第4話 陽華京3 獣ノ園

 会談という名のチュートリアルが終わって解放され、陽華宮ようかきゅうの水堀の前に湧出ポップすると、石畳の街並みが喧騒に包まれていた。プレイヤーを表す青色のカーソルが数十個も目に入る。俺の近くにポップするプレイヤーもいて、俺と同じタイミングで会談を終えたようだ。


「誰かパーティ組みませんか~?」

「街の探索手伝ってくださ~い!」


 こんな大勢の前で大声を出せる陽キャたちまでいる。体育会系だろうか。あんなに注目を浴びるのは俺には無理だ。

 キョロキョロと辺りを見回し、離れた道路の端に寄った。「ふぅ……」と一息つく。


「でも、ようやくゲーム開始って感じだな」


 つぶやいて、ウィンドウを開く。


 陽巫女ルイシャンから入手した物は3つ。

 旅費として10万アジー

 正封獣札せいふうじゅうさつ1枚。

 そして獣ノ園けもののそのの入園券(再入場不可)1枚だ。


 黒髪を揺らしながら入園券を渡してきたルイシャンは、

 

「せめてもの旅の助けに、獣ノ園の魔獣1体を封印していってください」


 とにこやかに言ってきた。

 俺としては、チュートリアルをこなした後、街の散策と翌日のイベントへ向けて旅の準備をするつもりだった。しかし、まさか動物園のチケットをくれるなんて予想もしていなかった。


 さて、モンスターを封印してスキルとステータスアップポイントを獲得する仕様は、俺の20年の人生の中で初めて体験する。この作品がレベル制でないのはそういう仕様があったためか。

 新仕様は確かめたくなる。

 俺はマップを開き、獣ノ園へ足を向けることにした。


 * * *


 獣ノ園は、貸し切り状態のインスタンスエリアかと思っていたが、オープンエリアだった。プレイヤー達が頭上の青カーソルとともに動き回っていた。


 園内は、一般的な動物園に中華風のデザインアレンジが加わった風だった。凝った意匠の鉄柵の向こうにモンスターが飼われ、園内は獣独特の臭気を感じる。

 少し歩いてみたところ、ここのモンスターは動物モチーフのものばかりで、ゴブリンのような人型はいないことに気付いた。


「キャンキャン」

「ワオーンワオーン」

「《大狗オオイヌ》……《赤大狗アカオオイヌ》……」


 犬型モンスターの鳴き声を聞きながら、彼らの種類を口にした。檻の前にはモンスターの種類と解説文が掲示されている。

 入園前、モンスターは客に牙を向けて荒々しく威嚇でもするのかと期待していたが、今のところ、そういう場面はない。だが、現実の動物園のように寝転がってあくびをするだけということでもない。

 ここから出してくれとでも懇願しているのか、誰かが通りがかるたびに吠えている。

 が、媚びているような声音こわねに感じてしまい、彼らを封印して本当に戦力になるのか疑問になってきた。


 ところで、ここのモンスターの姿と名前を視認すると、ウィンドウ内の『モンスターリスト』に詳細が表示されるようになる。

 冒険前にできるだけモンスターを見ておき、なるだけモンスターリストを充実させたい。訪れている他のプレイヤーもほとんどがそう思っていて、俺と同じようにあちこち見歩いている。

 だが、全くスキルを発動させないモンスターしかいないとあっては、封印する個体は、完全に各人の好みや直感に委ねられそうだった。


「こいつ強そうだぞ」

「飛べる奴のほうがいいって」


 男性プレイヤーたちのモンスター評を聞き流し、散策するが、今のところピンとくるモンスターがいない。

 とはいえ、30分近くも見回っていると、プレイヤーたちの人気傾向はわかってくる。

 男子には肉食獣や爬虫類系、いわゆるカッコイイ強そう系の人気が高い。女子には犬や猫、その他カワイイ系が人気だ。また、鳥モンスターの檻には男女ともかなり集まっていた。


「どうせなら人と違うのを封印したいな」


 そう考えてしまうのは、自分は特別だと思いたいからだろうか。こういう気質は小さい頃から変わっていない気がする。


 そんな思考に埋没しそうになる。だが不意に、それが妨げられた。

 10メートルほど先、モンスターを今まさに封印している女子に注意を奪われた。

 長身痩躯。褐色肌の黒髪娘。

 俺よりわずかに低いだけの170センチ近い長身を、さらにすらりと伸ばす立ち姿。サバンナのインパラのような、華奢さと、華奢さに相反するように秘めた躍動感。それでいて猫のような柔軟さも感じる。

 同い年くらいか、あるいは1、2歳年下くらいの女子が、長い腕を伸ばし封獣札を向けていた。光の粒子がカードに吸い込まれ、封印が完了した。どんなモンスターを封印したかはわからない。


「何?」

「えっ、あ……いや」

「じゃ」


 見られていたことに気付いた女子が背を向けて離れていった。

 所々跳ねた長い黒髪に、日焼けしたような色の肌。旅装は初期色のカーキ。飾り気の無さを表すように、数秒間だけこちらを向いた瞳は、まるで湖面のような静けさを抱いていた。


「片手斧と円盾か……女子にしては珍しい。――っ、名前、見損ねた」


 去っていく彼女の武器を見ていて、プレイヤーカーソルの表示切替を忘れた。装備までも独特な雰囲気の女子に完全に意識を奪われてしまった。


「ん……ここは湿地、いや泥沼エリアか?」


 女子がいた鉄柵の向こうには、黒い泥濘ぬかるみが広がっている。

 一見すると、遠くのさぎのようなモンスターしか見つからない。だが、掲示を見ると、《陸鯰オカナマズ》、《泥蛙ドロガエル》などと書かれている。

 目を凝らすと、確かに泥に紛れてそれららしきモンスターがいた。


「なんていうか、地味なエリアだな」


 そう思って興味を失いそうになる時だった。すぐ手前の泥の中、石かオブジェかと思っていた物が動いたような気がした。

 目を凝らすと、またモゾモゾと動いた。掲示を確認すると、それらしきモンスターが一種類いる。


「《泥巻貝ドロマキガイ》。こいつはタニシかな?」


 どのモンスターも一抱えもするようなサイズだが、泥巻貝もモチーフの貝類と比べると巨大だ。光沢の無い黒い殻をゆっくりと揺らして移動しているらしい。


 しばらく観察していると、頭に別の映像が浮かんだ。

 先ほどの女子の姿だ。わからない。どうしてか、あの子の湖面のような瞳が思い起こされた。

 戸惑いの目を改めて泥巻貝に向ける。


「……何かの縁かな。おまえ、行くか?」


 この泥巻貝に対しての縁か、あの女子もここで封印していた縁か、自分でもわからない。しかし、どうしてかこのモンスターにピンときた。

 物事の始まりは直感だ。

 正封獣札を実体化させると、あの女子のように表面おもてめんを泥巻貝に向けた。

 ターゲットカーソルが黒い貝殻を捉える。

 途端に対象が光の粒子となり、ゆっくりとカードに取り込まれていく。


 光が収まると、泥巻貝の絵柄がカードに描かれ、スキルとレベルが書かれていた。


「『属性付与【泥】』、スキルレベル1/10。近接武器に【泥】属性を付与する、か」


 * * *


 また園内を回り、そしてようやく終えた。

 出口へ向かっていた時だった。


「ヒヨコマメく~~ん!」


 左のほうから聞き覚えの無い甲高い声が飛んできて、振り向いた。

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