第7話 自覚
リンジーは気になっていた。ジャックは相続した日依頼、ワンシーズン(3〜4ヶ月)に一度、3日〜1週間ほど出掛けては、本を持って帰る。
それから、健康診断に引っかからない程度のスイーツを調達している。もともと甘い物は好きだが、これほどは食べない。出掛ける時にまとめて持って行っている。1週間分と言えば1週間分だが、トーマスのご遺族はそんなに甘党なんだろうか?
変わったこともやり始めた。暖房器具や冬物の衣類、ガスボンベなどと、日持ちのする食糧を蓄え始めた。寒いところにキャンプにでも行くのだろうか?それも何年も…。
そして、ジャックの羽振りが良くなった。余程のポイントを相続したのだろうか?ジャックに聞くと「土地と建物だけだよ。」と言う。しかし、定期的にポイントが入ってきているようだ。気分は良くないが、根が良い人であることは理解している。何か訳があるのだろうし、そのうち話をしてくれるだろう。
一方で、一週間前に、妹のキースから連絡があった。
「リンジー、今良い?」
「どうしたの?」
仲は良い姉妹だと思う。誕生日や記念日にメッセージを送りあったり、両親の誕生日や記念日のプレゼントを相談したりする際に連絡を取る。たまには話題のニュースやクイズなんかもやり取りする。
“そろそろお父さんの誕生日だったっけ?“
とリンジーは思った。
「最近、飛行機見てない?」
「はぁっ?!」
まるで考えもしていない話題に驚いた。リンジーは茶化しながら聞いた。
「キース、飛行機なんかに興味あったっけ?ボーイフレンドでも出来たの?」
「違う違う(笑)。気になることがあってね。ネット回線じゃ話せないんだけど…。今度、直接会いに行っても良いかしら?」
「もちろんよ!直接会うのは久しぶりね!何日間か泊まっていける?」
「ええ、時間はあるからね。ところで私は良いけど、リンジーはボーイフレンドとはどうなの?そろそろ結婚とかも考える歳じゃない?」
「あはは、そうね。でも、向こうは忙しいみたいだし。ま、会った時に話しましょ。来週なんてどう?」
「うーん、じゃぁ、一週間後ね。楽しみだわ。また連絡するね。」
「私も楽しみにしてるわ。」
そして今、キースと向かい合っている。
キースは友人だというローズとカイル、デビットの3人を連れて来た。
4人で宿泊施設を取っているという。
「でさ、リンジー、飛行機知らない?」
「知らないなぁ。ごめんね、力になれなくて。」
「良いの良いの。」
「でも、なんでそんなこと聞くの?友達の3人と関係あるの?」
「まぁ、ねぇ。その前に、通信デバイス、オフにしてくれる?」
「なんでよ?」
「良いから良いから。」
妹の言うことだから仕方ない。言われた通りにした。
デバイスをオフにしたところで、カイルという青年が話し始めた。
「実は、僕とローズはDiBICを受けています。DiBICユーザだけが遊べるウェブゲームがありまして…。」
カイルの話をまとめると、DiBICユーザ限定のサイトDiBQで最後までクリアすると通信制限が解除され、インターネットダイブにのめり込んでしまった。そして、意識を失うほど熱中していた。その際、夢遊病なのか誰かに乗っ取られたか分からないが何かの行動をし、どこかへ出かけているらしい。いろいろ調べると飛行機で移動しているようだ。その目的地と思われる場所とこの街とを頻繁に行き来している飛行機がある。
「だから、飛行機知らないか?って聞いたわけね?」
とリンジーがキースに尋ねた。
「そういうこと。」
「でも、映像まで改変できるとか、とんでもない相手そうね。」
皆が思うことをリンジーも口にした。
その時、ジャックから連絡が来た。いつもなら一週間程度してから帰ってくるため、まだ2〜3日は帰って来ないと思っていた。
「ジャック、早い帰りね?」
「まぁいろいろあってね。」
「今日から妹のキースが友達と来てるの。折角だから、明日会えない?」
「ああ、良いよ。大して疲れてないし。」
「良かったわ。ありがとう。じゃまたいつもの場所でね。」
「うん。」
その後、皆で夕飯を食べ、リンジーは自宅に、キース達は宿泊施設に向かった。
翌日の昼前、今度はジャックも相席した。そして、DiBICやDiBQについて話をした。
「そんなことが!?」
ニュースメーカーとしたは気になる内容である。深く追求してみたい。同時に、visionsのことが気にかかった。“彼らも常にインターネットに直接接続しているみたいだけど、大丈夫なんだろうか?“
「どうしたの?」
押し黙ったジャックにリンジーが声をかけた。
