第8話 陽華京7 決闘2

「だが、まずはコレを試すのが先だ!」


 俺はそう叫び、右手の鋼鉈はがねなたごう】に意識を送る。【郷】の刃に【泥】を纏わりつかせるイメージだ。

 封獣札ふうじゅうさつに宿るスキルに実装された、思考センサーによるショートカット発動。


「おおっ!!」


 それを見て、思わず吠えた。

 【郷】の刃近く、空中に《泥巻貝ドロマキガイ》の紋様が浮かんで発光する。紋様はすぐに消えたが、ポリゴンの群れが刃に纏わりつき、直後それらが【泥】に変わっていく。

 『属性付与【泥】』が無事に発現した。


「ずいぶんと地味な見た目の『属性付与』だね」

「言ってろ!」


 キルマへ【泥】を帯びた鉈で斬りかかる。奴は剣筋を大剣で塞ごうとしたが、なんと奴の体ごと大剣を弾いた。

 泥の一部が跳ねて散り、ポリゴンに戻る。


「うわっ!? これが属性の力かい」

「ああ、初見だが上手くいった」


 さすがの奴もこの一撃には驚いたようだ。俺もぶっつけ本番を成功させ、思わず口の端を持ち上げた。

 しかし、奴が構えを取り直すと、笑みを浮かべ返してきた。


「ふふっ、こちらもお披露目させてもらうよ」


 すると、奴の大剣のそばに紋様が浮かんだ。

 あれはハリネズミ……?

 違う、たしか《電棘荒デンキョクアラシ》。ヤマアラシのモンスターだ。

 大剣の広い刃をポリゴンが駆け巡る。直後、ポリゴンは金の電撃エフェクトに変わった。


「『属性付与【雷】』さ。……はあぁぁっ!」

「だああっ!」


 斬撃の主役は【泥】と【雷】に取って代わる。

 鉈と大剣がぶつかるたびに、【泥】が飛び散り、【雷】は空中へ放電される。俺たち二人を泥と雷のエフェクト、そしてポリゴンの飛沫しぶきが包み、衝突のたびに俺たちの体が弾かれる。

 【泥】のエフェクトは、低くうなり、うごめくように。

 【雷】のエフェクトは、高く鳴き、跳ね回るように。

 聴覚にも視覚にも対照的の切り合いが進む。


 だがやがて、先に一撃を放っていた俺の【泥】が消える。

 奴の【雷】を帯びた切り払いに、鉈と盾鋏たてばさみ、両方を構えて耐えようとする。


「づぐぅうう!?」


 ここにきて、大剣の重さが効いてくる。俺は弾き飛ばされ、石畳を転がった。

 後から聞いたが、この時、リリィレイクさんは悲鳴を上げ、水面滴みなもしずくさんたちは歓声を上げたらしい。


「今回はここで終わり……かな!」


 立ち上がった俺目がけ、大剣が頭上から迫ってくる。

 俺は鼓動を聞きながら、盾鋏で隠した鉈をした。


 はさみ状態の盾鋏を使いこなすのは、正直かなり難しい。

 形は植木バサミのようになるため、両手を使わないと使用できない。振り回すにも、突こうとするにも大仰になる。

 俺が鋏を使う上で心すること。それは『蛇』のように静かであること。

 気配を消して無心で迫り、いつの間にか盾鋏を変形させて、蛇の牙を開くように鋏を相手へ突きつけること。

 そう、今から見せるように。


 振ってくる大剣を見つめ、意識は手元から頭上へ。

 その間にも極限まで滑らかな球のような手つきで、盾鋏【陽牙】を鋏モードへ変形させる。

 そして、スルリと近づき、牙を立て、捕らえる。


「うう!?」


 大剣の刃、その根元がワニの牙を思わせる【陽牙】に噛みつかれ、キルマが呻いた。

 久しぶりの白刃取り。

 

「らあああああ!!」


 ギャギャギャギャギャギャギャ!!


 広場に耳を塞ぎたくなるような金属音が響き渡る。

 噛みつかれた大剣がまるで血しぶきを飛ばすように、大量の火花とポリゴンが噴き出す。

 奴の大剣の『切れ味HP』が凄まじい勢いで減じ、藍色ゾーンから紫ゾーンへ移っていく。


「くっ、変わらずの名人芸だね!」

「どう、もっ」


 その後の判断は俺も奴も早かった。

 ほとんど同時に、噛み合わせた盾鋏と大剣から手を放した。

 一瞬早く奴はナイフを抜き放ち、俺はそれを弾くために鉈を抜き構える。


 キャリリリ!


