第26話 双崖の街シャンヤ1 突き出た宿

「う、お、おおお」

「くはあ……みんなお疲れ! ロータスさんもこんな暗くなるまでありがとうございますう」


 あと少しで到着だ。俺が達成感とともに呻き、リリィレイクさんがみんなに感謝を伝える。

 すでに日が落ち、みどりの川面の色を判別できないほどになってしまった。

 ランプ片手に夜道を突き進むのは今回が初めてだ。足場の悪い山道を無理してまで歩いた理由――それは『双崖の街シャンヤ』の灯りが遠望できたからだった。


「すごいすごいっっ! 崖に街がくっ付いてますっっ」


 ハルハルちゃんが両手を街へ向けるように突き出した。


 闇の中、無数の灯りが、両岸で向かい合うように広がる街を浮き上がらせている。両岸とも急角度でせり上がって、崖と呼べるほど岸辺は高くそびえている。

 灯りは、光の強弱で街に立体感を与えている。弱い光は闇の中に儚げに浮かび、強い光は通路を行き交う人々の顔を映す。

 崖にへばり付いた木造の建物は、互いに肩を寄せ合うように建っている。無数の通路と階段で建物は繋がり、そして付随する雨どいは血管のように張り巡らされていた。建物の群れは不均一で、まるで前世紀の香港ホンコンの古いビル街のよう。あるいは要塞を描いた巨大なモザイクアートか。


「まずは宿や、宿。『しのぶ』を持って行くのは明日にしよ……ロータスさんも宿に希望あったら言ってくださいね?」

「俺のことは気にしなくっていいって、リーダーさん」

「十二分に護衛をしてもろたから、ちょっとはオモテナシさせてくださいよ」

「へえ? なら、お言葉に甘えちゃうよ」


 街の入口へ向かうにつれ、だんだんみんなの口数も増えてきた。

 リリィレイクさんはロータスさんと言葉を交わしている。ハルハルちゃんは対岸の街を指差しながらコノハ君にじゃれている。

 俺とミレーさんは隣り合いながらもしばし無言でいた。入り口と門番が見えてきた辺りで、ミレーさんから声が掛かった。


「ヒヨコ、考え事?」

「えっ――ああ、ちょっと」

「竜滅隊?」

「ん……話の途中で連れて行かれたからね。あの人たちはどこに行ったんだろうなって」


 俺は首元を軽く撫でながら、つい2時間ほど前の出来事について考えていたことを口にした。


「たぶんどこかに牢屋がある。陽華京ようかきょうにはあった」

「なんでそんな場所を知って……ああ、道に迷ってた時か」

「そう」

「入れるの?」

「分からない。門番はいた」


 ミレーさんは思い出すように首を傾げて答えてくれた。

 あくまで俺の勘だが、投獄されている彼らと会話する方法があるのではないかと思う。彼らのリーダー格は単なるイベントNPCとは思えなかった。竜を憎む背景や出身地まで設定されていたからだ。


 しかし、そんな俺の思考も、街に入ると中断せざるを得なかった。街は立体の迷路だったからだ。通路は階段と渡り廊下によって複雑になり、きちんとした大通りなど存在していない。

 階段をいくつも上っていくうちに、川の水音は住民の生活音に代わっていった。


 ようやく広場と呼べる所に出ると、「旅匠りょしょうの民の足跡そくせき」と呼ばれている掲示板がこの街にも立っていた。

 それは、街への到着順を記した物で、プレイヤー個人名またはパーティ名が順位とともに書かれている。今回、『流星合流』とロータスさんの名前は20番代前半に書かれていた。ふもと碧尾街へきびがいの時よりも少し順位が上がっていた。


