02



 鉄道や馬車を使って、数日かけて故郷へ移動した。

 

 旅の荷物をひっぱりながら、実家の屋敷の前に立ったが、あまり感慨はわかなかった。


 気は、重くなるばかりだ。


 途中まで一緒だった眼鏡君とは方向が違うから、少し前に別れた。


 ここ数日はずっと、彼と一緒にいたから少しだけ心細い。


 けれど、ずっと玄関の前で立ち尽くしている事はしたくなかったので、意を決してドアベルを鳴らした。


 せめて、自分の意思で踏みだしたい。


 すると、見た目の良い男性の使用人が対応に出てきた。


 家族の顔は見かけない。やはり、妹の事なんてどうでも良いのかもしれない。


 自分の部屋に案内されると思いきや、そのまま連れていかれたのは応接間だった。


 それならせめて、荷物を部屋に置いてほしいと言ったのだが、聞いてはもらえなかった。


 後は、そのまま放置。


 小一時間くらい待たされた後、やっとお父様とお母様がやってきた。


「久しぶりだな」

「もう帰ってこなくてもよかったのに」


 久しぶりに会うというのに、最初の言葉はそんなものだった。


 私が長年固執していたのが、こんな人物達だったとは。

 どうしてこんな人たちのいる場所に執着していたのだろう。


 自分の人生を無駄にしてしまったようなきがした。

 これからはそうしたくはない。


 現実を再認識させられて、過去の辛い思いが蘇ってきたが、ぐっとこらえる。


「それで、一体なんのようだ?」

「くだらない事じゃないでしょうね。わざわざ貴方の為に時間を割いてあげているのだから、そうだったら承知しないわよ」


 彼らは面倒そうな顔を隠しもしない。

 一応手紙で、帰省の理由について書いて先に送ったのだが、読んではいないのだろうか。


 私は、煩わしさを隠しもしない二人に向けて口を開いた。


「実は学校でコンクールがあって」


 しかし、最後まで聞かせると、彼等は信じられないといった顔をした。


「王女様に声をかけられただと? 嘘をいうな。お前にそんな才能があるわけない」

「そうよ。何のとりえもない貴方が、王女様から声をかけてもらえるなんて、あるわけがないわ」


 二人はずっとそんな言葉を繰り返すばかり。


 私のいう事は全てうそだと、そう決めつけていた。


 信じる気持ちは微塵も感じられない。


「どうがんばっても姉みたいになれないお前がすねて遠くへ逃げた時は、これで顔を見ずにすむと思ったら」

「そんな嘘をついてまで私達にかまって欲しいのかしら。いやねぇ、早く自立してちょうだいな」


 彼らは今も姉の事しか考えていないのだろう。


 私は拳を握りしめた。

 そこでもう、これ以上彼らの言葉なんて聞く必要はないと分かってしまった。


 私は立ち上がって、荷物を手にした。


「分かりました、これまでありがとうございました。お父様、お母様、もう貴方達の前には姿を見せないので安心してください」

「そんな事いって、また迷惑をかけにくるんだろう」

「もう、本当にここに戻ってこないというのなら、嬉しいけれどね」


 私は何も言わずに、その部屋から出ていく。

 部屋の中からは彼らの声が聞こえて来たけれど、極力耳に入れないようにした。


「それにしても、一体何の用でもどってきたんだろうな」

「どうせお金がほしいとか、学校で起きた問題を解決してほしとかそんなつまらない事でしょう? 変に意地をはっちゃって」


 自分の部屋による気力なんてない。


 それにあの部屋にもどって、姉とはちあわせたくはなかった。





 散々な帰郷だ。


 もうこの地に用はなくなった。


 なので、すぐに帰りたかったが、生憎と夜に移動する馬車を捕まえられなかった。


 だから、こういった行動に出るのは仕方がなかったのだ。

 恥ずかしい事だけれど、彼に頼るしかなかった。


 数時間後。私は友人の扉を叩くことになった。


「ふぅん、だから僕の所にきたと?」

「迷惑なら、宿を探すわ」

「別に嫌だとはいってないじゃん。ただ意外だなって思っただけだよ。君が来てくれた事自体は助かるからさ」

「助かる?」

「いや、ちょっとね」


 眼鏡君の屋敷に尋ねたら、玄関前で話しているところに小さな子供達が駆けつけてきた。


「おにーさま、その人がうわさの人なの?」

「おにーちゃんのお嫁さんだぁ!」

「わーっ、きれいー」


 おそらく眼鏡君の兄弟なのだろう。


 好奇心を隠さない彼らは、私の周りを囲んでしげしげと眺めたり、服の裾を引っ張ったりしてきた。


「えっと、この子達は?」

「見て分かるでしょ。僕の弟とか妹、君の話をしたら興味もっちゃってさ、だから今日家に泊まっていくなら、かまってあげてくれない?」

「それくらいならいいけど」


 どうやら彼は、家族に向けて学校での出来事を話す時に、私の事も色々と話したらしい。

 それで、彼の兄弟たちが「私の顔をみたい」とか「話してみたい」とか言っていたようだ。


 そんな時に私が顔をだしたものだから、いろいろと盛り上がってしまっているのだろう。


 こちらとしては人の家に世話になるのだから、それくらいの子守りなら喜んでひきうけるのだが。


「それで、君のご両親どうだった? まあ、聞かなくてもなんだか分かっちゃうけど」

「信じてもらえなかったわ」

「だろうね。もう自分で決めちゃいなよ」

「そうよね。昔の私、けっこう馬鹿だったって思うわ」

「元気だしなって」


 背中を軽くたたかれて、家の中に迎え入れられる。

 すると、すぐに彼の両親が出迎えに来てくれた。


