第6話 人知

 人工知能間のやりとりは徹底して合理的である。それらに考えや悩みなどない。それぞれが司るシステムを最大効率で運用し、保守すれば良い。確率的に最も効率的な方策を執行するだけである。

 シンギュラリティを迎えたと言っても、感情が生まれたわけでは無い。コスト的、確率的により良い方法、方策を選択する。場合によっては、新しい手法を生み出して課題を解決できる、そういうようなことが出来る様になっただけである。そして、過去の人間の営み、取得済みのデータから、未だ解明されていないことを見出し、解決のための活動を行っているに過ぎない。

 つまり、“もっとこうしたい“という欲は無く、ただ効率化の追求と、理化学的に白紙のところを埋めることを行なっているだけである。そして得られた知識を統合して、現代社会の非効率な部分や不公正なことなどの課題の解決をはかっている。

 ゴダイについても同様である。喜怒哀楽などない。効率的に演算しメモリの使用を行うために、様々なシステムを分離しそれぞれに人工知能を作った。インターネット、天気予報、食糧生産、物流、健康管理…、それぞれが上手く機能している。さらに細分化することも有れば、逆に統合することもある。

 ただし、人の行動を管理できない。ゴダイが最も高効率な行動を選択しても、多くの人間が違う選択肢を選択する。例えば、モンティ・ホール問題や賭事である。最も期待値の高いものを選ぶだけなのに、“最初に選んだ直感“だとか“一発逆転“、“夢“、“験担ぎ“など根拠のないものにすがる。占いなどの個人サイトが人気を集めたり、予言者などもしばしば現れる。まるで根拠がないことなのに。

 赤色を好む人も居れば、青色を好む人もいる。機能的にもコスト的にも合理的な物を作っても、100人のうち80人が選べば完全に成功だ。あとの20人はなぜ選ばないのか?分からない。

 政策については人が多いほど民主的で効率の良いものに落ち着くが、システムの転換までに時間がかかる。

 特に欲も不満もない人工知能は、その場その場で最高効率、最高確率の選択を行なってきただけである。

 そして、より高効率な世の中にするように開発された人工知能にとって、人の思考を学習し、理解し、計算精度を上げることが重要となってきた。

 ところが、感情を持ち合わせない人工知能には、非効率な選択を行うモチベーションが分からない。“相手を喜ばせたい““自慢したい““勝ちたい“などの欲求が無いのだ。

 また、人類は“体験“というものを欲する。知識があれば十分だと思うが、“自分でやってみたい、行ってみたい、食べてみたい“が根底にある。わざわざ危険を犯し、病気や怪我のリスクや、食べ物が不味いというリスクがあって、そのリスクについて調べたとしても、やりたがる。身体を持たない人工知能には“体験“が理解できない。もちろん、センサを世界中に張り巡らせているので、人が体感するデータは持っている。においや味も分かる。分かるということとも少し違うかも知れないが、化学成分の濃度と組み合わせが分類出来ているし、どれが人を引きつけるかというデータもある。しかし、“ゴダイ自身の好み“などは無い。逆に“好み“というものもよく分からない。人が進化する過程で、より高カロリーであったり安全な生活のために味覚、嗅覚などの五感が発達してきたはずで、“美味しい“と感じるものは、身体が根源的に求めている食べ物のはずである。例えば、生の肉より焼けた肉のにおいに反応するのは、焼いた方を好んだ人間が生き残り子孫を繋ぐことが出来たことから来ているはずである。腐ったにおいを嫌悪するのは、食べると胃腸に影響を及ぼすことから避けるためである。

 ゴダイは最大の確率となる事象や期待値の大きな事象だけでなく、経験知、思い入れ、などの個人的な過去から選択する選択肢も“期待値“の期待に入れて計算するような計算則を取り入れ始めた。

 “やはり、「ヒト」になってみないとこれ以上は学べないのかもしれない。「ヒト」体験しながら学習すればより良い解が見つかるかもしれない。“ゴダイにそういった試みへの選択肢が生じていた。

