第14話 柳の街ナースイ1 柳の花亭

 ポンポンポンポン……。 


 魔力船が軽快な排気音を奏でながら、黄土色の広大な川面を横切っていく。悠久なる『黄龍河』の流れは一見すると静かだが、こうして実際に船に乗ると、確かに船側に水を受けるのを感じる。水を掻き分けて生まれた小さな波は、川の流れに飲まれて消えていく。

 

 船上には、口ひげの船長NPCと、俺たち乗客4人だけ。

 魔力船は、魔石を原動力に船尾の水車を回して進む。船着き場には、手漕ぎ舟や帆船のタイプもあったが、できるだけ早く対岸へ向かいたいため、小型ではあるが、値の張る水車式を選んだ。


「やっぱ、ええね。船旅は……」


 船尾に腰掛けるリリィレイクさんが、時折上がる飛沫しぶきの中でぽつりと呟いた。昇る朝日を下流に眺め、彼女はウェーブの掛かった髪が風に揺れるのを手で押さえている。


「こういう船、乗ったことがあるんですか?」

「もっと大きな遊覧船で琵琶湖を回ったことはあるよ」


 水音のため、俺は声を大きくしてリリィレイクさんに尋ねると、意外な答えが返ってきた。

 俺たちの声に、目を瞑っていたミレーさんがピクリと反応した。だが、リズムよく揺れる船の上で、また彼女は夢の中で舟を漕ぎ始めた。


「あのっ、どうしてここまでしてくれるんですか?」


 コノハ君だ。船に乗るのは初めてと言っていて、これまで言葉少なだった彼が意を決した様子で聞いてきた。


「そ、それはコノハ君がショタ……おほん、もとい、子供やからかな?」

「でも、甘えてるみたいで……」

「大人に頼る、いや、利用するのも戦法の一つやと思うよ。ウチらは急ぎの予定もないし、船に乗る口実にもなったし」


 リリィレイクさんが普段以上に表情を柔らかくしている。そして、何かを思案しているように斜めを見上げ、続けた。


「ウチらのパーティ、『流星合流』って名前だけど。あっ、字は表示切替で見てみて」

「えっ? はい」


 リリィレイクさんが唐突に言うと、コノハ君が空中に指を走らせた。プレイヤー名からパーティ名に変えているのだろう。


「ウチの友達もこのゲームやってて、西からスタートしたん。でも、ウチらは東から。この2組をどっかで合流させようっていうのが、ウチらパーティの目標なんや」


 俺も頷いて同意を示した。


「そんな目標があるからかな? 離ればなれになった子たちを見ると、なんか嫌なんやね」


 コノハ君は強く口を閉め、船首の向こうを見つめた。


 * * *


 近づく川岸には、幕が揺れるように柳が数百本と風にそよいでいる。

 船長が桟橋へロープを放ると、係員が杭にロープをくくり付けていく。

 ロープが引き締められ、ようやく接岸すると、俺は大きく息を吐いた。


「1時間半か。結構時間かかったね」

「あっという間だった」

「ミレーはほとんど寝てたやろ!」


 船旅の後半でミレーさんが起きた後、しばらくしてコノハ君は幼馴染との喧嘩のことをぽつりぽつりと話してくれた。

 納得できる部分もあったし、俺だったらそうはしなかっただろうなと考える部分もあった。


 慎重派のコノハ君と、活動的な幼馴染。

 コノハ君は、大盾と投げ槍を使い、遠距離攻撃もできるタンク役。対し、幼馴染はヌンチャク二刀流の完全近接アタッカー。

 戦闘でも、堅実に状況をコントロールしたがるコノハ君と、攻撃優先の無鉄砲な幼馴染は何度か揉めた。

 行先だって揉めたし、食事でも何を食べるか揉めた。


 普段直接会っている時とは違う、RPG内での状況に2人はとうとう喧嘩になった。それは口喧嘩だったが、結果、幼馴染は先行し、この対岸の街へ行ってしまった。

 残されたコノハ君と、俺は昨日会ったというわけだ。


 桟橋へ上陸し、俺たちは船長へ礼を言うと、コノハ君のほうに顔を向けた。


「さあ、ここからは君が俺たちを案内してくれないか」


 彼は頷き、進み出した。




「あそこの中にいるんだと思います」


 コノハ君が指差した先は、黄緑色の外観の『柳の花亭』という宿だった。近づいた俺が中を覗くと、1階は食事処のようで、プレイヤーが何人か食事を摂っていた。