 リリィレイクさんが住民NPCに寄っていく。


「あの、ちょっと、すいません」


 相手は痩せた女性だった。太ももまで隠れた競泳水着のようなぴったりした服の上に、上着を羽織っている。

 欲情的とは言えないまでも、そう感じたらしいハルハルちゃんはコノハ君を遠ざけた。


「ここらで宿ってありますう?」


 女性NPCはいくつか宿の名前を挙げ、親切にも大まかな宿賃まで教えてくれた。結果、俺たちは中ほどの値段の「猿の尾亭」に決めた。


 マップを立体表示にさせて、さらに上っていく。次第に崖の傾斜がきつくなり、もうほとんど垂直になっていた。

 そうして、ようやく目当ての「猿の尾亭」に着くと、俺たちは度肝を抜かれた。

 20室ほどの細長い個室が、なんと崖から張り出して、先端はほとんど宙ぶらりんになっていた。

 灯りが反射し、部屋の上のワイヤーが掛っていることに気付いた。どうやら、部屋はこの斜めに架かったワイヤーによって崖に固定されているようだった。


 今回は全員シングルルーム、男女別のシャワー室は共有。

 別れて部屋に入ってみると、崖に近い手前にベッド、中ほどにテーブルがある。歩くたびにキイキイ軋む部屋を進むと、奥にはなんとガラス張りの床があった。下に街の灯りが見える。


「うお、これはこれは……」


 今は暗くてあまり恐怖が湧かないが、日中はスリルがありそうだ。ハルハルちゃんは喜びそうだが、コノハ君は案外怖がりそうだと予想すると、くすりと一人で笑った。





 一休みしていると、リリィレイクさんから全員宛てに外食のお誘いが来た。

 集まって向かうと、中華料理店で、そこもテラスが崖から突き出していた。上下左右で建物同士が近接するこの街で、広さを確保するには、川に向かって伸ばすというのが法則のようだった。


「先輩たちっっ、シュウマイ、お肉まで緑色ですよっっ」

「ホンマや……ミレー、味見――」

「山菜の味。野趣を感じる」

「あんた、早いって!」


 料理が運ばれてくると、女性陣が一気に騒がしくなった。味見という名の抜け駆けをしたミレーさんにリリィレイクさんがツッコむ。

 続いてハルハルちゃんも口にすると、苦そうな顔をして舌を出した。そんな彼女に、コノハ君が「味覚が子供だから」と言うと、言葉数が倍になって返ってきた。


「肉の味も独特な気がするねえ? ヒヨコマメ君、何肉か分かる?」


 ロータスさんに言われてから俺も箸を伸ばす。

 蒸されてじわっとしている緑色の皮を噛むと、中から肉汁に混ざって山菜の独特な苦みが染み出てきた。ひき肉もやや硬くて歯ごたえが楽しめる。噛むたびに肉汁と山菜の風味が口に広がる。好き嫌いは分かれそうだが、苦味が得意な俺には好きな料理だ。


「う~ん……豚肉? いや、ジビエ……? 猪?」


 だが、肉の種類は内陸育ちの俺でもよく分からない。

 すると、ロータスさんの死角をカバーするように左の席でお手伝いをしていたリリィレイクさんが、気を利かせて店員に聞いてくれた。

 正体は《谷猪タニイノシシ》なる一般生物だった。どうりで豚肉のように思えたわけだ。山菜まみれでない、素材の味が気になってくる。


「リリィ、次からは狩りもお願い」

「弓使いは猟師やない……まあ、ええわ。ハルちゃん、狩りの時はコノハ君貸して? 投げ槍も猟師っぽいし」

「はいっっ、こき使ってあげてくださいっっ」

「ええぇぇ……」

「コノハ君、ウチと一緒じゃイヤ?」

「い、イヤじゃないです」


 リーダーだからか、大人の女性だからか、コノハ君はリリィレイクさんの言うことには素直だ。嫉妬しているわけではないが、俺以上に可愛がられている。彼はパーティの弟分というのが板についてしまっている。


「さてさて、リーダーさん? 今後だけど」


 食事が進み、各自炒飯やら麻婆豆腐やらを食べていると、ロータスさんが隣を向いた。彼は特に気負っていない表情だが、対するリリィレイクさんは少し顔に力が入って見えた。


「明日、巫女さんの所に俺も付いて行っていいかい? どうも、俺とそっちじゃ状況が違うような気がするんだよね」

「なんや。護衛終了を切り出されるのかとドキドキしました」

「ははっ、それも含めて巫女さん次第かな?」


 1日連れ添ったロータスさんとの別れ。それを考えたのか、パーティの会話が途切れた。一瞬の静寂の中で、遠くから滝の音が聞こえた。



【踏破距離:147キロ】

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