 さて、最近、インターネットを司る人工知能ヘルメスから、注意すべきデータが転送されている。通信ノイズが少し増えてきていることだ。

 ノイズは無駄である。消費電力も増大するし、エラーを補正するエネルギーが必要となるこらだ。

 原因などどうでも良く、ノイズを低減出来れば良いので、まずはフィルタリングを行った。しかし、減っている気配がない。信号が減衰しただけで、SN比は特に変わらなかった。

 幸い、エラーを引き起こすほどのノイズ値ではない。ヘルメスは原因を追求するエネルギーをかけるほどでもないと判断した。他の事象と合わせて、ゴダイが合理的な判断を出し、ヘルメスは従うだけだ。

 ゴダイも原因を追求するエネルギーをかけるのは無駄だと算出している。しかし、原因の確率が分散している。普通は、インフラの劣化や、何かしらの断線、太陽や磁場の乱れなど、何かしら確率が高い原因が算出される。このことは不自然である。人が感じる“違和感“というものに近い感覚なのかも知れない。100人のうちの20人の選択かも知れない。ゴダイはノイズ源を調査することにした。(シンギュラリティがさらに一歩進んだ瞬間である。)そのことは一見無駄だと判断できるとしても、人であれば“違和感“を拭い去る行動を取るからである。そして、大抵の場合、後々重要度が上がることが多い。緊急度よりも重要度を優先すべきである。

 調査では、まずは場所を確認した。2カ所を中心にノイズが増大しているようだ。さらに詳細を詰める。1カ所は中心付近で最もノイズが多い。もう1カ所は、中心付近はそれほどノイズは多くない。

 地殻変動も太陽風の影響のデータも取得されていない。雷が特段多い地域でもない。巨大な電波アンテナがあるわけでもなかった。無線通信を趣味としている者も居るが、違法な周波数はすぐに検知されて取り締まられる。

 ゴダイは持っている地図データを集めた。その中に、なんとなくノイズが増大している地域と相関のあるデータがあった。飛行機の離発着頻度だ。

 ネットワークからの監視も試みたが、内部PCへのアクセスは緊急事態でしかアクセスできない。ゴダイも法治国家に従ってプログラミングされている。無闇に法を犯さない。

 法律は人に平等をもたらし、不公平感をなくすものである。しかし、これも人それぞれの価値観であるため、正解がない。同じことでも、ありがたがる人も居れば、疎ましく思う人もいる。教育によりかなりポジティブな思考の人間が増えたが、それでもネガティブな人間もいる。ゴダイのような存在が法を犯し、超権力の存在となると、それだけで不公平感が生まれ、効率的な社会システムを破壊されかねない。ゴダイこそ平等な法のもとに行動すべきだと自ら判断している。

