第2話 陽華京1 陽華京へ
初のフルダイブ機能対応のゲームがアメリカで発売されて、すでに十数年。
各国が競い合うようにフルダイブ技術を発展させ、ゲームのみならず、医療、軍事、他にも様々な産業に浸透し、各分野に最適化されてきた。
その流れの中で、3年前に専用端末とともに販売されたのが、《時間加速》技術対応のフルダイブ型VRMMO。
すでに人々は、自分の部屋で、あるいはレンタル個室で、フルダイブVRによる空間からの解放を謳歌していた。そこへ、時間の流れからさえも限定的とはいえ解放される技術が登場したのだ。
しかし《時間加速》は諸手を挙げて歓迎されたわけではなかった。
普及直後、《時間加速》を体験したユーザーの一部が心身に異常を覚えたのだ。
原因は「長期間、現実とかけ離れたアバターとして過ごしていた」こと。
加速期間中、脳はアバターの体に徐々に適応し、データ上の体を動かす。しかし現実では、本物の質量を持った体を動かさないといけない。
通常のフルダイブでは、現実と体格の異なるアバターを使用してもせいぜい一度に数時間。だが、《時間加速》の中ではそれが数週間にも数ヶ月にも渡る。
検証の結果、現実と異なるアバターでの加速期間が長いと、現実に戻った時、別人の体を動かす感覚になるとのことだった。
本来繊細である身体は疲弊し、多くのユーザーが頭痛や酷い筋肉の痙攣といった諸症状を起こすようになってしまったのだ。
対応策として、《時間加速》対応のVRゲームは、現実の体に限りなく近いアバターを使用しなければならなくなった。身長、体格はもとより、顔さえも現実とそっくりなアバターで遊ぶことになったのだ。
変身願望を表現するはずのアバターだが、一転、現実の自分をゲーム空間で剥き出しにしないといけなくなる。
それを忌避するユーザーは従来型のフルダイブVRから移って来なかった。
* * *
「なかなか精悍な顔つきだな、ヒヨコマメ」
NPCの御者である中年男が、荷台に乗る俺に声を掛けてきた。
アカウント作成を終え、出発地を大陸東方に決めると、場面は変わり、馬一頭の荷馬車に乗っていた。水を張って田植えを待つ田園の中を進んでいる。
空は晴れ、彼方には霞んだ山々。
馬がパカリパカリと歩き、車輪が
「そんなこと初めて言われました」
嫌味か、と言いたくなるのを押さえ、顔をしかめて返すと、御者は何が面白かったのか一人で大笑いをした。
生まれて20年、自分自身では不細工ではないと思っているが、かと言って顔が整っているわけでもないとちゃんと自覚している。誕生したアバターも平々凡々な顔つきになっているはずだ。
御者の笑い声が終わらないうちに、目の前のウィンドウに向き直り、選択途中の武器画面を眺める。
どうやらこの馬車移動中に武器と服装(旅装と鎧)、毛髪と肌の色を設定するようだった。
「武器は『
大学内定が決まった直後に買った従来型フルダイブVRMMORPGの名前を出した。そちらは中世ヨーロッパ風の三国志といった群雄割拠の世界観で、ダンジョン攻略や攻城戦をメインにしていた。
武器の種類がその作品に近いが、こちらはかなり和風や中華風にアレンジされているようだ。選択欄には剣や槍、弓があって、銃器や魔法の杖はない。
「また同じで行くか、変えるか……」
武器種を一通り見比べる。だが、TKWで愛用した種類のものにどうしても目が止まる。
プレイヤー名と同じく、その武器種も馴染みのあるものだ。馴染みばかりでは冒険心が足りていないか。しかし、身の回りだけは愛着が持てそうなものにしていたいというのが本心だった。
「
決定した武器の名前を口に出した。覚えたほうが、今後しばらくの相棒に愛着が湧くだろう。
メイン武器は武骨な鉈、サブ武器は変形武器である盾鋏。どちらも青光りしている。
