第15話 柳の街ナースイ2 答え
「解散?……さっきのと何が違うんですか?」
気になるだろう。俺が今から説明するから。
俺が溜めてから口を開こうとした時、リリィレイクさんが割り込んだ。
「ああ、そういうことね。今のパーティは解散、2人で別のパーティに入る、ってことや。ヒヨコマメ君、なんでカッコつけて勿体ぶったん?」
「えっ、いやっ、かっこいいかなって思って……」
「そんなことはない」
快刀乱麻を断つという言葉の通り、切り込んだミレーさんに俺は沈没した。
俺の意気消沈ぶりを誰も気に掛けず、会話は続く。
「そっちに入れてくれるんですか?」
コノハ君がリリィレイクさんの言葉に食い付いてきた。
「見つめられると恥ずかしいんやって……君がカッコよくても、物事には順序がある。ウチは心優しい人間のつもりだけど、君らの先生やないから」
「え、あ、はい……?」
「リリィもめんどくさい。入れてくださいって頼まないと始まらない」
「あっ……」
ミレーさんの要点を摘まんだ言い方に、コノハ君は自分の差し出がましさに気づき、顔を赤くした。
「せっかくこっちの街に来れたし、ウチらは観光でもしてるから。今後のことが決まったら教えてね」
コノハ君たちを残し、俺たち3人は離れていった。
* * *
「ヒヨコもリリィも嫌な大人。子供を困らせて楽しんでる」
「いやっ、違うって、ミレーさん。選択の難しさを教えてあげようと……」
「回りくどい」
ミレーさんに指摘され、俺は困ってしまった。確かに意地悪が過ぎたとは思う。
人の流れに沿って歩いていると、前を歩くリリィレイクさんが街路樹の柳の幹に手を突き、振り向いてきた。
「って、そういや、ミレー。あんたも、パーティに入れてください、とは言ってなくない?」
「そっちがスカウトしてきた。私は特別枠」
「あぁ~、もうちょっと粘ってれば、ミレーの可愛い『入れてください』が聞けたんか」
「入れてくださいにゃん」
「何、今の? ウチを変な趣味に目覚めさせる気か?」
俺も内心ではミレーさんの「にゃん」にドキドキと高揚しながら、表面上は平静を装って「ところで」と話を向ける。
「あの子たちがもし、入れてくださいって言ってきた場合どうします?」
「そうやね……」
「2人の決定を支持する」
ミレーさんが早々に決定権を手放し、リリィレイクさんが「はぁ」とため息を吐いた。
「実際、このゲーム、パーティは4人以上おったほうが色々できるからね」
「ですよね。偵察とか」
リリィレイクさんの言葉に同意した。
パーティの場合、4分の3以上のメンバーが一緒でないと、セーブポイントを築けない。
逆に言えば、残り4分の1は別行動ができる。4人パーティなら1人、8人パーティなら2人。そのメンバーが斥候役になり、村を探したり、難所を偵察ができるようになる。
3人より4人以上のパーティのほうが旅の選択肢が増えるのだ。
「悪い子らじゃなさそうやし、あの子ら可愛いし」
「そうですね。来る者拒まずですか」
「ん、わかった。2人は打算的。そしてロリショタ好き」
「ちゃ、ちゃちゃ、ちゃうし!」
俺も違うぞ。
通りの中央には水路が流れ、短い間隔で橋が架かっている。柳が水路に沿って植えられ、水音とともに枝葉が揺れる風景はどことなく日本の古都を思わせる。
先を急ぐプレイヤーが多いのか、通りにはプレイヤーカーソルを浮かばせる人はまばらだ。
「にしても、この街、服屋とか小物屋が多くない?」
「そういえば多いですね」
「私の目には毒」
「あんた、初期カラーのまんまの服やん。女子は服装に気を付ける!」
「無個性こそ個性」
「ただのズボラやん!」
「ヒヨコの白黒に挿し色を入れるほうが先」
「確かにな~」
白黒は俺の個性なんだ。放っておいてくれないか?
しかし、そんな女性陣の声に反応したのか、服屋の店員NPCたちが客引きに精を出し、にぎやかになってしまった。
「リリィ、あれ」
「何? ……うわわっ、水着屋まであるし!」
「ええぇ……?」
ミレーさんが指した先には水着専門と思しき店まであった。店頭に飾ってあるビキニの紐が風に揺れている。
確かに、初期状態では、服は旅装と寝間着しかない。男物も扱っているのならば、今後水場エリアもあるかもしれないし、1着くらいあってもいいかもしれない。
「リリィは私のために服を買う。私はリリィのために水着を買う」
「おおっ、オシャレ下級者のミレーが乗り気で嬉しいわ」
「あのハイレグを買う」
「ひきゃっ!? 堪忍して~!」
ミレーさんが、マネキンの着る鋭角な水着を指差した。リリィレイクさんは悲鳴を上げ、ミレーさんをペチペチ叩く。
男の俺がいることを忘れていないだろうか。しかし、ハイレグリリィレイクさんは少し、いやだいぶ気になる。もちろん、そんなことを考えたことなど、おくびにも出さないが。
「おほんっ……そういや、水着で思い出したんだけど。ミレー、その肌って染めてる?」
ミレーさんの健康的な褐色肌のことだ。
初見の時から気になっていたが、男の俺から尋ねるのもためらわれて、結局聞かずじまいだった。
「ん。私は初期設定の女」
なぜかミレーさんは、見せつけるようにくるりと横に回った。
どうやら実際に日焼けしているらしい。屋外のスポーツだろうか。
「お、おお。じゃ、部活とかか?」
「そう。現役陸上部」
「なるほどな~。水泳とかかと思ったわ」
「……水泳部だったらもっと豊満」
「そやな」
2人とも偏見だろ! とツッコミたくなったが、踏み止まった。藪蛇になるイメージしか湧かない。
とはいえ、確かにミレーさんのベリーロールは見事だった。走り高跳びだろうか。陸上部と言われて腑に落ちた。
その後、俺が先行してシンプルな水着を買わせてもらった。女性陣が水着を選んでいたところで、コノハ君から連絡が届いた。
* * *
リリィレイクさんたちが水着を買うと、俺たちは来た道を戻った。
先ほど別れた場所に、コノハ君とハルハルちゃんは隣り合って立っていた。
「どうだい? 今後の方針は決まった?」
「はい。2人で決めました」
俺が尋ねると、彼らは決意を込めた目を向けてきた。
コノハ君からは静かな闘志が、ハルハルちゃんからは緊張を上書きするような激情が伝わってくるような気がした。
「パーティに入らせてください!」
「お願いしますっっ!」
2人同時に勢いよくお辞儀してきた。
なんとなく、こうなりそうな気はしていた。だが、ここまで素直で誠実にお願いされるとは思っていなかった。
俺が戸惑っていると、我らがリーダー、リリィレイクさんがコノハ君たちの肩をポンポンと軽く叩く。
「頭上げて、2人とも。ええよ、ええよ。可愛い子供たちにそこまでお願いされたら断れんもん」
「あ……ありがとうございます」
「ありがとうございますっっ」
リリィレイクさんはあっさりと承認した。俺も異論はないし、ミレーさんも同じだろう。
「一生懸命考えたってわかるもん。ただな……1個お願いがあるんだけど」
リリィレイクさんが持ち前の愛嬌の良い笑みを送る。
「お互い遠慮はナシにしよ? 仲間になる以上は対等だから」
コノハ君は少し照れたように、ハルハルちゃんはぱっと晴れ渡ったように、笑顔を返してくれた。
【踏破距離:24キロ】
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