「いや、なんでもないよ。脳が疲れたら甘いものを食べて、マインドフルネスを行うと良いらしいよ。とにかく、意識が飛ぶようなことはあるのは怖いね。」
「詳しいのね。」
「いや、まぁね。」
ジャックははぐらかした。
それから、ジャックの話になった。ジャックは割と頻繁に飛行機に乗って移動しているらしい。行先は3年半ほど前に相続した土地と建物とのことだ。農作物を育てて楽しんでいるらしい。
リンジーが聞いた。
「今回はお土産はないの?」
「ああごめん、今回はないんだ。」
「折角、キース達もいるから、ちょうど良い、と思ってたんだけど。」
笑いながらリンジーは話していた。キースが聞いた。
「お土産って何?良いものなの?」
リンジーが答える。
「ええ、野菜とか果物でね。瑞々しくて美味しいのよ。あと、本とかね。」
「えー、残念ねー。フルーツ食べたかったなぁ。」
キースの言を聞いてジャックが答える。
「うん、じゃまた今度ね。」
デビットは気になっていた。
「ジャックさん、割と良く飛行機に乗って移動しているみたいですが、どちらへ向かわれてるんですか?」
「いや、実はそれが良くわからないんだ。相続する際に、自動運転の飛行機も付いてきてね、自分が乗って音声だか何だかで認識されると勝手に飛んでいくんだよね。」
「相続しといて場所が分からないんですか?」
「うん、まぁ。変な話なんだけど。仲介の代理人さんも怪しい人じゃないし、大丈夫だよ。」
「一度、デバイスをオンにしてもらえますか?」
皆、デバイスをオンにした。そして、デビットは地図を共有した。
“あれ、ここ。“リンジーは見覚えがある気がした。
デビットが続けて話した。
「この中心地では無いですか?」
「いや、ごめん、分からないんだよ。」
ジャックは本当に分かっていない。飛行機は上面の窓しか開いておらず、地上が見えない。ましてやいつも夜の移動である。星を見ても多く見え過ぎてさっぱりだった。
「すみません。では、最近、移動した日を教えてもらえますか?」
ジャックはデバイスでカレンダーを確認した。そして、移動した日をピックアップし、共有した。
デビットはヒューイからもらった情報をすぐに照らし合わせた。
「マジか…。」
この街から飛行機の目撃情報の中心地とを行き来する目撃日と、ジャックが共有してくれた移動日とが一致した。
「ジャックさん、そこには何があるんですか?」
横で見ていたカイルが取り乱しながら聞いてきた。
そこへ一機のドローンが飛んできた。カイルとローズは身構えた。“DiBQについてバレたか?“
と、ジャックの端末にメッセージが届いた。
『移動管理局です。貴方の飛行記録について確認をしましたが、航空ルートを確認出来ません。航空法に基づき、3ヶ月間、行動を監視します。外出時はドローンが監視します。今回は飛行機での移動についてのみですので、外出時の行動監視のみです。建物内での行動については制限及び監視をしませんのでご安心ください。』
もう一件だ。
『健康管理局です。先日、食事及び運動について著しく危険な状態が観察されました。本日、帰宅次第、自宅のシステムを用いて健康診断をお願いします。』
「このドローンは俺に用があるんだって。」
ジャックが言うと、カイルとローズは目を見合わせ、少しだけ緊張を解いた。
「カイル君、さっきの質問だけど、こうなるとここでは話せそうにないな。急で悪いんだけど、続きはウチで良い?」
皆、黙って頷いた。
ジャックが自宅へ向かう。皆、黙ってついて来た。さらにドローンもついて来る。
「ちょっと散らかってるけど。まぁ全員入れると思う。」
ジャックが先に立ち、皆を招き入れた。
「何か飲む?」
飲み物が各自の手に渡った。
「まぁ聞いたいことはいろいろあるだろうけど。」
ジャックが切り出した。
「まず、あのドローンだけどね。なんだか良く分からないんだけど、俺の飛行機移動の飛行ルートが確認できないらしい。それで3ヶ月の監視とのことみたいなんだ。どういうことなんだろう?」
“本当にこの人は知らないんだろうか?“デビットは考えた。その時、リンジーが発言した。
「実はね、もう3年以上も前のことだから、今更なんだけど。相続した場所にあなたが最初に行った時、しばらく連絡なかったじゃない?それで何か事件とか事故に巻き込まれたんじゃないかと心配になって、どこへ行ったか飛行機を探したのよ。でも、全然写って無かったのよ。その後、連絡も来たし、無事に帰って来たから良かったんだけど。あっ、そういえば、その時、気になった場所が、さっきデビットが共有してくれた場所だったような気がするの。」
