第11話 舟場丘2 セーブと食事

「ミレー、ほんとにこういうゲーム、初めて?」

「そう。上手く動けた気がする」

「はぁ~、飲み込み早いねぇ。若いって羨ましいわあ」

「……」

「なんか反応せえ!」


 丘を上って開けた場所で、俺たちは《大狗オオイヌ》1体を倒し終えた。

 俺が《大狗》の四散した所に寄ってドロップアイテムを回収していると、女性陣から、主にリリィレイクさんから賑やかな声が聞こえてくる。


 回収されたアイテムは『大狗の毛皮』、『大狗の尾毛』、『狗の犬歯』、そして食材『狗肉』だった。

 《狗》系モンスターを討伐したことでクエストの1つを達成した。クエスト達成ウィンドウが出て、報酬2500アジーを受け取る。わざわざ依頼人の元に戻らなくて済む仕様なのはありがたい。


「リリィこそ、あんなに早く矢が撃てるのがすごい」

「あぁ、リリィレイクさんは『早撃ちリリィ』って呼ばれてたからね」


 戻りながら俺も会話に加わる。

 実際、TKW時代のリリィレイクさんは速射・連射の名手だった。矢をつがえるのも、そこから射るのもかなり早い。狙撃こそ得意でない様子だったが、弓使いの中でも時間当たりのダメージ量、いわゆるDPSでは頭一つ抜けていたと思う。


「言わんで。通り名とか恥ずかしいから」

「俺の前で言いますか」

「自分の名前が付いてるのが嫌なのっ」

「あぁ、それは、まあ……。そうだ。共有ボックスにアイテム入れましたよ。また食材出ました、肉」


 肉と聞いて、リリィレイクさんがあからさまに嫌そうな顔をした。犬の肉だし、その反応は納得する。


「『カマキリゼリー』の次は……なんや、『狗肉いぬにく』って」

「たぶん、クニク、って読むんだと思いますよ」

「読み方の問題やない」

「羊頭狗肉」


 パーティ共有の食材ボックスを見たリリィレイクさんの眉間にしわが寄る。ミレーさんが四字熟語を言ったが、俺たちはスルーした。


「まあ、ええ。お昼にするよ、お昼」

「そうですね、そうしましょう」

「いぬにく、気になる」

「いぬにくにはしません! リーダー命令や」


 パーティリーダーの号令で丘をさらに進み始め、ミレーさんがついてきた。


 * * *


 さて、このゲームのセーブ方法というのはかなり独特だ。


 街や村に辿り着いた時にはオートセーブをしてくれるようだが、問題はそれ以外のフィールドにいる時だ。


 なんと、食事をすることで、その地点をセーブポイントにできる。


 食事といっても、1口2口摘まむ程度ではダメらしく、ある程度は量を口にしないといけないとされている。

 つまり、気軽にはセーブできず、セーブする時は完全に休息時間ということになる。飲まず食わずでも行動はできるが、HPを失ったら最寄りのセーブポイントに戻されるため、小まめに食事や間食を摂った方が良いということだ。


 しかし、今述べたのはソロの場合である。パーティの場合、やや事情が異なってくる。


 パーティ全体の内、以上の人数が集まって一緒に食事をしないと、そこをセーブポイントにできないのだ。

 

 この仕様が発表になった当初、話題に上った。

 大人数でパーティを組んだ上で、各自バラバラに探索して、あちこちをセーブポイントにすることができなくなるからだ。

 このゲームはファストトラベル機能があり、セーブポイントへ移動できる。その利便性が大きく損なわれるのだ。


 制作陣も苦慮したのかもしれない。

 セーブポイントを築きまくって、プレイヤーの世界を広げるのは魅力であるはずだ。

 だが結局、一部の大人数パーティに益をもたらすよりも、パーティ間の公平性を優先したようだった。そして先述の仕様になった。


 しかし、その仕様の場合、こうも考えることができる。

 パーティは、基本的に人数が多くなるほどスピードが遅くなる。

 つまり、人数が少なければ戦闘で不利、多ければ移動が遅くなりやすい。

 パーティ人数さえも旅の戦術ということなのだ。



 そんなことをぼんやり考えながら、俺はフライパンを火に掛けていた。リリィレイクさんがミレーさんに向けた声で思考から戻ってきた。


「ミレー、ウチらのパーティ、入る?」


 『舟場丘』のほぼ頂上、遠くに他のプレイヤーのテントが見える所でリリィレイクさんが告げた。

 その時、リリィレイクさんは黄色の麺を茹でながらだった。俺も麺に絡める具材を炒めながら、そちらを見た。


「ヒヨコマメ君も相談しないでごめんなさい」

「いや、気にしないでください。俺も賛成ですから」

「ありがと……ミレー、今まで言わないまま、こんな所まで連れてきて悪かったと思うてる」


 ミレーさんは『狗肉』を焼いている。赤身ばかりの肉が茶色に変色し始めていた。


「あんたに実力があるからスカウトしたと思われるのも嫌やけど……」

「ん……スカウトを受けたい選手が実力を見せるのは当然のこと」

「え……?」

「入らせてもらえるなら問題ない」


 戸惑って俺のほうを見てきたリリィレイクさんに笑みを送る。彼女にも笑みが浮かんできた。


「分かりにくい言い方やん。よろしく、ミレー」

「ん、よろしく。入れてくれたお礼にあげる。あーん」


 ミレーさんは肉にナイフを入れ、フォークで刺した。

 それ、ていのいい毒見では? と俺は思ったが、喜びで思考が留守になっているリリィレイクさんは条件反射的に口を開けた。


「……硬っ!? なっ、めっちゃ筋張ってる!? まずう!」

「ソースはカマキリゼリーで」

「アホオォ!」


 * * *


 意外にも、『カマキリゼリー』を掛けた『狗肉』ステーキは食べられる食感になった。

 『カマキリゼリー』自体は無味無臭、食感もただのゼリーというかジュレだった。しかし不思議なことに、筋張った『狗肉』ステーキに乗せると、肉質がほぐれていったようだった。どんな原理だろうか。

 ただ、気を付けてほしいのは、だからといって美味くなったわけではないということだ。あくまでも噛み応えの不快感が弱まったというだけだ。


 実際、リリィレイクさんは、騙されて食べさせられて以降、肉にもゼリーにも一切口を付けなかった。代わりに2人分のステーキは、ミレーさんが無感動そうに食べた。


「おっ、無事にセーブポイントになってますよ」


 食事を終え、調理セットや椅子を片付けて、俺がマップを開くと、この地点がセーブポイントになっていた。これで死んでも、ここに戻って来られる。

 今後はおやつ休憩も入れたほうがいいだろう。

 そうして原っぱを歩いていくと、平地が途切れ、眼下が見られるようになった。


「2人とも~、来てくださ~い!」


 遠くに、大河とそこに沿う川岸の街を眺望できた。



【踏破距離:8キロ】

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