第23話 碧尾街5 隻腕の男

「皆さん、助けてくれてありがとうございました!」


 まだ午前9時前という早い時間帯、華やかな雰囲気の食事処に俺の感謝の言葉が響いた。

 俺を竜滅隊の悪漢たちから救ってくれた恩人たちが、各々飲み物を手にする。それを見計らったリリィレイクさんが、


「皆さんの旅の無事を祈って……カンパーイ!」


と、甲高い声で乾杯の音頭を取った。グラスやカップがぶつかり合い、大小様々な音が室内に響く。

 始まったのは慰労会だ。飲み物は全て俺のおごりになってしまった。


 悪漢どもを取り囲んだ時には、俺や『流星合流』のメンバーも含めてプレイヤーが16名も居たのだが、どうやら逃げた悪漢どもを追っている内にさらに数名加わったらしい。この慰労会には、なんやかんやで18名が参加している。

 ちなみにその悪漢どもは、定められたエリアの外に出るとどうやら消失する仕様らしかった。誰も竜滅隊のメンバーを捕縛できず、奴らは影も形もなくなった。


 みんなが乾杯のグラスを口から離した辺りで、パーティ『Wアドベンチャー部』のリーダー、長身で25歳くらいのトガシーさんが忠告するかのように声を張った。


「竜滅隊って他の地域でも出てるらしいぞ。フレンドから教えてもらったんだけど、別の竜絡みのクエストでも出現したらしい」

「竜絡みのクエって、ヒヨコマメさんのやつ以外にもあるんですか?」


 別のパーティのメンバーが聞いた。

 ここに来るまでに俺は助っ人の皆さんに、受けたクエストのことを話しておいた。


「西の巫女――藍巫女あいみこって言うらしい。そっちでは竜に進化するウナギを巫女に届けるらしくて、クエスト受けてすぐに襲われたらしい。そっちはパーティがみんな揃っていたから撃退したらしいんだが」


 トガシーさんが伝聞の内容を答えると、みんなの視線が俺のほうを向いた。俺が独断専行していたと思われているみたいで、針のむしろだ。


「あ、いや、その節は、どうも……さっきふと思ったんですけど、貴重品ボックスってパーティ共有ですよね。俺だけが倒されてもアイテムは奪われないんじゃ?」


 俺は居心地の悪さを打開すべく、ずっと思っていたことを口にした。

 この疑問に場が沈黙したが、唯一の女性助っ人であり、パーティ『ウオガシ』の紅一点であるヒトデさんが口を開いた。


「私もリーダーじゃないから、この前知ったんですけど、貴重品の共有化って、リーダーと合流しないと起きないみたいなんです」


 この体験談にみんなが「ほぉー」と目を丸くした。


「つまり……極力みんな居る時にクエストを受けるか、リーダーがクエストを受けたほうが安全ってことか」


 トガシーさんが対策を口にし、異論が出なかった。俺も肝に銘じるつもりだ。





 その後は各々散らばって交流会になっていった。

 リリィレイクさんとミレーさんは、ヒトデさんのパーティと話し始めた。

 コノハ君とハルハルちゃんは、優しそうで子供好きそうな面々に持てはやされている。確かにこのゲームで、彼らのような小さな子供は珍しい。天真爛漫なハルハルちゃんにコノハ君が寄り添い、どことなくお姫様と騎士に見える。