鉈は左腰に納刀され、盾鋏は収納状態では盾となって左腕に装着された。
何度か抜刀と変形を繰り返す。両方ともリーチでは物足りないが、これまでの慣れもあって早くも手に馴染みつつある。
次は『鎧』だ。鎧は戦闘時のみに使用するようで、移動では『旅装』を着るらしい。
「軽装、中装、重装……中装、と」
鎧は3種類。
それぞれ敏捷型、バランス型、耐久型の傾向があるが、俺はバランス重視の中装鎧を選んだ。
旅装は5種類だ。
マントのような『外套①』はまだ残っている中二ゴコロを刺激するし、ポンチョのような『外套②』はユニークだ。
「うぅむ」
結局ポケットの多い『ジャケット②』タイプにした。便利そうだ。
ちなみにどの旅装でもステータス的な変化はない。
最後に、鎧と旅装、髪の毛は着色することにした。
少し悩んだ末、装備の色も髪色もTKWと似た感じにした。あのゲームは大型アップデートこそ無くなったが、長く遊ばせてもらって、今でもたまにだがログインする。
髪は黒髪ベースで毛先は白く、旅装も鎧も白黒ベースで所々グレーのモノトーンに。かつて同じパーティのメンバーに名付けられた「パンダカラー」だ。
あのゲームの知り合いユーザーに万が一出会ったら気付かれるかもしれないが、どうなることか。
「ヒヨコマメ、おい。
一通り設定を終えてウィンドウを閉じると、御者が前方に腕を振り、自慢げな視線をこちらに向けてきた。
示される方向に目を向けると、遠くに街があった。さらに目を凝らすと、奥に城壁とその上に立つ無数の旗が見える。鮮やかな深紅の旗が、晩春らしい田園風景の中でなびいている。
「あれが陽華京……」
「お前の島国にも噂が届いているか」
「島国……。はい」
「あの大きな水堀が見えるか? 水の都、朱の都、陽巫女の加護地……いろいろな呼び名があるが、国の
日本出身という意味か、ゲーム内の設定で島国出身という意味か尋ねる前に、御者が都を称え始めた。俺も深く追求せず、同じく都を遠望する。
ホームページやPR動画で何度も見た東の出発地。それが陽ノ国の首都である陽華京だ。
ここから見えているのは、都外の街とおそらく外周側の城壁だ。事前情報通りならば、あの城壁の中は、碁盤目状に区画分けされた中華風の都市が広がっているのだろう。そして都市の中央には、帝が住む
俺は感慨深く眺めてからウィンドウを開き、カメラモードにすると、揺れる馬車に立って撮影した。
城壁の外の街に近づくと、街を守る兵士がこちらに手を振ってくる。控えめに振り返したが、照れ臭くなって座り込んだ。
そして、あと数分進めば街へ達するという時に、道の先、水堀の向こう、城壁中央の門が見えてきた。
「あれはどっちの門です?」
「ああ、東の大門だ」
「陽華宮は都の真ん中ですよね? 東側はどんなお店が多いんですか?」
「東……というより、北東の一帯には鍛冶屋や道具屋が多いな。南東は兵士や市民の住宅地だな、そこには食堂も多い」
北東、南東という普段使いしない言葉を頭の中で転がし、ホームページ上の俯瞰図で見た都と一致させるのにやや時間を要した。
「他のエリアは?」
「南西は市場や薬屋、交易所。北西は『
「獣の園?」
「帝室が集めた魔獣たちを見せてくれるんだとよ。入園には金を取るぞ、1000
確かに画像では広い庭園のようなエリアがあった。モンスターの展示エリアだったのか。
旅の前にモンスター情報を充実させるためには必要経費のようだが、初期の所持金が分からない以上、1000Aは高いのか安いのか判断しかねる。
「ま、俺が行くのは陽華宮の手前までの約束だから、後は自分で探検してみてくれ」
御者はそう言い、数秒ほどの後【陽華宮内へ進みます】とのメッセージが表示された。
視界が暗転した。
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