第25話 碧の谷筋2 集団戦

 10人の竜滅隊は小屋を出てから、まず横に広がった。その悠長な動きは滑稽さがあった。だというのに俺たちから失笑が起きなかったのは、彼らの猛った形相のせいだろう。


「小僧……街では舐めた真似をしてくれたな」


 碧尾街でも襲ってきたしゃがれ声のリーダー格だ。

 彼に続くように他の連中が怒声で威圧してきた。他の連中にも顔に覚えがある。今回も前回も同じ面子めんつだと思われた。

 怒声を受け、表情の変わらないミレーさんと場慣れしたリリィレイクさんはどこ吹く風だが、コノハ君とハルハルちゃんはビクリと体を震わせていた。


「そっちこそ、魚1匹のために雁首揃えやがって」

「そや。『しのぶ』に恨みでもあんのか!」


 俺が言い返すと、リリィレイクさんも加わった。

 『しのぶ』というのは、輸送中の《碧竜鯉ヘキリュウゴイ》にミレーさんが名付けた呼び名だ。俺が雄か雌か聞き忘れたため、男女ともに使える昔ながらの名になってしまった。


「巫女の元に運ばれては竜になってしまうからな。今ここで始末する」


 リーダー格がゆっくりと長刀を抜く。それを合図に向こうは全員が武器を抜き放つ。

 その瞬間、こちらも旅装から鎧姿に変わった。


 前回は俺が1人で居る所を狙われたが、今回は仲間たちが一緒だ。心強い。

 しかし一方で、別の不安要素がある。

 山道を歩き続けた俺たちが疲労困憊の状態であること。そして、こちらが見上げる形になっているということだ。


「おおおお!」


 奴らが斜面を一斉に駆け下りだした。

 向こうには、今回はHPバーがある。奴らは頭上のそれを揺らしながら迫ってくる。


「ミレー! コノハ! 構えろ! 俺も前に行く」


 普段付けている敬称を取っ払って指示をする。地の利を取った相手に、自分でも焦りを感じている。

 まずは遠距離武器を持つメンバーが迎え撃つ。

 コノハ君は投げ槍で、背後のロータスさんはサブ武器のクナイで。だが、投げ槍は惜しくも外れ、クナイは何人かに当たったが突進の勢いを殺せない。

 なぜかリリィレイクさんから矢が飛んでいかない。疑問に思っていると、代わりに背後から『火球』が向かっていった。彼女が差し替えた封獣札スキルだ。

 熱を放って迫るそれが1人に直撃すると、彼は炎に飲まれ、隊列から外れて倒れ込む。HPが半分近く削れたが、これなら矢を連射して、数人を攻撃した方が良かったのかもしれない。


「あ、くそっ! 前列防御! 後列は1対1に持ち込んで!」


 リリィレイクさんから指示が来る。

 俺の視界の隅で、ハルハルちゃんがコノハ君の後ろに、クナイに切り替えたリリィレイクさんがミレーさんの後ろに付く。ということは、俺の後ろにはロータスさんがいるのか。


「でぇああっ!」

「うおおおっ!」


 敵味方の区別なく声がぶつかり合う。

 敵のリーダー格は俺に向かってきた。長刀を、盾状態の盾鋏たてばさみで受ける。前列3人の盾に複数の刃が激突する音が重なり合い、周りの木々に反響する。

 敵の勢いに乗った攻撃は、しかし思いのほか軽かった。ステータスを振った俺たち旅匠りょしょうの民と集団戦用NPCの差か。

 当たりの弱さに、生じていた焦りが徐々に収まってくる。


 一撃目はなんとか俺たち前列が防ぎ切った。特にミレーさんは、《泥巻貝ドロマキガイ》の『瞬間硬化』スキルで、攻撃を防ぐと同時に敵を弾き返した。ノックバックした敵が後続を巻き込んで倒れた。


「ヒヨコマメ君、髭野郎は任せた! ほら、人質野郎、また相手になってやるって」

「てめえ! 手首の痛み、忘れねえ!」


 ロータスさんが前に躍り出て、1人と切り結ぶ。その相手は、前回船を乗っ取って人質を取った卑劣漢。何らかの回復手段があったのか、切り飛ばされた手首は元に戻っていて、憎たらしく短刀を握っている。