 そんな中俺は、会場で異彩を放っているあの人に近づいていった。隻腕の水面走り、ロータスさんだ。

 180センチより少し低いと思われるが高身長で、歳は30代半ばに見える。

 漫画やアニメなどで隻腕というと、顔にも傷があったりするイメージだが、彼の顔には傷はなかった。


「改めてありがとうございました。ロータスさんが助けてくれなかったら、あの子がどうなっていたことか」


 竜滅隊の男に人質にされた少女のことだ。


「いいって、あの子と親父からもお礼は言われたから気にしないでいいって。俺のスキルもやっと日の目を見たし」


 彼は握ったままのカップをゆっくりと振って、俺に笑い掛けてきた。方言ではないが、北関東辺りの訛りが感じられた。


「水面を走るスキルなんてあるんですね」

「そうそう、こいつ」


 カップがテーブルに置かれ、開いた右手に正封獣札を実体化させてくれた。

 絵柄は水上を走るオシドリ型モンスターの《水遊鴛スイユウエン》、スキルは『水上走行』だ。


「ただ、水走りにはコツが必要でさ。途中で結構練習してたよ」

「うーん、もしかしたらロータスさんのこと、人づてに聞いたかもしれません」

「あー、やっぱり噂になってたか。俺も『片腕のアメンボ男』って言われたよ」


 彼は苦笑いを浮かべた。カードを引っ込めると、左の袖がぷらんと揺れた。


「不快かもしれないですが、聞いてもいいですか?」

「ん、腕のこと?」

「はい」

「これは事故で。高校生の時だよ」

「そうでしたか……」


 申し訳なさが俺の顔に出たのか、彼は苦笑いのまま首を振った。


「聞かれ慣れてるから気にしないでいいって。俺は強運の星の下にいるんだって」

「強運、ですか?」

「そう、命が助かったのはもちろんだけど、無くなったのは左腕だろ」


 俺は意図が分からず、首を傾げた。すると、彼は残った三肢を順に動かした。


「足なら歩きにくくなっちゃうし、右腕なら利き腕だろ。4分の1を引き当てたんだって思ってるよ」

「なんというか……プラス思考って言うんですか」

「かもね。俺みたいな人たちみんなが陰気じゃないって」


 同情しそうになった自分を恥じた。この人に向ける同情ほど無礼なものはない。


「ということは、腕がない分、体重も軽くなりますよね」

「そうそう、そういう風に軽口言ってくれる方が助かる。もしかしたら君のパーティのあの子より軽いかもしれないなあ」


 彼は高身長のミレーさんに指を向けた。


「あの子、細いから、たぶんそれはないかもしれませんよ?」

「そりゃそうか。これはセクハラかな? 内緒にしててよ」

「言いませんよ。あの子は怒ると怖そうだし」

「ふふっ。まあ、片腕のメリットはもっとあるよ」


 そう言うと、彼は差してある刀の柄を撫でた。


「武器を選ぶ時に悩まなくて済む」

「確かに両手武器は使えませんし……そうか、刀。鍔迫つばぜり合いに不向きだ」

「正解。片腕じゃ力負けしちゃうからね」


 「刀」は圧倒的な切断力を誇る武器種。

 虹色で表される切れ味HPだが、俺の鋼鉈はがねなたごう】のゲージは藍色→紫色のみという低い切れ味。対して初期装備の刀は、緑色→青色→藍色→紫色という高い切れ味があった。最大切れ味が青色か藍色がほとんどだった初期武器の中で、刀は唯一の緑色。突出していた。


 一方で、刀には弱点もある。

 切れ味HPのゲージが著しく短い。戦っている内にあっという間に切れ味が落ちていく。鍔迫り合いなどしようものなら、切れ味HPがゴリゴリと減っていくだろう。


 だがロータスさんは隻腕。力負けを嫌がって鍔迫り合いを敬遠する。そのため彼は刀向きと言えるのだ。


「あれ? でも、その刀……初期装備でした?」

「実は買い替えたんだよ。イベント直前に陽華京で9万2000アジー


 初期の所持金10万Aの大半ではないか。「一体どうして?」と尋ねると、抜刀してくれた。おかげで店中の注目が集まった。


「最初のやつ、重くってさあ。武器屋で見てたら、軽くていい感じのがあったんだよ。断然手に馴染むんだよ」


 彼は「ははは」と低いがよく通る声で笑った。短い刀身から反射した銀光が、木張りの天井をチラチラと照らした。


 笑い声に他のプレイヤーも寄ってくる。最初は隻腕の姿に敬遠しがちだったが、ロータスさんが話し始めれば、彼の明朗さに皆ともに笑う。いつしか最も大きな人の輪が築かれていた。



【踏破距離:127キロ】

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