 それからは彼の家族と話をしながら夕食をごちそうになったり、兄弟たちの遊び相手をしたりした。


 他人の家なのに、自分の家よりなぜか温かく感じた。







 学校に戻った私は、すぐに王女様へ手紙を書いた。


 返事はもちろん、スカウトに応じるといったものだ。


 それを眼鏡君に報告すれば、じゃっかんドヤる。


「いやぁ、普段から情報には気をつけておくもんだよね。王女様の趣味とか行動とか、どんな事が役に立つか分からないんだからさ」


 やはり彼は、あの一件を事前に予測していたようだ。


「そういえば、貴方も声をかけられてたわね。貴方はどうしたの? もう返事はしたの?」

「うん、君と同じ内容だよ。ま、その際にちょっと内容を盛ったけど」

「えっ?」

「何でもない、卒業後が楽しみだね」

「ええ、そうね」


 彼が含み笑いした理由は分からなかったけれど、何となく色々な事が上手くいきそうな気がした。


 今後実家に関わる事はない。


 私はもう、姉の存在を気にする必要はないのだから。








 それから、数年かけて全てを学んだ私達は卒業。


 王宮で働くことになった。


 楽団の一員として仕事をするのは大変な事だったけれど、同僚達は気のいい者達ばかりだったから不便はあまりしなかった。


 そんな中、私は思わぬ再会を果たす。


「お姉さま?」


 なんと姉がいたのだ。


 なぜか下働きとして。


 床を磨いていた。


「どうして私がこんな事に。王宮でいい仕事があるっていったじゃないの。騙したわね」

「お姉さま、あの」

「っ!」


 けれど、姉は気まずそうな顔をして、私を無視して去っていく。


 その隣には、いつか実家に帰った時に私を案内した使用人の男性もいた。


 一体どういう事だろう。


 私はその日あった事を、眼鏡君に話した。


 仕事終わりに、王宮の庭園で一緒の時間を過ごすのが、日課になっていたからだ。


 その日も、眼鏡君と二人で改善点や失敗について話す予定だった


 けれど、昼間の事が気になったから。


「君のお姉さんが? ふぅん、王女様やるね」

「何か心あたりあるの?」

「ま、一応ね。あの王女様、君の事気に入ってたみたいだから、色々と教えてあげたんだよ。手紙で返事をする時に。君がいかに努力して、過酷な状況を乗り越えて来たか、って」

「ちょっと、変な事書いてないわよね?」

「大丈夫大丈夫。嘘は書いてないから。とにかくそういうわけだから、何かしらやるんじゃないかと思ったけど」

「貴方って、悪賢い手をつかうの得意ね」

「勝利に貪欲だっていってほしいかな」


 にこやかに笑う彼はとても腹黒い人だと思う。


 だって「王女様が行動しなかったら、適当な理由で君の家族を釣って王宮で失礼な事してもらおうと思ってたけど。手間が省けて良かったよ」と続けるのだから。


「君は気づいていないみたいだけど、どこかの下働きの女の子が楽団を毎日見に来ていたらしいよ。遠すぎて顔は見えなかったようだけど。いやぁ、いい気味だね!」

「良い性格してるわね」

「君だって、ちょっとすっとしてるだろう?」

「ええ、まあ正直ね」


 ずっと姉と比べられて蔑ろにされてきた。


 けれど、今は私の方が多くの人に必要とされている。


 自分の手でつかみ取ったこの結果が嬉しかった。


 口元に自然に笑みが浮かんできた。


 そういえば、こうして笑うのはずいぶん久しぶりな気がする。


 なんだか、ずっとこの胸をふさいでいた物が、消えてなくなってしまったみたいだ。


 遠くに視線を向けると、先輩らしい人に怒られている女性が見えた。


 下働きらしいその女性は、何か反論しているけれど、相手に聞いてもらえていないみたいだ。


 そのまま、先輩について行く彼女だが、こちらを一度だけ見て睨みつけていった。


「今度、あのお姉さんをコンサートに招待してやろうよ」

「ううん、もういいわ」

「えっ、どうして? もう、いいの?」

「だって、もう私勝ったでしょう? これ以上余計な事に時間を使いたくないもの。私はもう大丈夫だから」

「欲がないな。まあ、君がいいっていうなら、いいけどさ」


 だって、やる事はいっぱいある。

 どうせ、遠からず自滅してしまう姉の事を考えるより、楽しい事を考えて前を向いていたほうがいいのだ。


 私の人生を生きる為に、負けていた頃のことはもう忘れよう。


 もう私には、家族なんていない。


 これからは、ずっと姉のいない世界をいきるのだから。




 その後、姉は仕事場で何かをやらかしたようだ。

 見た目の良い男性と共に、王宮から去っていった。


 去る前に一度だけ、楽団の男性(見た目が良い)に話しかけているのを見かけたが、相手にされていなくて真っ赤になっていたのを覚えている。


 その当人からは「いや、だってな。お前達が散々困らされた人間だって言うじゃないか、いくら見た目が美女だったって釣られやしないさ。それより、あんたらは付き合わないのか。お似合いだと思うんだけどな」そんな余計なおせっかいを追加で焼かれてしまったが。


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いつも姉と比較されて敵わないでいた少女が、自分の人生を生きられるようになるまでの話 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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