第4話 接続

 トーマスの死から2年後、脳のインターネットへの直接接続が解禁され、脳手術が受けられるようになった。人工知能が、脳のインターネット接続は効率的で、人々の生活をより快活にするものだと判断したのだ。

 脳のインターネットへの直接接続をDiBIC、Direct Brain Internet Conectionと呼ばれた。

 また、脳への負荷を考えて、直接接続時の通信速度は制限されていた。

 しかし、DiBICは、没入感が段違いだった。ライブラリーへ行かなくても、世界中のどこへでも訪れている経験ができる。

 特に他人とのコミュニケーションが格段に変わった。言葉を通さなくても以心伝心するのである。例えば「公園で花を見たんだ。」という文章だと、いつ?天気は?どこの公園?何の花?と掘り下げなければならない。しかし、DiBICでは、“イメージをパッケージングする“ため、発信者が見たままのイメージがダイレクトに伝わる。そのため、天気や花の種類、公園の雰囲気が文章にしなくても伝わる。リアルタイム翻訳により言語の隔たりによるコミュニケーションの煩わしさは減っていたが、それでも文章を読んで理解しなければならない。DiBICはそんな煩わしさからも解放してくれたのだ。

 DiBICユーザは、インターネットサーフィン(波乗り)ではなく、ダイビング(潜水)と呼ばれるほど、深くインターネットに潜り込んだ。

 カイル・カイザーは、最近、常に倦怠感がある。身体にも脳にもである。

 “やっぱりDiBICのやり過ぎかな?“

 半年前に手術を受け、ずっと問題は無かった。食事も睡眠もしっかり取り、人工知能による健康診断でも特記事項は無かった。

 ひと月ほど前、ダイブ中に、DiBQという不思議なサイトを見つけた。DiBICユーザ特有の五感を使ったゲームに挑戦し、成功するとリワード(=報酬)が得られた。

 ユーザ登録時の規約に『本サイト情報はいかなる人にも共有してはいけません。本規約に違反した方は二度とプレイ出来ません』と最初に明確に記されていた。

 “DiBICユーザの特権だし、とりあえずやってみっかな。“

 始めてしばらくして、“こんなに面白いサイトなのに何故誰にも教えちゃいけないんだろう?“と不思議に思った。これまでに無いゲーム体験である。

 カイルはゲーム攻略を配信していた。つまり根っからのゲーマーで、ゲームをクリアしていくことが楽しかった。

 ついに最高レベルに達した時、サイトの運営会社からIDとパスワードがダイレクトメールで送られてきた。送られたIDとパスワードを入力すると、さらに上位のミッションが課され、それもクリアした。すると、自宅にスティック状のデバイスが届いた。さらに別のIDとパスワードが送られた。

 注意書きが添えられていた。『2時間を超える使用は控えてください。健康を損なう恐れがあります。その場合、こちらは補償は致しません。利用者はこのことに同意したとみなします。』

 デバイスを自宅のマスターPCに差込み、IDとパスワードを入力する。

 また同じ注意書きが表示された。そして、同意ボタンを押さなくてはならなかった。

 同意ボタンをクリックした。すると驚いたことにDiBICの通信速度制限が解除された。

 違法だと分かっていた。

 “まぁバレないっしょ。それほど多くの情報にもアクセスしないし。一回くらい大丈夫っしょ。“

 軽い気持ちで試してみた。

 一度にアクセスできる情報量が半端ない!これまで以上にリアリティが増した。

 こうなると噂で聞くドラッグと一緒だ。より深く深くダイブしてしまった。

 “ネット上にはやはり神様がいるな♪“

 しかし、脳の処理能力には限界がある。気付けば翌日になっていることがある。“そのまま寝てしまっちゃったか?“そう思う日が続いた。

 そして、脳が疲れて甘いものが欲しくなる。しかし高カロリーな食べ物は制限されている。“寝るしか無いか。“

 炭水化物と睡眠で脳の疲れは取れてきたように感じた。ところが、この数日、身体も怠い。“寝過ぎかなー?運動不足のせいかなー?“しかし、人工知能の監視によって、部屋で毎日に必要な運動は行っている。“良く食べて良く寝るかね。“

 DiBICの通信速度制限解除はやめられなかった。通信速度制限を解除しなくても、十分な情報量を得られるが、一度、その利便性に慣れると元に戻れない。

 それからも意識を失い、そのまま寝て、倦怠感とともに起きる、という日々が続いた。

 そんな中、カイルは2日間意識を失ったことがあった。最後に見た日付から2日経っていることで気付いた。

 不思議なことにお腹は空いていなかった。それから、脱いだ靴が揃えて置かれていた。

 そんなことが、最初はひと月に一度だったのが半月に一度、1週間に一度と頻度が増えて起こるようなった。

 “何かがおかしい。“

 カイルはまず自分の行動記録を確認した。意識を失っている2日間の映像を見た。ただ眠っていた。ただ、映像の最初と最後で何かが変わった気がした。

 “デビットに見てもらうか。“

 すぐにデビットに連絡した。

 「デビット?見てもらいたいものがあるんだけど、転送するよ。」

 「おけ。なんだよ、お前がただ寝てるだけの写真が2枚じゃん。からかうなよ。」

 「いや、何かおかしいんだよ。映像の2枚の写真に違いがないか?」

 DiBICの通信速度制限を解除して、意識を失って2日間も寝てたなんて言えない。

 「あー?分かんね。画処理して重ねてみたら…。うーん、何だろな?」

 「何かあったか?」

 「ハハ、こういう間違え探しやめろよ。靴と耳掛けデバイスの場所が変わってるな。」

 呆れたように笑いながらデビットが答えた。カイルは背中に嫌な感じがしたが、声に出ないように明るく努めて

 「他には?」

と聞いた。

 「他に?窓の明るさが違う?これは時間が違うから当たり前か。いや、こういうのもう良いよ(笑)。用はこれだけ?じゃーな。」

 「お、おう。サンキュー。またなー。」

 カイルは気味が悪くて仕方がない。

 意識を失っている2日間に誰かが部屋に入っている。

 セキュリティの厳しい個人情報の宅内カメラの映像を編集できる奴だ。そんなにまでして何をしたいのか?

