第5話 陽華京4 流れ星
寄ってきた女性プレイヤーは、胡桃色のショートカットに軽くウェーブが掛った人だった。背は高くも低くもない。しかし彼女の声も見た目も俺は覚えがない。
これは《時間加速》対応ゲームだから、プレイヤーは現実準拠の声と見た目になる。つまり、リアルでの知り合いかと思い、記憶を探ったが思い当たらない。
そこで、プレイヤー名を見るために表示モードを変えることを思いつき、視界の隅にあるアイコンを押そうとした。
「待って待って、ちょっとだけ考えてみて?」
声が掛かる。女性がパタパタと手を振ってくると、「めんどくさいな」から「仕方ないな」へと気持ちが変わった。愛嬌がある人だ。
「え~と」
彼女の年齢は俺より少し上のような気がする。
旅装は、白いシャツに黄緑色のポンチョ、茶色のズボン。
武器は弓矢と……専用ベルトに挿してあるのはクナイか。
正直にいってわからない。
しかし、なぜそもそもあんな親しげに声を掛けてきたのか。『ヒヨコマメ』という男性プレイヤーだって万に一つの可能性で別人がいるかもしれないのに。
そこでふと自分の格好を思い出した。
白と黒ばかりで、時々グレー。黒髪の先端が白。
『
そうだ。あのゲームで、同じギルド、別パーティに弓使いの女性がいた。
「リリィレイクさん?」
「お~、すごっ、名推理や。久しぶり~」
大きな手ぶりで褒められた。
目の前のアバターと声の印象は異なるが、たまに出るエセっぽい関西弁はあの人だ。
プレイヤーの表示モードを変えると、確かに『リリィレイク』の文字が浮かび、彼女の頭の動きとともに揺れている。
「お久しぶりです。よく俺のこと、わかりましたね」
「ぷはっ、それギャグで言ってる? 『ヒヨコマメ』って名前の人が、パンダみたいな色で、
「あ、あぁ……それは確かに。でも、パンダって……」
「それ、パンダリスペクトとちゃうの?」
「違いますよ」
「シマウマ? ホルスタイン?」
「いや、そうじゃなく。はぁ……パンダでいいです」
「ぷっ」
久しぶりに会ったのに、まさかいきなり
不満げにしていると、向こうから「ごめんごめん」と手を合わされた。
「それにしても、リリィレイクさん、そういう顔をされてたんですね」
「ヒヨコマメ君こそ。なんていうか……潜入捜査が得意そうな」
「印象に残らない顔ですみませんね」
「誰もそこまで言ってない。あっちではウチよりちょっと年下かなって思ってたけど、合うてそう」
揶揄われっぱなしでも
「ちょっと年下?」
「なに? 違った?」
「本当に『ちょっと』ですか?」
しかし、言ってから失策と悟った。リリィレイクさんの周りが温度が下がり始めた気がするからだ。
「ほ~、へ~……ウチ、何歳くらいに見える?」
これは好感度の分水嶺だ。
経験上、大人の女性はとにかく若く見せたいはずだ。
いっそ10代にする? ギャグに聞こえればいいが、嫌味を言っていると思われるのは良くない。
20歳から22歳? この辺りか。だが、なんとなく大学生でなく社会人な気がする。まだ嫌味の部類を抜けないか?
ええい、こうなれば正確に年齢を当てる名推理をもう一度披露するしかない。
「24」
「にっ、じゅうっ、さんっ! アホォ!」
さようなら、好感度。
「お、大人っぽく見えただけですって」
「へえ~……はぁ、そういうことにしといたげる」
「ありがたいです」
「ちなみに君はハタチでしょ?」
「えっ!? わかるんですか?」
「鎌かけただけ。わかりやすいね」
完全に遊ばれている気がする。だが、好感度が再浮上するなら、ピエロになるのはやぶさかではない。
「ところでヒヨコマメ君。TKWのパーティの子たちとか、知り合いはこのゲームやるん?」
「いえ、今回はソロです。みんなは『ヴァイオレット・ソード』の新作買ったりするみたいで。リリィレイクさんのパーティは? いや、あ~、女子だけのパーティでしたよね。なら、こういう冒険系のは買わないかな」
「それ、ウチ、女子じゃないって言いたい?」
「いやいやいやいやいやいやいや」
「うっさい! ごほん。2人、アジェルダ買ったよ」
「じゃあ、また3人でパーティ組むんですか?」
「それがね……」
そこで、リリィレイクさんがおもむろに人差し指を突き出した。指先は水平を指した後、空へ向かう。
指を追うと、そっちはゲーム内時間で日が傾き出した西の空。
「まさか、ヴィルベット皇国側でログイン?」
「そ」
「みんなで同じにしなかったんですか?」
「その案も出たよ。でも東と西、両方から出発して、途中で出会えたらとっても素敵やん。大陸の端と端、流れ星同士が出会えたら何でも叶いそう……ってイタいかな」
恥ずかしそうに告げてきた。
確かに東西7,500キロもある大陸で出会うなんて夢物語だ。
だが不覚にも、本当に不覚にも、合流できたなら素敵だと思ってしまった。
同時に、夢物語を照れくさそうに口にした彼女が一瞬だけ少女のように見えたことにドキリとした。
「リリィレイクさん、まだパーティは組んでません?」
「うん」
そんな素敵な場面、俺も見てみたい。いや、見させたい。
右手、次に左手を握りこんで、彼女の顔を見る。
ここで知り合いに会えたのはただの偶然だ。
明日からの途方もない旅を始める覚悟は決まったかと問われれば、決まっていないと答える。
だが、覚悟は旅を始めてから決めればいいと知っている。
「面白そうです。流れ星の旅、手伝わせてください」
「! ――3000キロは進まないと会えないよ?」
「だからこそ。冒険です」
彼女はしばらく俯き、やがてこちらを向く。
「ぶつけさせよう、流れ星」
握り拳が突き出された。その小さな拳に、俺はこつんと拳を当てる。
パーティ『流星合流』が結成された。
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