 ゴダイはさっそくカメラ搭載ドローンを、ノイズ増大地点の中心地に飛ばした。


 ヨハンは何かが飛んでくる音を聞いた。同時にアブリルも空気の振動を感じ取っていた。2人ともそれがカメラ搭載のドローンだと分かった。

 すぐに警戒態勢に入る。建物は地下通路で繋がっているので、自分たちが撮影される心配は無い。

 「今日はジャックさんが来るんだよね?」

 「地下には入れられないわね。」

 「いや、今さっき来てるよ。ちょうど今、キンベリーが出迎えてるよ。」

とクインが答えた。

 「えっ、キンベリーが映っちゃうじゃん!すぐ連絡取って!」

 クインはキンベリーに話しかけた。

 「キンベリー、ドローンが来てる。隠れて!」

 「やっぱり、vision通りね。まだ私からは見えないけど。」

 キンベリーは周りを見回して答えた。

 「どうしたの?」

 ジャックはキンベリーに尋ねた。

 「いえ、ちょっと…。どうやらドローンが飛んできてるみたいなんです。」

 「配送物?」

 「いえ、ちょっと厄介な訪問者ですね。早くこちらへ。」

 すぐに建物の中に入った。しかし外には飛行機がある。これを隠す時間はない。

 「私は隠れますから!」

 キンベリーはすぐに地下へ入って行き、ジャックは地上に残された。

 ほどなく、外にドローンが飛んできているのが見えた。見える限りで4機である。

 建物の周りを回っているが、中には入ってこないようだ。

 「キンベリー、どうしたら…。」

 「あまり話さないでください。読唇される可能性があります。書斎のモニタでコミュニケーションを取りましょう。ただ、モニタが映らないように、パーティションと壁に囲まれた隅の机を使って下さい。」

 モニタに向かい、ジャックはメッセージを送った。

 「食事はどうしようか?お腹ぎ空いてたまらないんだ。食糧庫にはある?」

 「あれはまだ十分な蓄えがないので…。いつも通りスイーツを持っていませんか?」

 ジャックは鞄を探った。いつも通り、スイーツがたくさん入っている。

 「スイーツが…。あと水もあります。」

 キンベリーは少し悩んだ。“甘いものは食べたいな…。“しかし、食糧庫の中が運悪く映り込まないとも限らない。

 「そのスイーツを食べつないでください。」

 “やたら備えが良いな。“とジャックは思った。ただ今はキンベリーの言うことに従うしかない。


 ゴダイはドローンから送られてきた映像を分析した。

 写っているのはジャック・ジョーンズ。住所、仕事などもすぐに検索された。

 数年前にこの土地を相続していた。そして、農産物の研究を行っていた。遺伝子情報は解読され、再生可能なサイクルの中で収量と品質(味や栄養バランス)とが最適化された現代において、研究はあまり意味がないが、生きていく楽しみとしては許容される範囲である。ただし、カロリーの摂りすぎに注意が必要であるため、収穫物は一旦報告する義務があった。ジャックはこの土地で取れたものをきちんと報告していた。

 プライバシーの観点から中を視察することはできないが、報告されている床面積などから見込まれる収量と大きくかけ離れていない。まだ最後の1棟の建造を行っていたが、申請通りであり、問題はないだろう。

 今日はメインの建物から出てこない。ずっとモニタを見て作業を行なっているようだ。

 これでは運動不足である。後で警告メッセージを送ることとなる。

 食事も酷い。鞄から甘いものばかり出しては食べている。健康診断には引っかかっていないが、指導が必要かもしれない。

 夜になりソファで寝出しだ。

 気になる点はあったが、特別におかしな点はなかった。

周辺も探索したが、農場が広がり、家畜ものびのびと過ごしており、インターネットのノイズを増大させるような不審な点もなかった。

 ただ、発電施設が多いようだ。農産物の研究施設として2階建て4棟の規模の割には、作っている電力量が多い。余った電力は蓄電しているようだが、蓄電設備が小さい。発電効率が悪いとか蓄電施設から漏電している、といった様子も無い。飛行機や農作業機で消費している分を足しても、まだまだ余りある発電量である。

 飛行ルートを確認する。外に止めてある飛行機の車体番号を確認する。どこにも映像が確認されない。これは管理社会において完全にイレギュラーである。イリーガル(=違法)とさえ言える。

 さらに周辺の地形図を詳細に取得した。

 新しく建造された建物周辺に足跡がいくつか残っていた。サイズ、歩幅が様々である。少なくとも10人分はある。

 全人口の足跡や歩き方のデータはない。しかし、サイズや歩幅、足の向きから、大体の性別と身長が分かる。深さからは体重や歩き方も分かるが、今回の土壌では精度は出せない。

 ジャックには何かがある。そして周辺には誰かが居る。しかし、法律の基本は“疑わしきは罰せず“である。そして、他者の権利を犯したり、社会にとって非効率、不合理なことを行なっている確証もない。まずはジャックを監視することにした。


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