第28話 双崖の街シャンヤ3 牢

 リリィレイクさんは、出現した正封獣札を大事そうに握った。


「ありがとうございますう……でも、ロータスさんのはどうなるん?」

「あぁ、リーダーさん。どうやら普通のプレイヤーはね……」


 彼女が碧巫女へきみこロンムーさんに尋ねると、ロータスさんが右手で顎を撫でながら割り込んだ。

 どうやら彼が他のプレイヤーから聞いた話では、特にクエストもなくロンムーさんを訪問したプレイヤーには、その場では正封獣札は渡されないとのことだった。代わりに、その時ロンムーさんからクエストが依頼される。そのクエストをこなすことで正封獣札を受け取れるらしかった。

 つまり、俺たちは『しのぶ』を運んだことで、そのクエストを免除されたということだ。竜滅隊に2度も襲撃されたが、時間としてはショートカット・ルートだったのかもしれない。


「ロータス様、話が早くて助かります。申し訳ないですが、貴方あなた様には4つの宝玉を持って来る『試練』を受けていただくことになりますわ」


 ロータスさんが納得したとばかりに頷く。そしてロンムーさんは、今度は俺たちのほうを向いた。


「滝越えの神事を行いたい場合は、『碧頭へきとうの滝』に向かい、『登竜とりゅうの鐘』を鳴らしてください。私たちが準備した後に向かいます。この子に加護を与えて滝壺に放しますわ」


 水槽の『しのぶ』に視線が集まった。この小さな鯉が本当に滝越えなどできるのだろうか。『しのぶ』は俺たちの注目などお構いなしに、透けた碧色の尾びれで少しだけ泳いだ。


 そうしていると、ロンムーさんが揺り篭で眠る娘を見た。袴の侍女たちも動き出す。面会は終わりということか? 少し焦った俺は切り出した。


「竜滅隊というのはご存知ですか? その鯉は彼らに狙われたんです」


 対してロンムーさんは頷き、少し悲しそうに目を伏せた。


「知っています。こちらの兵士の方も以前被害に遭いましたから」

「そうでしたか……。彼らは連行されていきましたが、この街のどこかにいるんですか?」


 侍女たちが俺を制そうと動く気配があったが、ロンムーさんがそれを止めた。


「牢におりますわ。実は私も昨晩面会いたしました。ですが、不幸な行き違いがあるようですわね」

「行き違いというと?」

「そうですわね……。まず、魔獣が竜に成長するという事ですが、これは半分当たりで半分外れなのです」


 気になる言い回しだ。みんなの視線がロンムーさんや『しのぶ』を行き来した。


「一言で竜と申しても、大人と子供――成竜と幼竜がいるのです。成竜は強い力を持ちますが、幼竜の強さは一般の魔獣とさほど変わりませんわ。それに、幼竜が成竜になるには何十年もかかります。その間にどれほどの幼竜が命を落とすか……」


「もしかすると、その《碧竜鯉》も最初は幼竜になるということですか?」


「その通りです。数十年の後、無事に成竜になれるかもしれませんが、実際はその可能性の方が低いでしょう……。滝越えの神事といっても、あくまでも子の成長や子孫繁栄を願う儀式であって、成竜を増やす意図はないのです」


 その話が真実ならば、竜滅隊の2度の襲撃はてんで見当違いの行動だったことになる。

 この国では、住民には竜の生態は詳しく伝わっていないのか? それとも、巫女さんたちや皇室には上がってこない、竜による悲劇があるのか?


 俺たちの訪問は終わった。どういうわけか、俺たちは牢に入ってよいという認可までもらった。


 * * *


 俺たち『流星合流』の全員は2枚目の正封獣札をもらった。だが、ロータスさんはもらえていない。

 意外に義理堅いリリィレイクさんが、ロータスさんの宝玉回収クエストを手伝うと申し出た。彼は一度は断ったが、リリィレイクさんが護衛のお礼と粘ったため、俺たちは皆、彼に協力することに決まった。誰も異論はなかった。


 ただ、ちょっとだけ俺が口を挟んだ。先に牢に行きたいと申し出たのだ。

 ロータスさんも快く了承してくれ、街から少し離れた牢屋に向かった。


「2人はお留守番、よろしくな?」


 山中の牢屋に辿り着くと、リリィレイクさんがコノハ君とハルハルちゃんに手を振った。あの2人は竜滅隊を怖がっていて、牢屋に入りたくないそうだ。竜滅隊はたとえ事情があったとしても、言動がそこいらのチンピラ崩れと大差ない。子供の教育上、積極的には関わらせたくはないのも本心だ。


 番人に挨拶し、牢屋に入っていく。通路は石をセメントのような物で繋ぎ合わされ、中はひんやりとしている。夏はいいかもしれないが、冬は冷えそうな作りだ。

 進むと、竜滅隊が何人かごとに分かれて投獄されていた。牢に入っているためか、敵性カーソルではなく、一般NPCと同じ色のカーソルだった。


「おぉい、元気か?」


 俺が声を掛けたが、彼らの反応は想像していたものと異なった。

 罵声でも浴びせてくるかと思いきや、何人かが振り向いただけで、誰も言葉を発さなかった。たった1日でこんなに悄然しょうぜんとするものだろうか。


「おぉい」

「……何だ、旅匠の民。俺たちを笑いに来たのか」

「違う。聞きたいことがあったから来たんだ。答えてほしいんだ」


 リーダー格のしゃがれ声はさらにかすれていた。戸惑いながらも俺は鉄檻に手を掛ける。


「魔獣はいきなり大人の竜、つまり成竜に進化するんじゃなくて、まず幼竜に進化するって知ってたか?」

「……昨晩、巫女にも同じことを言われた。幼竜への進化は知っている。だが、成竜になるのに数十年もかかるというのは初耳だった」


 リーダー格は疲れたように答えた。やはりNPC間には知識の差があるようだ。


「そうなのか? 巫女さんに言われて、事実を知って落ち込んでるのか?」

「ああ、そうかもしれんな……。俺たちの組は、竜になる以前の魔獣を駆除して、結果として竜を滅ぼすことを目指していたからな」

「そうか……。竜滅隊、あんたらは一体どんな過程で結集したんだ?」

「…………」


 彼は黙考しているようだった。

 ややあってから彼はこちらに改めて目を向けてきた。


「……かしらに拾われたのだ」

「お前たちの?」

「ああ」

「どんな人なんだ?」


 リーダー格は体を捩じった。足首の鎖がジャラリと鳴った。


「懐の大きな方だ。村を失い、放浪していた俺たちは頭に拾われた。あの方は俺たちに様々なほどこしをくれ、竜を滅する機会をくれた」


 畏敬の念のようなものを感じた。彼は「ふうぅ」と大きく息を吐き、こちらを見上げてくる。

 すると、なんと彼の頭上にクエスト発生のアイコンが浮かんだ。


「旅匠の民、頭に伝言を伝えてくれないか? 『期待に沿えず申し訳ありません』と」

「…………」

「まあ、じっくり考えておいてくれ。そして、もう一つ」

「何だ?」

「お前たちの強さを見込んで頼みたい。《爪竜ツメリュウギナンジャオ》をむくろに変えてほしい――俺たちの村、『ジャオロン村』を滅ぼした奴だ」

「ギナンジャオ……?」

「頼む、我々はもう使命を果たせない。このままでは死んでも死にきれん」


 鎖の音が牢に反響する。ウィンドウが開くと、クエスト選択画面が現れて、2つの候補クエストが追加された。



【踏破距離:149キロ】

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