第10話 舟場丘1 槌蟷螂

 銘々の格好をしたプレイヤーたちが次々に広場から出ていく。

 ちょっとした騒ぎが起きたのは、広場の人数がようやく半分を切ったという時だ。

 ひづめで石畳を打つ音が近づいてきた。


「どいてくれー、どいてくれー!」


 直後、馬上のプレイヤーの慌てふためいた声が人混みに向けられた。馬を御しきれていないようだった。


「うっわっ」


 赤毛の馬が俺たち3人のすぐ脇を走り抜け、俺はとっさに女性陣2人の腕を引き寄せた。

 俺たち3人は馬とぶつからなかったが、前方で2人ほど男性プレイヤーが跳ね飛ばされ、馬と騎手は大勢の罵声を浴びながら門から走り去っていった。リリィレイクさんも罵声に加わっていた。


「ここ、馬にも乗れるの?」

「……うん。でも、けっこういい値段したな」


 ミレーさんに尋ねられ、騒動のためしばらく呆然としていた俺は遅れて答えた。

 彼女たちを掴んでいたままだった手を離す。ミレーさんは変わらないが、リリィレイクさんは少し顔が赤くなっていた。


 街中で何箇所か、馬のレンタルを行っている厩舎があった。ただし、馬一頭、レンタル4時間で2万アジーという高額だったし、8時間になれば5万2000Aと跳ね上がっていた。

 ちなみにレンタル時間が終わると、馬は、くらに付いている魔石によってワープ回収される仕組みと聞いた。


 再び門に人の流れが戻ると、近くにいた男性が寄って声を掛けてくる。


「いやいや、えらい目に遭いましたね。ヒヨコマメさん」

「あ……ええと、決闘の場所にいた……」


 たしか、どこかの自動車メーカーと同じプレイヤー名の……。決闘を終えたばかりの俺を優しく気遣ってくれて、それで逆に印象に残っている。


「トヨタです。まさかそちらもここの門だとは」

「トヨタさんも。川を目指してるんですか?」

「ええ、街の人が船があるって教えてくれたんで、見てみようかと」

「そうですか。俺たちはとりあえず、川に沿って西へ行ってみる予定です」


 物腰の柔らかいトヨタさんと行先を教え合う。終えると、彼は女性陣に目を送ってきた。


「美人さんたちを両手に花とは。羨ましいですね……おや?」

「い、いや、そういうわけじゃ……ん、どうしました?」

「いえ、そちらの方はパーティメンバーではない?」


 ミレーさんのことだ。成り行きで俺たちと行動を共にしているが、そういえば門までの約束だった。


「ミレーさん、門に着いたけど、どうする?」

「そうだ。ありがとう。じゃ」


 ミレーさんがほんのわずか頭を下げてから離れようとする。


「ま、待って」


 リリィレイクさんだ。彼女が背を向けようとするミレーさんを制した。


「あんたみたいな方向音痴、また迷子になるでしょ」

「問題ない」

「いや、こっちが気にするから。ねえ、しばらく一緒にいたら?」

「でも……」


 恥ずかしそうに告げるリリィレイクさん。一方、ミレーさんは珍しく迷いを見せた。


「恋人同士を邪魔したくない」


 俺とリリィレイクさんは思わず顔を見合わせた。そして、リリィレイクさんはひーひーと大笑いを始めた。


 * * *


「男はたいてい年下が好き。おかしいと思ってた」

「そこまで年上じゃない。ウチ、まだ23やから」

「少しだけ童顔」

「ありがとう……いや? ありがとうやなくない?」


 門を抜けると、俺たちはトヨタさんと別れ、ミレーさんと一緒に歩き始めた。

 女性陣はご歓談だ、楽しそう。


 まずは陽華京ようかきょうの水堀の外に広がる街。エリア名は『陽華の外街そとまち』。

 建物の立派さでは1ランク落ちると感じる外街で、力強く生きる住民たちからいくつかクエストを受ける。

 そして、街を出て田園地帯に入る頃には、3000人ほどもいた南門プレイヤーたちはだいぶ散らばったようだった。


「じゃあ、ミレーはこういうゲームは初なんだ」

「うん。ゲーム自体、そんなにやってない」

「フルダイブも初?」

「違う。鉄砲を撃ち合うのはやったことある」

「逆にウチは、そういうのやったことないなー」

「リリィも慣れる。たぶん」


 いつの間にか女性陣は、お互いを呼び捨てにしていた。ミレーさんが物怖じしない分、リリィレイクさんは気を使わずに楽なのだろう。


 周りの水田はフリーハンドで描いたかのように隣と仕切られ、水鏡が雲を映す。家々は遠くに点在している。

 静かな農村を、俺の白黒、リリィレイクさんの黄緑色、ミレーさんのカーキ色が歩く。

 だが進むにつれ、水田の数が減り、原っぱが多くなっていく。住民の気配がどんどん薄まっていくが、それでも陽華京から延びる道は途切れていない。

 時折、南のほうからのぼるNPCの荷馬車とすれ違う。


 * * *


 途中いくつかの分岐から進路を選んだ。そして昼前に小高い丘が見え、そこに足を踏み入れた。

 エリア名が表示され、『舟場丘ふなばおか』とのことだ。

 日本の郊外にもありそうな見た目の丘だった。


 雑木林に入り、木陰が濃くなっている所に差し掛かった時だ。

 視界に「!」マークが点滅し、音は小さいが耳障りなアラートが短く響いた。

 俺たちは3人とも瞬時に旅装から鎧に装備が変わる。俺とミレーさんは中装鎧、リリィレイクさんは軽装鎧になる。


「キシューーー」


 茂みの陰からのっそりと現れたのは、小学生ほどの大きさのカマキリモンスターだった。

 獣ノ園の昆虫ゾーンで見た。動きの鈍い印象の『槌蟷螂ツイカマキリ』だ。

 短い触角を小刻みに動かしながら、ギザギザの鎌の代わりに、幅広の棍棒のような前足を振り上げて寄ってきた。


「散らばって! ミレーさんは俺と前衛!」


 鋭く指示を飛ばすと、ミレーさんは意外に機敏に動き、カマキリへ向かって彼女は左、俺は右、射手のリリィレイクさんが後方の三角形配置になった。


「撃つから! 近づかないで!」


 リリィレイクさんの甲高い声が背後から飛び、次いで矢も飛んでくる。

 カマキリの左の触角を一射で千切り飛ばした。


「ギュシュシューーーー!」


 痛みで怒ったカマキリが、右の棍棒を振り上げ、ミレーさんに狙いを定めている。

 しかし、ゲーム開始直後のモンスターということもあってか、奴の動きはこれでもかというほど大げさなものだ。

 十分に避けられる。だが、対するミレーさんはなんと左腕の円盾を前に押し出し、待ち受ける構えだ。


「ミレーさん!?」

「練習させて」


 落ちていく棍棒が盾を打ち、鈍い音が響く。だが、ミレーさんは盾に角度を付けていて、棍棒は彼女の足元に落下する。

 間髪を入れず、ミレーさんは片手斧を振るう。奴の右の触角が払い落とされ、怒り狂った奴が連撃が浴びせようとする。


「ん……んん!……んん」


 ミレーさんは、盾での防御とステップでの回避でしのいでいく。だが、反撃はしていない。一見すると防戦一方だ。


「何を狙って……?」


 俺の疑問は彼女の次の行動が示した。カマキリが大振りの水平打ちを仕掛けてきた時だった。


 彼女の円盾に『泥巻貝ドロマキガイ』の紋様が浮かぶ。盾の表面に銀色のエフェクトが発生する。

 迫る棍棒と、迎える銀色の盾。

 直撃の瞬間、大きな金属音が響き、衝撃で茂みが揺れる。

 すると、なんとカマキリの棍棒が弾き返されたではないか。


「あれが話してた『瞬間硬化』……ジャスト防御か」


 俺の呟きの先、弾かれたカマキリがたたらを踏む。

 隙だらけの奴に、ミレーさんが駆け寄る。


 彼女は、距離を詰めるとなんと跳び上がった。

 しかし、ただのジャンプではない。小学生サイズのカマキリの頭上をゆうに飛び越える。あれはベリーロール……?


「にゃん」


 窮屈そうに体を戻し、地面に両足で着地した。

 そして、何ということだろう。いつの間に斧を振ったのか、彼女の着地と同時に、カマキリの頭が宙高く飛んだ。


「ネコノツメ」


 血しぶきエフェクトの向こうで、ミレーさんが何かを口にする。必殺技名か?

 俺とリリィレイクさんは、ポリゴンを散らして四散するカマキリと、勝ち誇るように斧を突き上げたミレーさんを呆然と見つめた。



【踏破距離:6キロ】

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