第3話 陽華京2 陽巫女

 数秒の暗転の後、俺が立っていたのは陽華宮ようかきゅう内と思しき廊下だった。

 先導する役人NPCに大広間に通されると、そこはなんと玉座の間のようで、赤い宝石をちりばめた玉座が奥にあった。その玉座から離れた位置でひざまずくよう促された。

 床は赤茶色の板張りだ。しかし上目を向けても、長い板の継ぎ目が見えず、一体何メートルの大木を使ったのか気になってしまう。


 その姿勢のまま10秒ほど経つと、上座側から静かな足音と衣擦れの音が聞こえてきた。やがて止まると、広間に涼やかな声が響く。


旅匠りょしょうの民ヒヨコマメ殿、おもてを上げてください。ようこそ陽華城へ。わたくしは第二姫のルイシャン。当代の陽巫女ようみこです」


 顔を上げると、声の主は艶やかな長い黒髪の少女だった。空の玉座の隣に立っている。赤の衣――漢服というのだろうか?――は鮮烈な印象で、あちこちに金糸の刺繡がなされている。

 そして、彼女の隣には黒装束の女が控える。こちらは足音がしなかったが、護衛だろうか。


 ルイシャンが名乗り終えると、彼女の頭上に浮かんでいたNPCカーソルの脇に『陽巫女ルイシャン』の文字が現れた。

 俺は記憶の中から『旅匠の民』という単語をすくい出す。プレイヤーは、『旅匠の民』という異邦人となり、大陸横断を目指す設定だった。


「お呼び立てしたのは他でもありません。悲願であるヴィルベット皇国へ向かう通行路開拓のことです。かの国をご存知ですか?」

「はい。ぞ、ぞ、存じています」


 使い慣れない言葉を使おうとしたせいで噛んでしまった。ここが他にプレイヤーのいない俺専用のインスタンスエリアでよかった。周りは役人NPCたちだけで、笑い声は起きなかった。もっとも彼らは姫様の客の前で笑えるはずもないだろうが。


「かの国は、このアジェルダ大陸の西端に位置するかつての友好国。ですが御存じの通り、百年以上も前に大地神龍様のお怒りによって大陸中が分断されてしまいました。今では陸路はおろか、海路すら、かの国とは通じておりません」


 この辺りの設定はPVで見た。大陸中の激しい地殻変動で、土地が隆起した所は巨大な崖ができ、別の所では、剣山のように尖った山脈や橋を掛けられないほど広い谷が生まれていた。海も、海面を割るほどの規模で段差ができ、大滝のようになってしまっていた。


「我が国はかつて兵士を幾度も派遣しましたが、幾人も旅の半ばで命を失い……。ついには派遣を断念し、かの国への通行路は未だに見つからないままでした……」


 ルイシャンは、過去の兵士を想ってなのか目を伏せた。

 それはお気の毒に、などと言える雰囲気であるはずもなく、同調してこちらも顔を伏せる。


「つい先日でした、旅匠の民の一団がこの都近くに来ていると聞いたのは」


 不意に彼女がトンッと音を立てて一歩踏み出した。驚いて俺は顔を上げた。


「遥か東方の島国から来られたヒヨコマメ殿。未踏の地を征く冒険者の末裔よ。私たちに力を貸してください。私たちは何としても、勇敢だった英霊たちの墓前に吉報をそなえたいのです」


 ルイシャンが華奢そうな体を曲げて深くお辞儀をした。ならって役人たちも一斉に頭を下げてきた。護衛女の氷のような鋭い視線だけが、俺をじっと見つめている。

 とても断れる雰囲気ではない。もっとも断るつもりもないが。


「は、ははあぁ」


 俺もお辞儀を返した。


 * * *


「ヒヨコマメ殿、何か質問などございますか?」


 ルイシャンに聞かれ、少し考えた。気になることは主に3つある。


 1つ目は、旅に先立って何をもらえるのか。

 金は当然必要だし、他にも何かアイテムはもらえるだろうか。


 2つ目は、当面の目的地。

 広大な大陸を移動するにも、中継地点の候補は必要だろう。


 残る3つ目は、陽巫女とは何か。

 事前情報では明かされていなかったと思う。彼女は帝室の一員という属性の他に、わざわざ名乗っていた。無意味な役職とは思えない。


 この手のRPGではNPCの好感度も今後に影響することがある。あまり不躾なことは聞けない。となると――。


「旅にあたって、当面の目的地はありませんか?」

「そうですね……こちらの5箇所はいかがでしょう」


 ルイシャンが1人の役人に目を向けると、彼は紙を持って俺の元にやって来た。この世界観にしては上質そうな紙で描かれていたのは地図だ。

 陽華京周辺を描いた地図だ。どうやら都の東には海、南には川があるようだ。


 ルイシャンもゆっくり寄ってきて、地図の5点を順に指差した。彼女から花のような香りが漂い、思わず思考が止まりそうになった。

 彼女が指したのはここから見て北、北西、西、南西、南の5箇所。


「あの、理由を聞いていいですか?」

「もちろんです。それらの地には『巫女』がいるからです」

「巫女?」

「はい。陽ノ国の東には、わたくしを含めて6人の巫女がおります」

「巫女、様とはいったいどんな……?」

「ああ、失礼しました。そうですね……占いを用いて、まつりごとや祭事を補助する者、といったところでしょうか。ああ、旅をされる方に対しては別の役割もありますね」


 ルイシャンの持って回った言い方に俺は首を傾げた。

 それを見たのか、彼女ははにかんだ。まるで椿つばきの花のようなあでやかさだ。大学にこんな女子がいたら男子が放っておかないだろうなと思ってしまうと、少し空しくなった。


「ヒヨコマメ殿、てのひらを上に向けてもらってよろしいですか」

「はい」


 言われた通りにすると、ルイシャンは自分の両手を祈りの形で組んだ。そして何事かを短く呟くと、彼女の体を青く優しい光が包む。

 その光が粒となって俺の体に入ってくる。

 驚くが、気付くと、上に向けていた右手の上に1枚のカードが現れていた。


「巫女が旅人の魂に働きかけることで生まれる封獣札ふうじゅうさつです。魔獣を封印することで、その魔獣の力を使えるようになり、さらに旅人の力を強めることができます」


 彼女が言い終わると、目の前に説明画面が表示された。彼女の説明を補足するようにカードの使い方が示された。


 モンスターを倒した時にこのカードを使うことで、そのモンスターのスキルがで手に入り、その後プレイヤースキルとして使用できる。そして、封印の際にステータスアップポイントが溜まり、各自の好みにステータスを強化できる。

 しかし、カードは使いきりだ。他の能力を使いたいならば、別のカードを手に入れるしかない。


 ちなみに、今もらったカードは正式には『正封獣札』というようで、赤茶色をしている。他に『準封獣札』というベージュ色のカードもあるようだ。

 プレイヤースキルとしてセットできるのは封獣札の枚数までで、準封獣札のスキルを使いたい場合は正のほうと入れ替えるしかないようだ。

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