「どの階にいることになってるかな?」

「えぇと……1階、です」


 ラッキーな答えだ。上の階にいる場合はまだ寝ている可能性もあった。待ち時間が無くなって、俺はややほっとした。


「じゃあ、行ってみます」

「ま、待て。まだ機嫌が直ってないこともありえる。俺がちょっと覗いてみるよ」


 気を利かせて言ったつもりだったが、コノハ君を不安な顔にさせてしまった。リリィレイクさんに小突かれた。

 しかし、言い出してしまった手前、俺は3人と離れ、その宿に入った。


「いらっしゃい」


 妙齢の女性店員が奥のほうから声を掛けてきた。その声に反応するかのように、食事中のプレイヤーの数人が俺のほうを見てきた。


 食事エリアには、テーブルを囲む20代くらいの男性グループ、彼ら以上に年上の男性が数人、小さい女の子が1人、明らかに大人の女性が1人……。

 この中にコノハ君の幼馴染なんて本当にいるのか。不審に思って、さらに見回しても少年はいない。


 数秒間そうしていると、大人に囲まれているせいかリスのように落ち着きなくサンドイッチを食べている小さな女の子が、俺のほうを見るなりビクリと反応した。


葉也都はやとっっ!?」


 俺は、何のこと? と思って後ろを向くと、コノハ君がひょっこりと顔を覗かせていた。


はるっ!!」


 コノハ君が彼らしくない強引さで俺を押し退け、少女へ駆け寄っていく。少女も使っていた椅子を押し倒し、向かっていく。

 コノハとハルハル。本名はおそらく、葉也都君と晴ちゃんは再会した。


 なぜコノハ君の幼馴染が男子だと思い込んだか。俺には一緒にゲームをやる女子の幼馴染なんていなかったんだよ、しょうがないだろう。


 * * *


 コノハ君とハルハルちゃんは互いに謝りたい気持ちを秘めていたのだろう。2人は謝り合い、崩壊しかけていたちびっこパーティは繋ぎ合わされた。

 騒がしくしてしまった宿を辞すると、道の端で、俺たち『流星合流』パーティとコノハ君たち『コノハル』パーティは集まる。


「迷惑かけてごめんなさい……」

「ごめんなさいっっ」

「ええって、ええって。頭上げて。ウチらがカツアゲしてるみたいだから」


 リリィレイクさんに促されて、コノハ君たちは頭を上げた。


「今回は何とか危機は去ったみたいやね。ま、仲が良くてもずっと顔合わせてたらケンカも起こるわな」

「リリィの実体験」

「ちゃ、ちゃうし」


 ミレーさんはリリィレイクさんに茶々を入れた。だいぶ見慣れてきた。

 ただ、これでめでたしめでたし、解散、とはできないだろう。年上としても、彼らに聞いておきたいことはある。


「イベントが始まって、2人で旅してみてどうだった?」

「う……色々うまくいかなくて大変でした」


 コノハ君が答えた。ハルハルちゃんも頷いている。


「今後はどう? 旅は続けられそう?」


 次は2人とも答えに窮している。顔を見合わせているが、ともに自信がないと顔に出ている。

 コノハ君は年齢の割にしっかりしている印象だし、ハルハルちゃんは活発そうだが、それでも中1だ。この長旅の最初の1日でその困難さに直面している。


「そうか……うーん、そうか……今後の対応としては、いくつかあると思う」


 俺は、数を数えるように手を持ち上げる。


「1つ、このまま2人で旅を続ける。2つ、パーティを増員、仲間を増やす」


 彼らはこの2つの案に賛同も否定もしかねるといった反応だった。


「なら、3つ目はパーティ解散。別々に旅をする」

「ん。4つ目は何だろう。ログアウト?」

「い、イヤですっっ」


 ミレーさんも加わったネガティブ案を、ハルハルちゃんは拒絶した。コノハ君の目からも強い否定の意思を感じる。

 彼らには離散も逃亡も選択肢には無いのだ。


 そこで俺は、「だったら」と前置きし、2人を交互に見た。


「5つ目もあるね。パーティ解散――」



【踏破距離:23キロ】

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