第22話 碧尾街4 乱戦

「何とか言ったらどうだ?」

「……お前らが竜滅隊って奴らか?」


 しゃがれ声のNPC男が橋の欄干を離れ、こちらに近づいてくる。同じく欄干から男が3人寄ってきて俺の行く手を塞ぐ。

 俺は左右に首を振り、視界の端で後ろを見ると、赤色の敵性カーソルを浮かべる男が4人いた。

 前から4人、後ろからも4人。住民と変わらない服装ながら、剣呑な男たち8

人が、橋を塞ぐように俺を取り囲みつつあった。


「その通り。竜滅隊だが?」


 しゃがれ声が答えた。こいつがリーダー格だろうか。長刀を腰に差し、小汚い印象の顎髭を触っている。


「『隊』なんて立派な名前だから、もっとプロフェッショナルな奴らかと思っていたら、チンピラか」

「なんだと!」


 激昂したのは隣の男だ。

 俺は挑発しながらもウィンドウを開き、ファストトラベルで離脱できないか試したが、案の定使用不可となっている。


 俺1人に対し8人。クエストの障害としても多過ぎやしないだろうか?

 まさかパーティ人数5人として、敵の数が調整されているのか?


 舌打ちしたくなるのを抑え、俺は「ふう」と息を吐いてボタンを1つタップした。

 そしてゆっくりと、だが油断なく辺りを見回す。このいさかいを前に、通行人NPCたちが遠ざかっていく。


「挑発に乗るな。目標は奴の荷物の始末だけだ」

「やっぱりか……だが、目的はそれだけか?」

「どういう意味だ?」

「お前たちの本当の目的は何だ?」

「ふん、会話にならんな――竜は災いの元。国中から駆逐するだけだ」


 リーダー格があっさりと言い切った。

 ずいぶんと大層な野望だ。《碧竜鯉ヘキリュウゴイ》の輸送妨害は手段の一つということか。

 だが、養魚場のサンナンさんのあの熱量を浴びては、預かり物を手放す選択肢はない。


「命が惜しければ、荷物を渡せ」

「断る、と言ったら?」

「愚かだな。痛い目を見る必要がある」


 問答の直後、俺の旅装が中装鎧へ変わった。戦闘フェイズに切り替わった合図だ。


「ふううっ!」


 鎧姿になるや否や、俺は駆けた。

 狙いは前方の左端の男。

 男は動揺し、短刀を抜くのが遅れている。やはりこいつが敵の「穴」だ。キャラクターAIの進歩により、登場キャラはより人間らしく振舞うようになったが、同時に集団の画一性を失わせた。その結果生まれたのがこいつのような弱腰の敵だ。


「ウ、ウワァッ!?」


 射程距離に入った俺はなたを抜くと、悲鳴を上げた男へ切り上げを仕掛けた。男の抜いたばかりの短刀が弾かれ、短刀は手元からすっ飛んでいった。

 その勢いのまま、俺は頭突きを男の顔面に仕掛け、短い悲鳴とともに男は倒れ込んだ。その直後、飛んでいった短刀が川面に落下し、トプンと音を上げた。


「逃がすな! くそうっ! 追え!」


 包囲を破って橋を駆け始めると、背後からリーダー格の声が追いかけてくる。

 俺は全力で橋を走り抜けた。

 さすがに多勢に無勢。このまま直進して街へ入ってどうにか撒けないかと考えていると、なんとまさに正面から敵性カーソルの2人が突っ込んでくるではないか。


「止まれ、オラアッ!」

「クソ! 何人いるんだよ!!」


 俺は罵って左に曲がった。川沿いを逃走し、少しだけ背後を向くと、10人がバラバラの速度で追いかけてくる。まるで借金取りにでも追われている気分だ。

 このクエスト、報酬はいいけど酷いだろ! と内心毒づき、通行人NPCを避けながら逃げる。

 視界にマップを表示させ、良い逃げ道が無いか思案する。が、俺は気付き、足を止めた。


「ようやく観念したか……小僧1人では逃げることも満足にできないようだな」

「ああ、10人も相手じゃ相当難しい――」


 背後から迫る風切り音が俺の言葉を遮った。


 キャンンッ!


 リーダー格の足元を矢が急襲し、石畳を削りながら滑っていった。竜滅隊の奴らが驚愕の表情を浮かべる。


「ヒヨコマメ君、休日って言ったやん! 『救難信号』上げんで!」

「すみませーーん!」


 俺の後方、木箱に乗って片膝をついたリリィレイクさんからお𠮟りを受けた。彼女は文句を言いながらも次の矢を引き絞っている。


「休日返上。ヒヨコはブラック企業に就けばいい」


 ミレーさんも路地から出てきて、俺の隣に立った。円盾を構え、片手斧も抜いている。


「ヒヨコマメさんっ」

「ヒヨコ先輩、大丈夫ですかっっ!」


 コノハ君とハルハルちゃんも駆けつけてくれた。

 コノハ君は大盾に隠れながらも投げ槍を投擲とうてきの構え。ハルハルちゃんはこれ見よがしにヌンチャクをクルンクルン回し、鎖を鳴らしている。


「なにぃ、仲間か。いつの間に呼んだ?」

「俺たち旅匠の民には便利な能力があってね。すぐに助けを呼べるんだ。卑怯だなんて思うなよ」


 俺は最初の会話の時、こっそりウィンドウ内の『救難信号』をタップしていたのだ。

 その機能は2つ。1つはパーティメンバーへの救難通知、そしてもう1つは――。


「こっちだって! おいっ、こっちだよ!」

「ヒヨコマメって……くそっっ、男かよ~」

「おっ、人間キャラが敵って初だな」


 数人の声が近づいてきて、次々にプレイヤーたちが姿を見せた。

 『救難信号』のもう1つの機能、「半径500メートル以内に居る他プレイヤーへ救難通知」。縁もゆかりもない俺の救難通知を受け取った親切な彼らが、助けに来てくれたのだ。


「お前たち、何人いやがるんだっ!」

「それはこっちのセリフだ! 俺1人に何人で来やがった」


 竜滅隊の誰かが吐き捨てたので、思わず言い返してしまった。

 奴らが、続々現れる増援に戸惑っているうちに、こちらは16人にまで膨れ上がった。そして、全員で竜滅隊を取り囲んだ。


「くそうっ! お前たち、他の奴らはいい! あいつだけを狙え!」


 しゃがれ声のリーダー格が、抜き放った剣先を俺に向けてきた。しかし、こちらの人数を前に声が上ずっている。


「みんな、来てくれてありがとう! あいつら、俺1人に10人がかりで向かってきた卑怯者どもだ。手加減なんていらない。やってくれないだろうかー!」


 乱戦が、俺のやや棒読みの言葉とともに始まった。

 竜滅隊はHPバーが無い。ある程度ダメージを与えると、撤退する仕様かもしれない。だが、撤退しようにもこちらのほうが人数も多く、どうやらステータスも高いらしい。次第に均衡が崩れ、ついには袋叩きのようになってきた。


 しばらく袋叩きが続くと、こちらの攻撃が緩み始め、奴らが隙間から逃げ出し始めた。

 奴らは散り散りになって逃走し、その後を助っ人プレイヤーたちが追いかけていく。

 そんな中、逃げ出した1人が、川へ降りる階段へ向かっていく。気付いた俺はそいつを追いかけ、階段を下る。

 桟橋に降りると、なんと敵は航行中の魔力船へ跳び乗ったではないか。


「早く行けっ!」


 船に居たのは船頭とおそらくその娘。あろうことか、男は少女に短刀を突き付けた。

 人質のつもりか。しかしその効果は絶大で、すぐに船が岸から離れ始めた。

 敵はAIとはいえ、なんて下劣な。怒りを向けるが、もう俺がジャンプして届く距離ではなくなった。


「その子を放せ! くそ野郎!」


 俺の罵声だけが船に向かうが、敵はまだ少女に短刀を向けている。

 何もできない怒りに俺は歯を食いしばる。


 その時だった。


 パシャン、パシャン、パシャン――。

 軽やかな水音が船を追う。


 音の主は軽装鎧の男性プレイヤー。特別速く足を動かしているわけでもないのに、水に沈まず水面を走っている。

 プレイヤーは船に乗り込むと、刀を抜き放ち、手元を閃かせた。

 直後、卑劣漢の右腕が切り飛ばされ、少女に向けられていた短刀ごと宙を舞う。

 悲鳴を上げた卑劣漢はプレイヤーに甲板から蹴り出され、碧色の川に大きな飛沫しぶきを作った。


 プレイヤーは助けた少女に何事か言っている。俺の所では聞こえないが、気遣いの言葉かもしれない。

 川面を吹く風が、安堵した俺と、救世主の服をなびかせていく。

 すると、彼の左の袖がバサリバサリと大きく流れる。袖の中は空洞だった。


「隻腕……水面走り……『アメンボ男』」


 コノハ君と会った日、酒場の雑談で話題となった男に俺は助けられた。



【踏破距離:127キロ】

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