第7話 陽華京6 決闘1

 このゲームはプレイヤーレベル制を廃している。その代わり、ステータスアップポイントは、封獣札ふうじゅうさつにモンスターを封印した際に与えられる。

 正封獣札の場合は12ポイント、準封獣札の場合は5ポイント与えられ、それを【HP】以外の各ステータスに自由に振り分ける。


 各ステータスは以降のような7つになる。


 ①【HP】:ヒットポイント。だが、数字ではなくバーのみで表示される。これが無くなると最寄りのセーブポイントまで戻される。


 ②【近攻】:近接武器による攻撃力。

 ③【遠攻】:射撃・投擲とうてき武器による攻撃力。弓矢や手裏剣などが対象。

 ④【防御】:近接・射撃・投擲武器に対する防御力。


 ⑤【属攻】:属性攻撃力。回復スキルの回復量もこの値に影響される。

 ⑥【属防】:属性防御力。


 ⑦【速度】:戦闘中の移動速度。


 【近攻】【遠攻】【防御】がいわば物理3値、対して【属攻】【属防】が属性2値ということだ。

 ただ、気を付けなければならないのが【速度】だ。これはあくまで戦闘中の速度ということで、それ以外では速度が早くなるわけではない。大陸の高速走破は狙えそうにないのだ。


 さて、考え、俺は12ポイントをこう振り分けた。


 【近攻】:10(+4)→14

 【遠攻】:10(+0)→10

 【防御】:10(+2)→12

 【属攻】:10(+1)→11

 【属防】:10(+1)→11

 【速度】:10(+4)→14


 序盤ということもあり、物理寄りの配分となった。

 俺の武器であるなた盾鋏たてばさみはリーチが短い。懐に潜り込むための【速度】は上げるべきだろう。

 【属防】は保険として上げたが、この決闘ではもしかしたら無意味かもしれない。奴が得た封獣札のスキルが属性攻撃でない場合もあるし、それに奴はを買ったかもわからない。


 * * *


「どうしてこういうことになったかな」


 やって来たリリィレイクさんだ。彼女は、俺に相対しているプレイヤーの名を見ると驚き、ややあってすべてを察したようだった。そこまで俺たちは剣呑な雰囲気を出していたのか。


「キルマの奴に絡まれたんで」

「君だって乗り気じゃないか」


 俺たちのやり取りにリリィレイクさんは呆れている。キルマの連れの内、年少水面滴みなもしずくさんはやや不安そうに奴を見つめ、一方年長ワイナリーさんは愉快そうな表情で決闘を待っている。


「最初の内は、お互い準備運動ということでどうかな?」

「お前相手じゃ、ダンベル持ってラジオ体操だ」

「ふふっ、いい例えだ」


 奴の軽口が挑発の色を帯びてきたのを感じた。


 キルマや奴のパーティとはかつて両手両足を使って数えるほど争った。撃退したこともあったし、逆に策にはまってこちらが壊滅したこともあった。

 油断して勝てる相手ではない。が、それは向こうにとっても同じだ。

 幸か不幸か、ほぼ現実そっくりのアバターとなっても、お互いの身長差はあまり変わらない。奴のほうが少しだけ背が高いが、優位になるほどではない。


「決闘の設定はこれでどうかな?」

「HP50%以下になって決着……他の制限は無し、か」

「不服かい?」

「そういう意味じゃない……OK、だ」


 奴から送られてきた決闘の設定がウィンドウに示され、俺は承諾の文字をタップした。

 承諾したが、懸念はある。

 1対1では搦め手を好まない奴が制限を設けなかった。

 俺はこの都の一部しか回れていない。奴に何か切り札があって試したいのか、あるいはそれがあると邪推させるための戦術か。嫌な場外戦法を使ってきやがる。


 5……4……3……。


 カウントダウンが始まった瞬間、俺たちは自動で旅装姿から鎧姿に変わった。

 2人とも同じ形状の中装鎧。俺は黒と白、奴は青と白。違いは色だけだ。


 2……1……開始!


