いつも姉と比較されて敵わないでいた少女が、自分の人生を生きられるようになるまでの話

仲仁へび(旧:離久)

01



 私が好きになった人は、いつも姉に奪われてしまう。

 私よりも綺麗で、頭の良い姉に夢中になってしまうのだ。


「姉の方がキレイだね」

「お姉さんは君よりうんと頭がいい」


 私と姉を横に並べると、その差は一目瞭然。

 誰もが姉の存在に、目がくぎ付けになる。


 私は、それが悔しかったから。たくさん努力をした。

 けれど、必ず努力に結果が付いてくるわけではないと言うのを知って諦めたのだ。


 どうせ、何をやっても無駄なのだ。


 けれど、通っている学校の校舎裏で、根暗な顔して愚痴をこぼしていたら声をかけられた。


「ふぅん、本当にそう思ってる?」


 眼鏡をかけた男子生徒が、興味深そうにこちらを見ていたのだ。






 人の話を盗み聞きした後、「お姉さんに取られてばっかりでくやしくないの?」とずけずけと無遠慮な質問を繰り出してきた男子生徒。


 クラスメイトに確かこんな男の子がいたような気がする。


 うろ覚えだけれど、地味で目立たない男子生徒達のグループの中に、こんな顔が。


 眼鏡君は、私にこう提案してきた。


「くやしいなら、もっと頑張って見返せばいいじゃん」

「私が悔しくないと思ってるの? 頑張らなかったとでも? 勝手な事言わないで」


 それでそのまま喧嘩になった。


 けれど、喧嘩していると思っていたのは私だけのようで、相手の眼鏡君はずっと涼しい顔のまま。


 私が息を切らした頃に、「気は済んだ?」と声をかけてきたので、絶句したのだった。


 この男子生徒は一体何がしたいんだろう。


 信じられない気持ちで彼の顔をじっと見つめていると「いや、同じ学校の中にずいぶんと鼻につく女がいると思ってね」と語りだす。


 聞けば彼は、私の姉の事が気に食わないようだった。


「男をはべらせて、得意げな顔しちゃってさ」と、続ける。


「それなら貴方がやり返しなさいよ」

「僕は僕で考え中だけど、どうせなら妹にやり返された方が、いい気味だって思えるじゃん」

「人を仕返しの道具にしないで」


「まあまあ」となだめる彼は、手を差し出してきた。


 何のつもりか分からないと言った顔をすれば「あれ? まだその段階じゃない?」と小首をかしげられる。


「まあいいよ。気長に待つけど、同じ仕返ししたい同盟の人間として、決心した時はいつでも声をかけて」


 彼はそんな事を最後に言ってその場に去っていった。


 そんな妙な同盟に入った覚えはない。


 最初から最後まで、変な男性だった。








 同盟とやらに入った覚えはないのに、それからもことごとくその眼鏡君は話しかけてきた。


「ねぇ、今なに考えてるの」

「不機嫌そうな顔してるね」

「お姉さんにやり返す気にならないの?」


 そういう時は、決まって私が姉の近くにいる時だ。


 私が姉を見ていると、どこからともなくあの眼鏡君が現れて私に話しかけてくる。


 私に話しかけるより、他のクラスメイトに話しかけた方がよっぽど有意義だと思うのに。


「そうやって自分の価値を下げるのはよくないなぁ。君にだっていいところはたくさんあるのに」

「お世辞はけっこうよ」


 視線の先では、かつての友人が、男友達が、初恋の男性が。


 私が好きになった人たちが、姉と楽しそうに談笑している。


「ずっと友達だよ」とか「一緒にいて楽しい」とか「大人になったら結婚しよう」とか言っていた人たちが。


 そんな私の横で眼鏡君が「やれやれ」と肩をすくめる。


 最近の光景としては。


 姉がいる。

 視線を向ける。

 すると眼鏡君がよってくる。


 というのが、日常になってしまった。






 私だって、はじめから何もかも諦めていたわけじゃない。


 まだ何も知らなかった子供の頃は、姉に勝とうと真面目に努力していた頃がある。


 特に芸術分野に関しては、私の方が上だったから。


 一生懸命腕を磨いたのだ。


 完璧超人に見える姉でも、歌を歌えば音痴だし、道を歩けば方向音痴だし、絵を描くとセンスが壊滅的なので、その分野で越してやろうと、そう思っていたのだ。


 けれど、無駄だった。


 音楽のコンクールで、絵画の展覧会で良い賞をもらっても、姉に向いた人々の目をそらす事はできなかった。


 ふーん。

 すごいね。

 でも、だから?


 良くても、そんな感想で止まってしまう。


 私の長所は人に利益をもたらさない。


 私の周囲にいる人間は誰も音楽をもとめていなかったし、美術を愛でる必要性を感じていなかったのだ。


 滑稽だった。







 私の日常は、眼鏡君が出現するようになった以上の変わりはない。


 学校生活はそのまま進んでいって、進路を考える時期になった。


 すると、眼鏡君にあるパンフレットを渡された。


 それは、遠くの地にある芸術学校のパンフレットだ。


「私に逃げろというの?」

「抗ってもいないんだから、逃げた方がマシじゃないの? 自分をみてくれない人間の近くにいて何が楽しいのさ」

「逃げたら、負け犬になってしまうじゃない。敗北者になるのは決定よ。でも、逃げなければいつか、何か変わるかもしれない」

「何も変わらないよ。偶然に頼っていたってしょうがない。一度負けたって、最後に勝てればいいじゃないか」

「分かったような事を言わないで。私はもう一度だって負けたくないのよ。次に負けたら、きっともう」


 負けたら、耐えられない。

 この現実に。


 私の心が折れてしまう。

 そう感じていた。


 だから、こんなどうしようもない環境から逃げられずにいた。

 逃げられずにいた。


 勝負はできないけれど、せめて耐える事を頑張っているんだって、そう思い続けて入れば、まだこの心を保てているのに。


 すると、彼は私をまっすぐ見つめて、声をかけてきた。


「だったら、折れた時は支えるさ。だってほら、少なくともここに、君の仲間がいるじゃない?」


 私は、変な同盟に入った覚えはないのだが。


 眼鏡君が、どうしてそこまでするのか分からない。


 どうして私にこんなにもちょっかいをかけるのか。


 眼鏡君に渡された学校案内のパンフレットをじっと見つめてみる。


「一緒に行こうよ」


 彼も行くらしい。


 進路希望を決定する日まで、私はずっと悩んでいた。







 結局私は、彼に説得されてしまった。


 彼の言葉にほんの少しだけ心を動かされた私は、芸術を学べる学校へ進学する事にした。


 お金持ちのお嬢様としては、他に行くべき学校はいくらでもある。


 けれど、両親は姉にばかりかまっていて、私には何の興味も示さなかった。


 離れてみれば、どうしてあんな場所にこだわっていたのだろうと思えてくる。


 それで、遠くの学校の音楽科に入学した私は、めきめきと実力をつけていった。


 眼鏡君も、同じ科にいる。


 そして、半年もたたない頃には、学校一番の腕前になっていた。


 とはいっても、楽して実力が身についたというわけではない。


 毎日放課や授業後に練習していたからこそだろう。


 その日も、放課の時間を使って得意であるピアノの練習をしていた。


 すると、どこからともなく眼鏡君が出現。


 学校が変わっても、彼は相変わらずちょっかいをかけてくる。


 私の演奏にじっと耳を傾けていた彼は、きりの良いところで話しかけてきた。


「やっぱり子供の頃に聞いたのは、君の演奏だったんだ」

「子供の頃? 私、貴方と会った事あったの?」

「覚えていないんだ。僕としては一生ものの思い出だったんだけど」

「それは謝るけど。ぜんぜん思い出せないから、教えてくれる?」

「お互い、偶然旅行先がかぶったのかな。綺麗な湖が見える町で、散歩していたんだけど。そしたら通りかかった近くの別荘からきれいなピアノの音が聞こえてきた」


 そう言われると、確かにそんなような思いでがある。


 姉にばかりかまう両親を見て、退屈していた私は一人寂しくピアノを弾いていたのだ。


「大きな窓から見えた君は、寂しそうだった。他の家族は見向きもしないでいて。あんなに綺麗な旋律にどうして耳を傾けないんだろうって、不思議に思ったよ。僕なら放っておかないのに」

「そ、そう。でも子供の頃の腕前なんて、大した事ないわよ」

「そんな事はない。確かな才能を感じた。でも、大きくなっても君をとりまく環境は変わらないみたいだったね」

「ひょっとして、貴方それで私の姉を毛嫌いしてたの?」

「え? そうだけど」


 彼は「身近な人間の才能に気づけないくせに、他の人間とばっかり喋ってるからむかついたんだよね」と続ける。


「貴方って変な人ね。自分の事で怒ってると思ってたんだけど」

「怒ってるよ。君をないがしろにするお姉さんの態度に僕がむかついてるんだから」


 率直すぎる好意の言葉にどういう反応をしていいのか分からない。


 仲間意識のようなものは抱かれていると思っていたけれど、まさかその原因が昔の思い出にあったとは思わなくて動揺していた。


「でもまあ、それもあと少しで、ちょっとくらいはやり返せるんじゃないかな」

「どういう意味?」

「まあ、もうちょっと待ってなって。今度のコンクールで面白いものが見れると思うよ」


 私は意味深な彼の言葉に首をかしげるしかなかった。







 そして、数週間後にコンクールが開かれた。


 成績優秀者である私や眼鏡君は危なげなく参加者入り。


 練習を重ねた曲を披露して、一番の成績と二番の成績をおさめた。


 このコンクールは有名なもので、各地から様々な人間がやってくる。

 今年はこの国の王女様も来ていたようだ。


 コンクール後の会場で、眼鏡君に声をかけられる。


 正装した彼は、いつもより恰好良く見えた。


「やあ、おめでとう。一番さん」

「貴方もね、二番になったんでしょう」

「君ほどの腕前じゃないから、堂々と誇るには抵抗感があるな」


 しばらく他愛もない話をしていると、そこにかしこまった男性がやってきて私達に話しかけた。


「あなた方と王女様が話をしたいと。こちらまで来ていただけますか」


 どうやら、その王女様は私のピアノの腕前にいたく感銘をうけたらしい。


 同じ趣味を持つ者同士話をしたいと言って来た。


 王女様からの申し出を断る理由は特にない。


 なので、私達は快くそれに応じる事にした。







 王女様はずっとご機嫌だった。


 そして、卒業後に王宮の楽団にスカウトしたいと言ってきた。


 私は思わず眼鏡君の顔を見てしまう。


 まさか彼はこれを予測していたのだろうか。


 彼はちょっとドヤっとした顔をしていた。


 とりあえず私は「お気持ちは嬉しいのですが、家族に一応聞いてみない事には」と伝えた。


 王女様は、意見を無理強いする方ではなかったようだ。


「それもそうですね」とにこやかに笑い、それからは音楽についての雑談に花を咲かせた。







 思わぬ事で、実家に帰る事になってしまった。


 遠方の学校に進学した私は、学校の寮に住んでいたから、しばらくは家族の顔を見ていない。


 できれば、ずっとそのまま在学中は寮にいたかったのだが。


 今回の事はさすがに大事だから、手紙で報告するわけにもいかないため、帰郷する事になったのだ。


「じゃあ、僕もついでに帰郷しようかな。実家の貧乏暮らししている家族に顔をみせておかないと、余計な心配で手紙が増えそうだし」

「貴方の家、経済的に余裕がないの?」

「君と同じ学校に通っていたくらいだから、生活に不便はないよ。でもちょっと油断すると厳しいってところはあるね」

「そうだったの」

「だから、この学校の入学も特待生枠で入ったのさ」


 そこまで聞いて私は、彼の事をあまり知らないのだと今さら気が付いた。


 今までよく一緒にいたのに、どうしてだろう。


 いや、それは分かっている。


 どうせこの人も姉をみたら、離れていくのだと、そう思っていたから。


 でも、今は違うと確信できるから。


「ごめんなさい」

「えっ? 何で急に謝るのさ」

「何でもないわ」



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