「小僧、いい加減魚を渡せ!」

「できるわけないだろう! お前たちこそ、なんで竜を憎む?」


 リーダー格の長刀の連撃を、盾鋏と鉈で危なげなく防ぐ。強面でも、あのキルマの大剣に比べたら迫力不足だ。


「災いを憎む心は誰しもが持っている!」

「そうかよ、だったら倒してからゆっくり聞いてやる」

「舐めるな、小僧!」


 リーダー格が挑発に乗った。奴の連撃が速度を増す。だが、その分単調になって、動きが読みやすくなった。ステータスで上回る俺は堅実に防御していく。

 相手が攻め続け、こちらはなかなか反撃に移れない。しかし、俺は焦らない。形勢が決まりつつあるからだ。


 ミレーさんとリリィレイクさんの組が、倒れ込んだ相手に追撃し、瞬く間に戦闘不能にした。

 ロータスさんは卑劣漢を一閃の元に切り伏せる。

 コノハ君は投げ槍でチクチクと敵を突き続け、2人を釘づけにしている。

 ハルハルちゃんはヌンチャクで敵の武器を弾き飛ばすと、スキルの『蹴撃』で蹴倒す。


 俺がリーダー格を押さえている間に、竜滅隊は1人また1人と数を減らしていく。

 敵のHPバーは、ある一定まで減ると打ち止めになった。すると、「気絶」という形で動かなくなるようだ。その証拠に彼らの頭上では、エフェクトの小鳥がピヨピヨと飛び回っている。

 NPCと言えど人型。好んで命を奪いたくはない。


「くそうっ! 『義』だけでは勝てんのかっ」


 リーダー格はそう吐き捨てながら大きく振り下ろしてくる。俺は素早く身を翻して避ける。

 奴の言葉に、養魚場のサンナンさんのやるせない表情を思い出し、怒りが沸いた。


「何が『義』だ。罪もない生き物もろとも何人傷つけた!」


 俺が罵声とともに放った鉈の切り払いが、長刀の腹を捉える。火花エフェクトが発生した瞬間、俺は『属性付与【泥】』を発動させた。《泥巻貝》の紋様が光り、直後【泥】が鉈の分厚い刃を覆う。

 【泥】と長刀がわずかの時間拮抗したが、やがて切れ味HPを失った長刀がペキンと真っ二つにへし折れる。折れた刃先が宙を舞うと、地面に突き立った。


「ぐ、うぉ……」


 武器を失ったリーダー格が小さく呻いて崩れ落ちた。他の9人は気絶状態。数的優位をひっくり返されての壊滅に、リーダー格は戦意を失ったようだ。


「ふぅう……詳しく話してくれないか」


 俺は大きく息を吐き、刃を向けたまま尋ねる。奴の横からロータスさんも切っ先を向けている。半ば脅すような形だが、この分からず屋から聞き出すにはやむを得ない。

 男は逡巡している様だった。時折唸り声を出したが、やがて周りを見回し、仲間の様子を見た。仲間の命に別条がないのを確かめ終わると、やっと重い口を開いた。


「……俺たちは同じ村の住民だった……全員ではないが」


 しゃがれ声はいつになく小さかった。


「竜の本性を知っているか?」

「本性?」

「この国の奴らは、竜は大人しい聖獣と思い込んでいやがる。だが、そんなのは奴らの上っ面だ。腹が減れば村を襲うことだってある」


 怒りを滲ませながらも、苦しそうな言い方だった。戸惑う俺の刃が揺れる。


「村人は何人も犠牲になった……。俺たちには竜を滅ぼし、他の村を守る『義』がある。だが、この国の奴らは、竜を増やすことに何の疑いも持っちゃいない」


 彼の目はどこか遠くを見つめているようだった。


 しかしその時、上流のほうから蹄の音がいくつも聞こえてきた。

 だが構わず、彼は続ける。


「今のままでは他の村も犠牲になるぞ。悲劇は種火の内に消さないと収まらない!  最後には、俺たちの『ジャオロン村』のように陽ノ国も滅びるぞ!」


 男が唾を飛ばして喚いた時、騎馬隊が姿を見せた。

 竜滅隊捜索の任にあったという官憲たちは、全員を捕らえると、俺たちに短い感謝を述べた。そして、捕縛への協力の礼として全員の宿代をまかなえるだけの報酬をくれた。そして来た道を引き返していった。


 周囲は川の水音だけになった。扉が開きっ放しの小屋が空しく建っている。

 あの男の悲嘆が頭から離れなかった。



【踏破距離:141キロ】

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