 奴は大剣もナイフも抜刀せず、左に走った。俺も追いかけるように追う。

 が、【速度】ステータスの影響なのか徐々に離されていく。


「鬼ごっこかよ。【速度】に振り過ぎだ」

「準備運動だって言った……ろう!」

「らっ!!」


 抜刀とともに、黒光りする大剣が振り下ろされてきた。俺も鉈を抜き、体を翻しながら、大剣の腹を叩くようにして逸らす。肉厚の刃同士がぶつかり合い、鈍い銅鑼のような音が広場に響く。

 逸れた大剣が石畳を削る。その斬撃を退けた俺の手首に一瞬だが電流のような痛みが走った。


 このゲームの武器には、HPが存在し、バーとして表示される。同時に『切れ味性能』がHPバーに色付けされることで表現される。両者の意味を合わせ、【切れ味HP】と名付けられている。色は下位から紫、藍、青、緑……と続く。おそらく虹の7色と合わせているのだろう。

 鋼鉈はがねなたごう】の長い藍色ゾーンがわずかに減った。下の段階の紫色まではまだまだ10合でも切り結べる。切れ味は悪いが、【切れ味HP】の長さが鉈の長所だ。


「どれだけ攻撃力に振ったんだよ!」

「君が知りたくないと拒んだんだよ」


 奴が、舞うように移動しながら大剣を引き上げ、2合目を落としてきた。

 俺は一瞬で集中力を研ぎ、鉈のさやを見ずに納刀する。直後、盾状態の盾鋏を斜めに構え、剣筋を逸らす。


「なっ!? 始まったばかりのこのゲームで、もうノールック手元を見ずに納刀まで使えるようになっているのかい!」

「買い物しながらだって練習できるんだぜ!」


 【切れ味HP】は、納刀状態を維持することで微速ながら回復する仕様だ。戦闘中とはいえ、なるだけ納刀したままのほうが長く戦える。


「もっと振ってこい!」

「望みどおりに!」


 奴の攻撃を鉈と盾鋏で交互に弾き、あるいは身を翻して避ける。しかし、こちらの反撃も、奴は隙が多いはずの大剣を巧みに捻り、まるで盾のようにして弾いてくる。

 奴は踊るようなステップで、大剣が紙細工であるかのように操り、一転振り下ろす時は剣の重さ以上の痛烈な一撃を放ってくる。一方、俺は必要最小限の踏み込みと腕の振りで迎撃し、隙あらば肉薄する。

 

「どうした? ハエが止まるようだぞ」

「君こそ、いつものキレはどうしたのかな」


 しかし、あのゲームTKWでの高ステータス同士の切り合いとは比べるべくもない。

 初期ステータスに毛が生えたような今の状態では、攻守ともスロー再生でもしているかのようなじれったさだ。斬撃の中にあって、双方空気の遅滞を感じている。


「ふふ、なら、第2ラウンドかな」


 奴が意味深に笑みを向けてくる。迫る大剣を鉈で逸らす。

 直後、奴は大剣のつかから右手を離した。俺はそれを見逃さなかった。

 なぜなら、それこそ奴が『さそり』の通り名を冠す所以ゆえんだからだ。


「しゅあっ!」

「づっ!」


 大剣が俺の視界から奴の右太腿のナイフホルダーを隠した瞬間、まさにそのナイフが俺の顔面に迫ってくる。

 俺は片膝を勢いよく曲げ、不格好ながらも体をひねることで刺突を避けた。


 最短の距離を何のためらいもなく迫ったナイフ。

 奴の真に恐るべきはナイフのほう。

 派手な大剣はいわばの一撃を放つための囮だ。


「おいおい……準備運動は終わりか、『蠍』?」

「そうだよ。君だって『へび』の牙を使っていいんだよ」

「そうさせてもらう」


 度重なる痛撃から俺を守った盾鋏たてばさみ陽牙ようが】。朝日を受け、刀傷の付いた表面が蛇の鱗のように光を反射した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る