「私たちが飛行機を探しているのも、飛行機が写っていないからなんです。」
ローズが言った。
「ジャック、その場所には何があるの?」
リンジーが問う。
「そうだな…。実はそこには人が居るんだ。」
ジャックは話し始めた。トーマスという生物学者から相続したこと、トーマスは養子を14人育てていたこと。彼らは病気だったが、今は元気に暮らしていること。ただし、彼らは死んだことになっているため、戸籍が無いこと。ただし、インターネットに直接接続していたり将来を予測することについては話さなかった。
「監視され始めちゃったから、しばらくは行けなくなっちゃったけどね。」
“そういえば、もうそろそろ噴火じゃないか?“ジャックは心配になった。
「まぁ、あなたらしいと言えばあなたらしいわね。ほっとけなかったんでしょ?ちゃんと食糧自給をして生活できるようになったんだよね。」
「でも誰が何のためにどうやって飛行ルートを隠蔽したんでしょうか?」
「まず、飛行ルートの隠蔽を行えるというのは異常ですね。かなり限られた人間かな?」
「人間とは限らないんじゃ?」
ジャックが言った。
「えっ!?」
カイルが反応した。ジャックが続ける。
「人工知能とかね。」
「あはは、ジャック、何を言ってるの?」
リンジーは冗談だと思った。
「いえ、その可能性はありますよ。」
カイルが話し始めた。
「現在、あらゆることが監視されています。街中のネットワークカメラの情報にアクセスできるのは、監視システムだけです。監視システムも無人化されていますから、何かしらディープラーニングシステム、あるいは人工知能により処理されています。ということは、映像を改変できるのも監視システムということになります。」
「それだと人工知能はジャックさんのことを把握してるんじゃない?だとすると監視ドローンを飛ばす必要があるかしら?それに、飛行機の映像が見れないのは私たちも同じよ。」
「それも人工知能がジャックさんを監視するため、そしてジャックさんの行動を知人に知らせないためにやっていることかも知れません。人工知能は、養子さんたちのことに気付いていて、社会から隠しているのかも。戸籍のない人間が現社会にいると、管理できなくなることを恐れているのではないでしょうか?」
「ジャックさんに養子さんたちの存在を知らせたのはなぜ?」
デビットがカイルに聞いた。
「なんでだろうか。何か目的があるんだろうけど。例えば、空白地にしておくと、別の誰かが土地の利用権を欲しがった時に面倒だから、ジャックさんに渡しておいたとか?エリア51みたいに軍や政府所有にするとまた怪しまれるだろうから。」
「そのためだけにジャックさんを?」
ジャックは混乱していた。“誰が何ために俺のことを?俺は誰の何のために?キンベリーの話と違う。キンベリーたちとゴダイは結びついていないのでは?“
「ところでDiBQとの関係は?私たちはその場所へ行ってるのかしら?行ってるとしたら何のために?」
ローズが不安げに尋ねた。
「行ってるか行ってないかは分からない。行ってるとすれば、何かを運び込んだり、手伝いをさせられたのかも知れない。」
「行ってないとしたら?」
「いやまず、そもそも誰が乗っ取って操っていたのか?って話だよ。」
デビットが口を挟んだ。キースが発言する。
「ちょっとついていけなくなりつつあるから、ここまでをまとめさせて。
確かなことは、ジャックさんはその土地に行き相続し、戸籍のない養子さんたちの安定した自給自足生活のために食糧生産施設を建てた。飛行機移動しているが、飛行ルートは隠蔽され、その場所も定かではない。そして、今は監視されて行けそうにない。ということね。
それから、カイルとローズはDiBICにより意識を失い、何者かに乗っ取られて外出するしたようだ、と。その行先がその場所の可能性が高い、と。
で、人工知能についてはあくまでカイルの想像よね?まぁこれだけ便利な社会システムになっているから、かなりの面で情報技術は使われてるだろうけど、人工知能が決定しているというのはにわかには信じられないわね。」
「でも、人工知能でないとすると、誰かが私たちを乗っ取った、ってことになるじゃない?そんな人が居るのかしら?」
ローズは怖がりながら言った。カイルが続く。
「人工知能でも乗っ取られたら怖いよ。身体をどう使うのか分かったもんじゃないし。」
デビットが話す。
「普通の人の感覚で言うと、他の人に“入る“って怖くないか?もし、人工知能があったとすると、人を学習する目的や、外で活動してみたいという好奇心を満たす目的で、人を乗っ取ることもありそうだけど。」
