第17話 蹄野原2 夜空
「2人は付き合うてたりするの? コノハ君にハルちゃん。なあなあ?」
夕食を終えると、リリィレイクさんが唐突に切り出した。
その唐突さと、パーティ最年長のリーダーが興味津々に聞いている姿に、俺は思わず小さく笑ってしまった。
「リリィレイクさん、コノハ君たちも困ってるでしょ」
「リリィ、セクハラ」
「た、たまにはいいやん、恋バナくらい。で、どうなの?」
俺とミレーさんがたしなめても懲りずに子供たちに尋ねた。
焚き火に照らされたハルハルちゃんが、期待するようにちらちらとコノハ君に視線を送っている。
「えぇと……付き合っては、いないです」
「けど、仲いいやん」
「はい。家も近くて、幼馴染ですから」
真面目なコノハ君は少しだけ恥ずかしそうに否定した。
ハルハルちゃんがムスッとしてコノハ君の横顔を睨み、ミレーさんがポンポンと少女の肩を叩いた。
子供たちにばかり話を振るのも不公平だ。俺はリリィレイクさんへ悪戯心が湧いてきた。
「なあ、ハルハルちゃん、リリィレイクさんの恋バナも聞きたいよね?」
「はいっっ、気になりますっっ」
「なあっ!? 裏切ったな!」
「大人の恋バナ聞かせてくださいよ」
リリィレイクさんが何か言いたげにしたが、全員の視線が集まってたじろいだ。
「み、未成年もいるのに、アダルティなウチが話せるわけないっ」
「リリィ、スケベ」
「そうだよね」
「えぇっっ、すごく気になりますっっ」
「ハル、やめなよ……」
この夜も若い俺たちは取り留めもない話で盛り上がった。
* * *
「ヒヨコ先輩、おやすみなさいっっ」
「おやすみ」
ハルハルちゃんが自分のテントに入ったのを見届けてから、最後に残った俺もテントに入った。
テントの中の空間は、外から見るよりもずっと広い。簡素なベッドはあるし、小さなシャワー室まである。
俺は寝る前の支度を終えると、ベッドの上の寝袋に足を入れていった。
今日の旅の行程を思い出し、戦闘の反省を頭の中で行う。
ソロで始まる予定だった旅は、リリィレイクさんに再会し、ミレーさんと縁があり、コノハ君とハルハルちゃんも仲間に加わってくれた。
道連れがいると気を配って疲れることもある。だが、それ以上に楽しかった。
夜風に揺れる幕を見上げながら取り留め無く考え事をしているせいで、眠りが遠のいてしまった。
そうした時、どこかのテントが開く音が聞こえた。
視界のパーティ欄にあるミレーさんのテントアイコンが点滅している。
気になって俺も出ていくことにした。
「……ミレーさん?」
「あ、ヒヨコ、起きてる」
ミレーさんは離れた所で空を見上げていた。
星明りの下、寝間着姿の彼女の細い体がこちらを向いた。
「眠れないの?」
「ん。そう」
「心配事とか?」
「問題ない。問題はリリィのセクハラだけ」
「くくっ、そうだね」
彼女は口ではそう言っても、リリィレイクさんを気に入っているのだろう。
俺も、パーティリーダーの責任から逃れず、自然体を貫こうとしているリリィレイクさんを尊敬している。俺がリーダーなら、おそらくパーティはもっと堅い雰囲気になっていたと思う。
「……リアルでは家で座っているはずなのに、遠くに来た」
ミレーさんの呟きが、若草を揺らした風に乗って俺の耳にも届いた。
「あぁ、《時間加速》か……確かにね」
イベントが始まった数日が経った。それでも現実ではまだ数分だ。
だが、もうすでに、俺にとっては充分に濃密な数分なのだ。
歩いた道のりと、仲間の存在が、やる気と安らぎを同時に与えている。
「でも俺は楽しいよ。リリィレイクさんは面白いし、コノハ君は素直だし、ハルハルちゃんは元気だし」
「私は?」
「え、何だろ? ……ユニーク、とか?」
「悪口に聞こえる」
笑いそうになり、「ごめん、ごめん」と謝る。
外からは感情の起伏が乏しく見えるミレーさんだが、頬を膨らませているように見えた。
「私からすると、リリィはポンコツ。ヒヨコはカッコつけ。特にコノハは朴念仁。周りがこんなで、ハルハルが可哀想」
「ええぇ……でも、なんで可哀想?」
「あの子はもう私の妹分。コノハとうまくいってほしい」
「あ、そういうことか」
顔立ちが整ったコノハ君に対し、ハルハルちゃんは際立った美少女というわけではない。むしろ平均的と言えるかもしれない。
だからこそ親しみやすさを感じるし、俺も元気なあの子を応援したく思っている。
だが、それは本人たちの恋路だろうから、簡単に口を挟むつもりはない。
「でも、コノハ君はハルハルちゃんのこと、すごく大切にしてると思うよ」
「大切にするだけじゃ足りない」
「そういうもの?」
「そう。だからヒヨコはヒヨコって言われる」
「……悪口?」
「褒めてはいない。でも悪口ではないから、褒め言葉」
禅問答か? 深い意味があるような、ただ煙に巻かれているだけのような……。
俺がひとり首を傾げると、ミレーさんの静かな瞳がぷいと向こうを向いた。
「ん。ヒヨコはいつまでもヒヨコ」
「やっぱり悪口だよね?」
「そろそろ眠る。ヒヨコも寝たほうがいい」
ミレーさんは、なぜか《
掴みどころのない彼女を追うように俺も戻っていった。
* * *
翌日も黄龍河の南岸で西へ向かっていると、広大な川が南へ弧を描くように大きく曲がり始めていることに気が付いた。
これまで黄龍河はほぼ東西一直線に伸びていたが、ここに来て南北方向に向きが変わってきたのだ。
川の名の通り、龍が巨体を曲げているように思えた。
「ん~、さて、どうしたもんやね」
「川を渡れる所があったら、渡ったほうがいいかもしれませんね。このまま川が南へ続いたら、目標の巫女さんの所から遠くなるかもしれませんし」
「確かに……なあ、みんなもそれでええ?」
俺の意見をリリィレイクさんが推すと、他の3人は反対しなかった。
俺たちが目指すのは、陽華京の南西の巫女。
ここらで一旦渡河して、仕切り直すほうがいいだろう。
「……誰か、先のほう偵察してみる? 村とか船着き場がないか」
少し考えている様子だったリリィレイクさんがそう提案してきた。
これまでは、チーム仲を深める目的と戦闘での連携訓練のため、パーティを分断しない方針だった。彼女はここにきて人数の利を生かすことに決めたようだ。
「記念すべき偵察1人目や。もちろんミレー以外な」
「どうしてミレー先輩以外なんですかっっ?」
ハルハルちゃんの疑問はもっともだ。しかし、中学生2人はミレーさんの方向音痴を知らない。
「私だって川を目印にすれば迷わない」
「ホンマに? でも、それは、まあ、たしかにな」
半信半疑のリリィレイクさんがもごもご言った。俺だって疑っている。
「私は幸運の女神」
「わかった、わかった、気を悪くしたなら謝るから……じゃあ、頼むな。何かあったら連絡して?」
「グッドラック」
「こっちのセリフや」
みんなに見送られたミレーさんは、インパラのように軽快に早歩きし、みるみる背中が小さくなっていった。
【踏破距離:102キロ】
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