アジェルダ・シルクロード ~VRMMOで歩む7,500キロの旅路~

大鳥居まう

序章 発売日(イベント開始1日前)

第1話 アカウント作成

『歩め、大陸横断7,500キロの旅路』

 これはフルダイブ型VRMMORPG『アジェルダ・シルクロード』の売り文句の一つだ。


 俺がこの言葉を初めて聞いて最初に思ったのは、「短いな」だった。


 祖父や曽祖父の時代のガソリン自動車ですら10万キロをゆうに超えて走ることができたと聞いていたからだ。だが冷静に考えるまでもなく、それは燃料切れになるまで不休で疾走する自動車の話だ。

 

 そこで調べたところ、7,500キロという距離は、中国の北京からヨーロッパのチェコはプラハまでの距離に近いという。ユーラシア大陸の東端から西端までの距離にはまだまだ及ばないが、日本海から大西洋へ抜けるルートでは横断に王手を掛けるという距離なのだ。


 その距離を

 日中30キロ歩けば、250日で到着できる。

 だが、休日を入れなければ長くは続かないだろうし、そもそも30キロもトラブルなく歩けるものだろうか。

 何より、そんな途方もないプレイ時間を従来型フルダイブVRで行おうとすれば、半日プレイしたとして何年もかかってしまう。

 しかし、『アジェルダ・シルクロード』は日本でもまだ数少ない《時間加速》対応型ゲーム。ならば、現実での数時間でゲーム内の1年をまかなうことだって可能だ。


 旅。大陸横断。

 そういう言葉に惹かれたユーザーが、発売当日次々にログインし始めた。


 * * *


【「アジェルダ・シルクロード」《アカウント01》を作成します】 


 発売日当日の金曜、コンビニで買った夕食をさっさと終えると、部屋に鎮座する《時間加速》対応型の椅子型端末に腰掛けた。発売日の翌日にいきなりの大型イベントが始まる。事前準備をするのは当然だろう。

 右のひじ掛けにあるリーダーにゲームディスクを挿入すると、緑色の明滅が始まる。

 やがて椅子に沈んだ体から力が抜けていくと、脳内に甲高い機械音が響いた。


「うぇえ」

 

 フルダイブ型ゲームにおいて、アカウント作成時、暗闇の中で浮遊するような心地悪さは毎回のことだが、やはり慣れない。

 俺は右腕を軽く振ろうとした。しかし、幽体にでもなっているかのように重さを感じられなかった。


【アバターを作成します。本作品は《時間加速》対応であるため、アバターはユーザー本人の外見に近い姿となります。あらかじめご了承ください】


 了解、と答えてみたかったが、アバター決定前の幽体では声を発せなかった。


 《時間加速》――わずか3年前に一般普及した、量子サーバーの超高速処理によって可能になった技術だ。

 ダイブ中の体感時間をそのままに、プレイヤーの思考さえも巻き込んで超速の情報処理を行う。すると、現実時間に比してゲーム内時間が早く流れることになる。

 加速率を変えることで、現実でのたった数分がゲーム内では数時間にも数日にもなるのだ。


【身体感覚をスキャンします。体を動かさないでください】


 力を抜いて闇に漂うと、幽体のはずの体がピリピリと電流が走る感触を覚える。

 直後、解読できない文字列が流れていく。体の各部の長さや重さか、あるいはもっと詳細な情報か――とにかく脳細胞と体内電流から膨大なデータが吸い取られていく。

 

 数分の後、文字の羅列が止まると、幽体が実体をもっていく。アバターの基礎設定が終わったようだ。


「あ、あ、あ……あ、い、う、え、お」


 声を出し、再現具合を確認する。喉にも自分の声にも違和感を感じない。

 四肢や肌の感触も、現在自室で椅子型端末に座っている自分のものに限りなく近い。


【プレイヤー名を設定してください】


 手元にキーボードウィンドウが現れると、俺はしばらく考え、結局中学の頃から使っている馴染んだ名前を打ち込んだ。


「ヒ、ヨ、コ、マ、メ――決定」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る