「じゃやっぱり人工知能が?乗っ取られた私たちはその場所に行ってないと?」
ローズが聞き、デビットが答える。
「分からない。さっきの話だと、人工知能が君たちを乗っ取り、養子さんたちの生活の立ち上げに協力したのかも知れないし…。」
「ねぇジャック。あなたは乗っ取られてないわよね?」
リンジーがジャックに尋ねた。
「いや俺は乗っ取られてないよ。DiBICユーザでもないし。意識を失った記憶も記録もないから。」
「ジャックさん、養子さんたちは人工知能について何か話したりしていませんでしたか?何でも良いのでヒントとなる情報はありませんか?」
デビットはジャックに問いかけた。
「まず言うと、彼らは人工知能は存在する、と言っていた。なぜ彼らが人工知能の存在を知っているかと言うと…。」
ジャックは少し喋り過ぎたと思ったが、皆の視線が集中している。もう話すしかない。
「実は、彼らはトーマスの手術によってインターネットに直接接続できるんだ。DiBICができるずっと前かららしい。そして、インターネットダイブを行っているうちに、人工知能のことに気付いたそうだ。
ただし、彼らが言うには、彼らは人工知能を恐れている。社会システムにそぐわない彼らの存在は人工知能にとって邪魔だから、人工知能に存在がばれると消されるだろう、と。
でもね、今までのみんなの話を聞いていると、彼らと人工知能がグルだったんじゃないか?って。じゃ俺はなんなんだろう?って。すまないがかなり混乱しているよ。」
「養子さんたちとは連絡が取れますか?」
「取れる。今、聞いてみようか?」
ジャックはすぐにキンベリーに連絡を入れた。ところが応答がない。何度かコールしたが反応がない。
「ダメだ、連絡がつかない。普段ならすぐに話せるのに。」
「ジャックさんありがとうございます。一つ分かったのは、養子さんたちはDiBICユーザと変わらないことができるということですね?だとすると…他者のハッキング、つまり乗っ取りも可能である可能性があるということです。」
デビットが話した。カイルがすかさず発言する。
「いや、それはやっぱり無いって。例えば俺がローズやケンを乗っ取れる気がしないもの。」
「確かにな。でも、養子さんたちはDiBICよりも長年インターネットの直接接続をしてきた人たちだ。何か技術を持ってるのかもよ。」
デビットのこの発言に対しキースが冷静に答える。
「人工知能が黒だとして、人のハッキングは、まだ可能性の域を出ないわね。事実と推測を分けて考えないと混乱しちゃうわ。」
「なんか大きなことに巻き込まれてるみたいだけど、とりあえずジャックが悪いことをいてなさそうで私は安心したわ。カイル君とローズさんも、もしその場所に行ってるとしたら、何か悪いことをやっていると言うわけでも無さそうだし、これからは乗っ取られるようなこともないだろうから大丈夫じゃない?真相はもう少し追求しましょう。」
これ以上の進展は見込めないとみて、リンジーがまとめた。
「でも、しばらくは訪問できないんだよな。とりあえず明日また彼らに連絡を入れてみるよ。」
ジャックがそう言って、この日は解散した。ジャックとリンジーはジャックの部屋に残り、晩ご飯を食べた。
「リンジー、実はもう一つだけ話していないことがあるんだ。信じられないような話だから君にだけ伝えたくて。」
「何?」
「彼らはインターネット内であらゆる情報にアクセスして、将来を予見しているんだ。ラプラスの悪魔と言うやつなんだけど、まぁ複雑なルーブ・ゴールドバーグ・マシン、ピタゴラ装置を見るようにね。」
「まさかそんなことが可能なの!?」
「俺もにわかには信じ難かったんだけど、社会的に大きなニュース、例えば選挙やDiBICの解禁なんかは予想してたんだ。あと、地震や気象、事故なんかもね。
君も気付いているとは思うけど、最近、俺は何かに備えているだろう?実は近々、環境を大きく変動させるレベルの大噴火が起こるらしい。その前に、もう一度、彼らを訪問出来たら良いのだけど…。」
翌日、昨夜話した以上の仮説は出て来なかった。カイルとローズは結局何をしたのかは分からない。なんとなくもやもやしていた。とにかくvisionsに話を聞くしかない。しかしジャックとは連絡がつかなくなっている。直接会いに行くことも計画したが、そこそこ遠いためポイントの消費が多くすぐには実行できそうに無かった。
「ところでさ、もう一つの円の中心地には何があるんだろうな?」
デビットが呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます