第21話 碧尾街3 急転の休日

 翌朝、見慣れない天井を見上げながら目を覚ました。

 すでに起きていて薄暗い中で本を読んでいるコノハ君が、


「おはようございます。ミレーさんがお風呂入ってます」


と告げてきた。覚醒しないまま見回すと、寝袋でいまだ寝ているのはリリィレイクさんとハルハルちゃんだけだった。


「おはよう。眠れた?」

「はい、いつもより眠れた気がします」


 俺も寝袋から這い出て本の続きを読み始めたが、腹が減ってきていることに気付いた。

 宿のメイン棟で提供される朝食だが、みんな一緒に食べる約束はしていない。どうしたものか少し考えた。今日は休日になったことを思い出し、先に食べて、そのままひとりで街を散策することにした。




 街へ出ると、開けた場所には朝日が差し込み、狭い道は未だに暗い、そんな時間帯だった。

 まずは、街を分断するように流れる碧鱗川へきりんがわへ。

 近くになると船乗りたちの大きな声が聞こえてきた。川辺は人の流れが活発で、肉饅頭の歩き売りまでが掛け声に加わっている。


 石橋の上から船乗りたちを眺めていると、昨日俺たちを運んでくれた漕ぎ手のおじさんを思い出した。彼は荷運びクエストに念を押していた。

 クエストウィンドウを開き、確認する。


「養魚場のサンナンさんに……『碧鯉ヘキゴイの餌』を渡すんだな」


 呟きながらマップを見ると、街の外れに養魚場エリアが見つかった。散歩も兼ねて、パーティのためクエストをこなすことに決めた。


 * * *


「おーおー! あの村で作られるえさはモノが違うんだよ! 鯉たちの食いつきが全然違う!」


 養魚場エリアの中でも『碧鯉の養魚場』は、高く頑丈な石壁に囲まれ、しかも警備の兵士までいるという、まるで城の中庭だった。

 朝から活力溢れる30代男サンナンさんは、『碧鯉の餌』が納品されるなり喜び出した。大きく手振りを付けて、餌の質の高さを俺に伝えようとしてくる。

 周りの生け簀にいる鯉たちも、水面をバシャバシャ叩いている。彼らが喜びを表しているのかは分からないが、空腹を伝えているのは間違いなかった。その証拠に、渡したばかりの餌が投入されるたびに競うように食らいついている。

 それにしても、鯉たちの多くが碧色だった。たまに黒っぽい個体もいるが、そいつらも含めてみな鱗が煌めいている。


「それにしても……この碧色の鯉が《碧鯉》ですか? 綺麗な色ですね」

「そう! 《碧鯉》! 旅匠の民の故郷にも、ここまでの色つやの奴はいないだろうよ!」


 ハイテンション男が続けて餌をくと、2、3匹が飛び跳ねた。

 俺が鯉たちに圧倒されていると、視界にクエストクリアの表示が届き、報酬の6000アジーを受け取った。


「じゃあ、そろそろ失礼――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 きびすを返そうとした瞬間、呼び止められた。

 俺が怪訝に思っていると、男の頭にクエスト発生のアイコンが浮き上がった。今回のクエスト達成と連鎖した連続クエストだろうか。


「あんた、碧巫女へきみこ様の所に行くのか? もし行くんだったら、こいつを運んでもらえないか? 頼みたいんだよ」


 サンナンさんは俺の返事も聞かずに小屋へ向かい、中身の入った水槽を運んできた。水草とともに碧色の魚が1匹揺れている。


「この子は?」

「丹精込めて育てた《碧竜鯉ヘキリュウゴイ》だ。こいつを運んで行って、巫女様の加護をもらい……放流してやってくれ!」




 聞くと、この《碧竜鯉》は《碧鯉》の変種らしい。

 確かに顔面が竜、というか爬虫類に寄っている気がする。しかし、生け簀の鯉たちに比べると小振りで、しかも物静かそうだ。

 これを放流するとはどういうことだろう?

 

 さらに尋ねると、興味深い話が聞けた。

 なんでもこの大陸では、特定の種のモンスターは進化の際、ごく稀に竜種のモンスターに進化することがあるらしい。竜種はその戦闘力に反して静かな性格で、陽ノ国では吉兆としてあがめられるとのことだ。

 このゲームにモンスターの進化システムがあることも初めて知ったのだが、話は続く。

 碧巫女の加護を受けた《碧竜鯉》は、上流の『碧頭の滝』を越えると、竜種のモンスターに進化するらしい。巫女の元に運べれば、吉兆の存在が確保できるというわけだ。

 《碧竜鯉》の滝越えは神事として行われるとされる。なるほど、それでこの『碧鯉の養魚場』だけ物々しい石壁に囲まれていたというわけか。


「でも、そんな重要な仕事をなぜ旅人の俺に? 兵士とか、もっとちゃんとした人はいないんですか?」

「いる。この前も兵士に運んでもらった。だが、今年はすでに2度失敗した」


 サンナンさんのトーンが一気に下がったことに気付いた。


「……どういうことですか?」

「『竜滅隊』の奴らの仕業だ。手練れの兵士も奴らに襲われ、深手を負った。もう兵士たちは及び腰だ」

「強盗……?」

「ほとんどそれと変わらない――本当は《碧竜鯉》だってもっと大きいのを送る。3度目だから、そんな小さいのになっちまった」


 サンナンさんの水槽を持つ手に力が入っている。

 襲われた後の《碧竜鯉》2匹がどうなったのか気になったが、聞くことははばかられる。丹精込めて育てた2匹は、川に捨てられたならまだしも、盗まれたり殺されたりされている可能性のほうが高そうだ。


「それを聞いても運んでくれるか? 旅匠りょしょうの民。あんたなら無事に運んでくれそうな気がするんだ」


 * * *


 受け取った時には抱えていた水槽は、俺の貴重品ボックスにちゃんと入った。


 サンナンさんに尋ねられた直後、俺はまずコノハ君に通話した。というのも、リリィレイクさんが起きているか知りたかったからだ。リーダーへの報告義務ということだ。

 結果、彼女は起きていたので掛け直した。


 リリィレイクさんたちの意見は俺の希望と同じだった。その結果として、水槽を受け取ったのだ。

 しかし、まさか連続クエストが発生するとは思わなかった。こうなるならばパーティ全員で来ればよかったと少し後悔した。


「よろしく頼む! たまにこの餌をやってくれ!」


 サンナンさんに餌まで押し付けられ、輸送と飼育の両方を頼まれた。

 とはいえ、この輸送クエストの報酬は破格の14万A。しかも、《碧竜鯉》の健康状態次第ではさらに上乗せの報酬があるという。そうやって目の前に人参を吊られれば、人間は現金なもので、飼育も頑張るだろう。


 俺はサンナンさんに別れを告げ、養魚場を後にした。

 命を預かった重みを胸に留めて、宿への帰路に就く。


 しかし、突然俺の視界に「!」マークが現れて、癇に障るアラームが鳴ったのは、碧鱗川の石橋を渡っている時だった。


「止まれ、旅匠の民。養魚場の荷物を持っているな?」


 しゃがれた声に俺は足を止めさせられた。



【踏破距離:126キロ】

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