 しなやかなナイフが鉈の平地ひらじを滑り、甲高い音を立てた。

 ナイフの切っ先が欠けた。だが、残った刃が俺の左上腕を切り裂いていく。エフェクトの血が流れ、HPが減少する。

 一方で、ナイフは『切れ味HP』を激減させ、大きく戦闘力を失った。


「や、ろうっ!」

「まだだよっ!」


 HPで不利の俺、武器の戦闘力で不利の奴。2人同時に飛び退すさり、距離を取った。

 今こそ、1万アジーを使う時だ。


「「来たれ、1の魔杖まじょう!」」


 叫び、ボイスセンサーによるショートカット・キーを唱える。が、双方が叫んだことに双方とも驚いた。

 発現したのは、音楽の指揮棒大のアイテム。

 種々のスキルを発動する、回数限定使い捨ての魔法のスティックだ。

 俺たちは現れたそれを掴み、驚愕の表情を張り付けたままの相手に先端を向け合う。


「「発動インヴォーク!」」


 スキル発動のボイス・キーだ。

 俺の【火球】は奴の左肩を飲み、奴の【水球】は俺の左脇腹に炸裂した。


「づぅあっっ!」

「うぐぅうっ!」


 半分を割らないが、両者ともHPが減る。

 それでも構わず、俺たちは魔杖の先端を向け合い……、先に奴が魔杖を下ろした。

 俺も大きく息を吐いて、下ろす。


 俺たちは勝敗をつけなかった。戦いに満足しきったわけではないが、決闘終了ボタンをタップした。引き分けで終えて高揚感を長続きさせたかったからだ。


「君も手に入れていたとはね、魔杖を」

「鍛冶屋街にあんな変な店あったら、気になるだろ」

「同意するよ」


 集中力が弛緩していくと、一気に歓声が聞こえてきた。いつの間にか、寂れた広場には多くのプレイヤーとNPC見物人が集まっていて、驚いた。


「すげえよ! パーティ組もうぜ」

「俺とも戦ってくれ!」


 野次馬のプレイヤーたちが俺たちに声を掛けてくる。俺たちは苦笑いをして、それから対応しなければならなくなった。


 * * *


 「もうパーティ組んだんですよ」、「もう疲れましたよ」と何とか野次馬を鎮めると、彼らは三々五々去っていった。

 決闘よりも、その後の野次馬対応のほうで気力を持っていかれた気がする。


「有意義な時間だったよ」

「ふぅ……スキルと魔杖を試せたのは大きかったな」


 奴から握手を求められ、応じた。

 TKWでの戦いの後よりも、今のほうが素直に応じられた。それに気付いて戸惑ったが、おそらく敵国同士でないからなのだろう。純粋な好敵手として、奴への見方が変わった気がする。


「さて、旅の最後の準備に戻らないとね」

「ああ、そうだな」

「僕たちは北西の巫女の元へ行こうと思っている。君たちは決まっているかい?」

「俺たちは南西だ」

「ならば、会うのはずっと先になるかな?」

「会わないに越したことはないと思うぞ」

「僕たちの宿命は、遠い距離も乗り越えるさ」


 キザなことを言うだけ言って、奴は女性2人をエスコートするように離れていった。イケメンと美女2人は後ろ姿も絵になりやがる。何か悔しい。


 振り返ると、共に残されたリリィレイクさんが寄ってきて、封獣札スキルを使ってくれた。《紫黄蝶シオウチョウ》を封印した、『回復鱗粉』で回復ゾーンを作ってくれた。


「お疲れ。ウチに相談なしで決闘したことは、ちゃあんとお説教だからね」

「うえぇ」

「それと、水面滴ちゃんとワイナリーちゃんとはフレンド登録したよ。今後は情報交換しとかんとね」

「おお、いつの間に」

「それとそれと……あの子って知り合い?」


 「え?」と声を漏らし、リリィレイクさんが指した方向を見た。

 長身痩躯の黒髪褐色娘が、不思議そうな顔でこちらをジイィと見ている。


「あれっ、動物園で会った……」


 その人は、俺が獣ノ園の泥沼エリアに行った時、何かのモンスターを封印していた女子だった。

 意外な再会に戸惑い、目を見開いていると、向こうから近づいてきた。


「ねえ、強い人。使ってたカード、私のマネ?」


 女子は、封獣札を具現化させると、こちらに向けてきた。

 絵柄は俺と同じ《泥巻貝》だった。

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