第16話 蹄野原1 唸牛

「コノハ君、不用意に位置を変えるな! 君が迂闊に動くと、後列が崩れるぞ」

「は、はい!」


「ミレー! 攻撃を抑えて! タゲターゲットをコノハ君に回して!」

「わかった」


 原っぱに俺とリリィレイクさんの指示が飛ぶ。指示の相手は1列目、つまりタンク役のコノハ君とミレーさんだ。

 

 相手は1頭の《唸牛ウナリウシ》。文字通り牛のモンスターで、高さに加えて横幅もある。ブモーブモーと低く唸りながら短い角を振る。なかなかの威圧感だ。


 指示が通ると、重装鎧のコノハ君は大盾を構えたまま、牛の真正面に戻ってくる。踏ん張るように足を開き、投げ槍を握ってチクチクと突いていく。

 中装鎧のミレーさんは、コノハ君より速い移動力を活かし、側面から片手斧で斬りかかっていたが、リリィレイクさんの言葉を聞くと斧を止めた。


「まだミレーさんのほうを意識してるな……コノハ君、スキルだ!」

「はいっ!」


 コノハ君は一旦槍を止めると、彼の胸の前で《赤大狗アカオオイヌ》の紋様が現れる。その紋様が一瞬で消えると、彼の鎧から「ワオンワオン」と犬の鳴き声が発せられた。

 モンスターの注目を集める『発声鎧』の封獣札ふうじゅうさつスキルだ。

 狙い通り、牛の血走った目がコノハ君のほうを向いた。


「前脚を曲げてきた! 頭を振ってくるぞ」


 俺が指示を飛ばすと、1列目のコノハ君は盾を向けて防御の構え。ミレーさんはバックステップで距離を取る。

 直後、牛が乱暴に頭を振ってくる。短い角がガツンガツンとコノハ君の大盾を乱打する。

 体の小さい彼だが、しっかり踏み止まり、攻撃を抑え込んだ。


「コノハ君、よくやった!」

「アタッカー陣、行けえ!」


 コノハ君に褒め言葉を送ったのもつかの間、後方のリリィレイクさんから俺たちに指示が来た。攻撃終わりの牛が動きを止めたためだ。


「行くぞ、ハルハルちゃん!」

「はいっっ!」


 1・5列目の控えタンク兼アタッカーの俺と、2列目の純アタッカーであるハルハルちゃんが飛び出す。

 俺はコノハ君の横を抜け、なたで斬りかかる。

 血しぶきエフェクトが発生した直後、軽装鎧のハルハルちゃんが牛の反対側面に取り付き、2本のヌンチャクを振り回す。向こうは打撃エフェクトだ。


「よし、あんたら、戻って!」


 リリィレイクさんに促されると、俺は距離を取った。直後、悶絶していた牛が動き始めた。

 ハルハルちゃんがもう一撃浴びせようとしたが、ミレーさんに首根っこを掴まれて引き戻された。


「ハルハル、焦らない」

「先輩、すみませんっっ」


 この数日でミレーさんまでも彼女から「先輩」と呼ばれるようになった。ハルハルちゃんは体育会系の活発な子だ。


「おっ、今度は突進してくるぞ! 散らばれ!」


 牛が前脚で地面を均すモーションを見せてくる。突進の合図だ。

 3度目の踏み均しの後、牛が駆け出した。

 しかし、見た目はいかつくても、まだ序盤のモンスター。突進速度は幼児の駆け足程度だ。


「だあっ!」


 牛が向かった先はコノハ君。

 背後に誰もいないことを確認済みの彼は、重そうな装備で飛び退き、突進を避けた。


 まだ序盤の牛は、避けられても他の誰かをターゲットに取り直すこともなく、そのまま原っぱを突っ走っていく。


「よっし、ウチも見せ場作らんとな」


 全員に尻を向けた牛を、リリィレイクさんの矢が追いかける。

 「矢継ぎ早」という言葉を体現したかのような流れる連射だ。水流のごとき連射を浴びてしまった牛は、よろめきながらブモフーと悶えている。

 そこへコノハ君の投じた投げ槍まで飛来し、背中に激突すると、とうとう牛はダウンした。


「ハルハルちゃん、行ってきな」

「はいっっ、ヒヨコ先輩!」


 俺はヒヨコマメだ、と言い直す間もなく、ハルハルちゃんは牛へ迫る。

 ダウンからよろよろと立ち上がろうとする牛へ、彼女が飛び跳ねる。


 彼女の両足近くに現れた2つの紋様が光り、ポリゴンが細い両足に集まっていく。やがてそれらは、両足を包むオーラのエフェクトに変わる。

 《灰号馬ハイゴウバ》を封じた封獣札スキル、『蹴撃』。

 効果は、蹴りダメージの増加。


「ハチャーーーッッ!!」


 鷹となった少女が牛の巨体へ跳び掛かる。2つ結びの髪が躍る。

 左ヌンチャク、右ヌンチャク、右足、振り返っての左かかと――空中4連撃。


 カンフー・ガールの猛打で、牛は崩れ落ちた。


 * * *


「誰も封印しないでいいん?」


 リリィレイクさんが確認してきたが、俺も首を横へ振った。

 【封印しますか?】のメッセージに【いいえ】をタップすると、メッセージは消えた。

 封獣札を使っていない他のみんなも【いいえ】を選択したようで、その後、牛はポリゴンとなって四散した。




 コノハ君とハルハルちゃんがパーティを解散させてから、3日経った。

 パーティ脱退ペナルティである72時間が過ぎ、正式に俺たち『流星合流』に加入してからは数時間が経過した形だ。


 俺たち5人は柳の街ナースイを抜けた後、黄龍河に沿って西に移動している。

 そうして、いくつかの村を通り、この『蹄野原ひづめのはら』に差し掛かった。

 ここは牛や馬、羊モンスターといった家畜系のモンスターが湧出ポップするエリアで、俺たちは彼ら相手に連携の訓練をしている。


 さて、ここまで来る過程で、俺たち全員は準封獣札を1枚ずつ手に入れた。

 各メンバーで若干のタイムラグはあったものの、【踏破距離50キロ報酬】とのことでベージュのカードをもらえた。


 コノハ君以外はこの準封獣札をまだ温存している。

 逆になぜ彼だけ使用したかというと、彼が最初に得た正封獣札のスキルが、彼の武器やタンクとしての役割と相性が悪かったからだ。

 使用スキルは、正封獣札と準封獣札とで入れ替えることができる。

 彼の最初のスキルは突撃系スキルだったが、近接武器としては攻撃力の低い投げ槍には不向きだった。


 そこで、先日出会った《赤大狗》を封印したところ、運良く実にタンク向きのスキルが出た。

 複数のモンスターからヘイト値を稼ぐ『発声鎧』だ。

 これが出たことでコノハ君は、正式にパーティのメインタンクになった。

 まだまだ体の小さい少年には重責かもしれないが、彼は持ち前の真面目さで役割をこなしてくれている。俺たちも全力でサポートするつもりだ。


「じゃあ、キリがいいところで3時のおやつにするよ。ドロップした『唸牛のバター』で、ウチがおいしいパンを焼いてあげる」


 リリィレイクさんが、調理セットを実体化させながら、お姉さん風を吹かせる。


「リリィ先輩、手伝いますっっ」

「リリィに任せていたら、イカ墨パンになる」

「そこまでポンコツやないわ」


 ハルハルちゃんは喜々として、ミレーさんは渋々といった表情で食材に寄っていく。

 俺とコノハ君は女性陣に苦笑しながら、テーブルと椅子を実体化させた。



【踏破距離:98キロ】

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