成熟した雰囲気で、大きな胸の前で抱かれた赤ん坊は眠っている。
陽巫女が10代後半くらいだったため、俺は碧巫女もその位だろうと思い込んでいた。
碧色の長い衣を羽織った碧巫女がゆっくりと体を曲げてきた。
「当代の碧巫女、ロンムーですわ。こちらは娘のニーロン」
「可愛い」
「あら、この子が? ふふ、それとも私かしら? どちらにしても嬉しいわ」
ミレーさんのおそらく赤子に向けた感想に茶目っ気が返ってきた。
見た目の年齢もさることながら、子持ちで豊満な体型……。陽巫女ルイシャンとはもの凄いギャップだ。
子持ち巫女というインパクトをリリィレイクさんも感じているのか、会話が切り出せていない。
「巫女様、俺はこいつらの護衛のロータス。こいつらは
こういう時にやはり頼りになるのは大人のロータスさんだ。ロンムーさんの意外性を柔軟に受け止め、言ってくれた。
「それはそれは。長い道のりを誠にありがとうございます。――早速ですが、鯉を見せてもらってよろしいですか?」
リリィレイクさんが『しのぶ』を実体化し、水槽をテーブルに置いた。ミレーさんがきっちり餌をやってくれていたおかげか、預かった時よりなんとなく健康そうだ。
「あら、なかなか元気そうな子ですわね。この子なら滝越えの神事の主役になれそうです。改めて感謝いたしますわ」
ロンムーさんが深く体を折ると、俺たちも倣ってバラバラにお辞儀を返した。
「この子を運んでいただいた御恩もあります。護衛のロータス様以外の方々は、掌を上に向けていただけませんか?」
その言葉、もしや。
ロンムーさんは、赤子を揺り籠に預けると
俺たちの掌に現れたのは、やはり
【踏破距離:148キロ】
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