第18話 蹄野原3 支流
ミレーさんは別れ際冗談のつもりだろうが、自身を「幸運の女神」と言った。
だが、その言葉が疑わしい状況になった。
俺たち4人は、初めてモンスター「2体」と
ただでさえ1人減っているパーティを、2つに分けて戦うことになった。
このゲームでは、戦闘に参加している人数に応じて、モンスターのHPに補正が掛るようで、敵が2体となるとこれまで以上の苦戦が予想された。
「リリィレイクさん、俺たちはオスのほうをやりましょう」
「オスってどっち?」
「派手なほうです」
敵は《
キジモンスターたちは現実のキジより一回り以上は大きく、オスは派手な真紅の羽毛を、メスは地味な茶色の羽毛を有している。
「そっちも油断せんようにね」
コノハ君とハルハルちゃんの幼馴染コンビは、返事をするとメスの前に立ち、タンクとアタッカーの縦列陣形を取った。
そして、オスキジが「ケーン!」と甲高く鳴いたのを合図に戦闘が始まった。
こちらチームは、リリィレイクさんの矢が飛ぶ。
だが、それをオスキジは蛇行しながらちょこまかと走ることで、回避していく。何本かは当たるが、致命傷にはなっていない。
「ちょろちょろ動く!」
「ドンマイです」
俺も接近して
真紅のオスキジが距離を取ったため、その間にコノハ君たちへ目を向ける。
すると、メスキジは素早い動きでコノハ君の後ろに回り込んでいた。ハルハルちゃんにタゲが向いている。
メスキジは翼を広げると、ハルハルちゃんの腹目がけて飛び上がった。
「んぎゃあっっ!?」
尾羽が短いメスキジはオスキジ以上に敏捷のようだ。
「リリィレイクさん、ハルハルちゃんに回復を!」
俺はリリィレイクさんに依頼する。
ミレーさんがいないため、誰か1人でもHPを全損すると、生存メンバーがパーティの4分の3を下回り、セーブポイントが作れなくなる。それは避けたい。
「来たれ、1の
リリィレイクさんはつがえていた矢を下ろし、ショートカット登録してある最大HPの半分を回復させる魔杖を使用した。彼女は、自身の
指揮棒サイズのスティックから放たれた光がハルハルちゃんを包むのを確認し、俺はオスキジに向き合った。
メスキジは「速さ」が強みならば、オスキジは何だ? そう考えながら、盾状態の
「ケーーンッ!」
「どぁっ!?」
鳴き声とともに【火球】が放たれてきた。オスキジの強みは「属性攻撃」だ。
盾に火球が直撃し、力を余した炎によって俺の顔や腕に熱気を浴びせてくる。HPがゆっくりと減っていく。
それでも盾で直撃は防いだし、HPは10分の1を失った程度だ。
対して、口から【火球】を放ち終えたオスキジは、未だに蒸気が出たままで動かない。どうやら大技だったようだが、完全にタイミングミスだ。
「らあっっ!」
オスキジの間合いに突っ込むと、俺は鋏状態に変形させた盾鋏でオスキジの首を捕らえた。
「ケンケーン!?」
「暴れるなっ!」
じたばたと翼を動かすオスキジだったが、数秒後にHPバーが消失し、ぐったりした。
そして、残るメスキジのほうを向くと、あちらはリリィレイクさんも加わって3人に追い立てられ、最後に矢を受けてHPを失った。
「しっかし、急にモンスターのレベルが上がってきたね」
「はい、オスのほうは属性攻撃ですよ」
リリィレイクさんが口にした通り、はっきり分かるほど難易度が上昇した。
もしかしたら、あの2体がレアモンスターか何かで、特別強敵だったのかもしれない。しかし、確実に難易度を上げたモンスターが出現するようになったのは事実だ。
「まあ、みんな無事だったし、とりあえずお疲れ、や。誰か封印する?」
俺は少し思案したが、【いいえ】をタップした。コノハ君は空きの封獣札が無い。
女子2人はしばらく子犬が唸るような声を出して考えていたが、【はい】を押したようで、準封獣札を実体化させた。
「ウチはオスのほう、封印するわ」
「私はメスですっっ」
ベージュ色のカードを向けられた2体が、光の粒子に変わり、吸い込まれてカードの絵柄になっていく。
俺はリリィレイクさんのカードを覗き込んだ。
「『火球』。おぉ、いいじゃないですか」
カードには、『火球』、スキルレベル1/10、【火】属性の球を単射する、と書かれていた。
「ウチ、攻撃スキル、欲しかったんや。『回復鱗粉』と入れ替えようかな」
「いいんじゃないですか? リリィレイクさん、一番後ろにいるから、範囲回復は使うタイミング難しかったですよね?」
リリィレイクさんがご満悦な一方で、ハルハルちゃんが得たスキルは『滑空突進』だった。
ハルハルちゃんが試しに使うところをみんなで見学した。文字通り、空中を短時間だけ滑空した上で、突進攻撃に繋げるというものだった。ジャンプ距離が延びるメリットはあるが、使い勝手が良いかというと……。
ヌンチャクと蹴りの連撃を主軸にしていたハルハルちゃんは、スキルの入れ替えを今回は見送った。
* * *
『村発見』
ミレーさんからその短いメッセージが送られてきたのは、昼食を作っている最中だった。
俺たちは急いで食べ終えると、マップ上に示されるミレーさんの位置を一路目指した。そして、名の無い丘の上で合流した頃には午後2時を過ぎていた。
「待ちくたびれた。『待て』された犬の気分」
「でかした、ミレー。胴上げでもする?」
「お願い」
「冗談やて……」
リリィレイクさんが労いを込めて、ミレーさんの肩を叩く。俺も子供たちも再会を喜んだ。
単独行動になったミレーさんもモンスターとエンカウントしたらしいが、戦闘はせずに逃げたと言った。無事で何よりだ。
言葉を一通り交わし、改めて川辺の丘から見下ろすと、俺は意図せず「おお」と声が出た。
3キロくらい先に建物の少ない村がある。しかし、目を奪われたのは、その村の背後だ。
黄龍河の黄土色の水に、向こう岸から
支流から流れるその碧は、初夏の新緑のように鮮烈な色で、のっぺりとした黄土色に彩りを与えていた。
碧は下流に流れるにつれ、混じり合って、やがて黄土色に飲まれていく。だが、2つの流れの合流地点では、それぞれの色がくっきりと分かれ、見事な天然のコントラストを生み出している。
「綺麗だな……」
俺の単純な感想が、リリィレイクさんとハルハルちゃんの賑やかな歓声に飲まれた。
碧の水の大元、対岸の支流。その支流と黄龍河の合流部には、街のようなものが遠望できる。
「村には船もある。ここから見えた」
ミレーさんの言葉に俺たちは安堵した。
【踏破距離:112キロ】
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