 しかし自分もDiBICの通信速度制限解除という違法行為を行っている以上、公に出来ない。

 “似たようなことはないか?“

 『DiBIC 通信速度制限解除』で検索をかけた。

 『DiBICの通信速度制限解除は違法です。』

 『DiBICの通信速度制限解除は出来ません。』

という検索結果ばかりで、DiBICの手術をこれから受ける人向けの情報ばかりだった。

 “『DiBIC 意識 不明』で検索だな。“

 『DiBICは通信速度の制限があるため、脳への負担は限定されています。意識を失うことはありません』

 “そーゆーことじゃ無いんよなー。“

 カイルは諦めかけた。しかし、気持ちが悪い。

 “そうだ、あのサイトに何か書き込みは無いかな?“

 DiBICの通信速度制限の解除のきっかけとなったゲームサイトDiBQだ。攻略法の共有を避けるため、ユーザ書込みは出来なかった。

 『DiBQ』で検索した。タイポを装って。

 DiBQ自体は検索出来た。

 “俺がアクセス出来るくらいだから、そんなに秘密裏では無いか(笑)。用心し過ぎたかな?“

 しかし、DiBQについて発信している人が一人として見つからない。

 “そんなにマイナーなのか?“

 DiBICユーザのコミュニティも見てみた。特に何も見つからないとぼんやり眺めていた。

 『ちょっとヤバいゲームにハマってる。』

 ユーザ名は“ケン“。“ケン“でフィルタリンクした。

 『もう少しで全クリしそう♪』

 『先に全クリした仲間が「やべぇ!これはすげぇぞ!」って。早く全クリしたい!』

 『仲間が意識を失った』

 『仲間の書込みと記憶が消えた』

 『この書込みに気付いたユーザも気をつけてくれ』

 “えっ!?誰かに相談したい。誰だ?誰ならできる?“

 デビットの顔が浮かんだ。“アイツなら、DiBICユーザじゃないし、聞いてくれるかも知れない。“

 「デビット、すぐに会えないか?とにかくすぐに会って話したいことがあるんだ!」


 デビットはめんどくさかった。

 デビットもゲーマー仲間で、家でゲームをしていたかった。

 まだDiBIC手術は受けていない。話を聞くにカイルが羨ましかった。

 “最近、アイツ、ゲーム攻略を配信してないけど、何やってんのかな?連絡来たかと思ったらオリジナルの間違え探しだし。“

 約束の場所に、少し遅れて行った。急に呼び出されたのだから仕方ない。

 既にカイルは着いていた。かなりやつれていた。そして何かに怯えている。

 「よぉ、カイル。急にどうした?」

 「急に呼び出してすまん。まず耳の端末を切ってくれ。良いから早く!」

 「何だよ、落ち着けよ。」

 ネットを介して話しちゃまずそうだ。わざわざ外に出て話す必要があるのだろう。

 「カイル、何か飲むか?落ち着くかもよ」

 「ああ、そうだな。ココアにするよ」

 カイルは温かくて甘いココアを買った。カイルはコーラだ。近くの自販機で購入したが、個人IDをかざすと注文できる。徹底してカロリーを管理するため、個人IDが必要だ。

 カイルはなかなか話さない。何か話すことに迷っているような感じだ。

 デビットの方がたまらない。

 「おい、わざわざ来たんだぞ。何か言えよ。呼んだのはお前の方なんだからな。」

 面と向かってはなかなか合わないが、付き合いの長いカイルにしては珍しいことだ。なるべく抑えて言った。

 カイルは、それでも話し始めない。

 「すまん。何から話したら良いのか、考えてるんだ。」

 「じゃ、こっちから聞くけど、この前の間違い探しは何だったんだ?」

 「あれは…。…実は意識を失う前と後の映像なんだ。2日間、意識を失って、寝てただけかも知れないけど、とにかく俺には意識がない。それなのに部屋の中に変化があったってことなんだ。」

 「静止画じゃなくて動画を見たんだろ?」

 「もちろん見たさ。寝てただけだった。でも、最初と最後で何か違う感じがしてさ。違和感ていうかなんて言うか…。それが分からなくてお前に相談したんだよ。」

 「なんなんだよ、それ。」

 「分かんねーよ。なんか怖いんだよ。カメラの画像まで細工してさ。誰が俺に何してんだよ?」

 「他におかしなことは?」

 何かしらハッキング的なことをされてるのは分かった。呼び出して通信デバイスまで外させてまで話すのも分かる。何かきっかけがあったはずだ。デビットはさらに聞いた。

 「だいたい、この1ヶ月、お前はゲーム動画もアップもせずに何をやってんだよ?」

 「いや、それが。」

 なかなか言い出さない。焦ったい。

 「何かあったんだろ?」

 「分かったよ。話すよ。実は…」

 DiBQのこと、通信速度制限解除に関すること、ケンのこと、…、今分かっていることを全て話した。

 「なるほどな。正直、信じられないけどな。人工知能に監視されてるのに、そんなことできるか?ってーの、って思うけど。とりあえず、お前まず、DiBICの通信速度は制限しろよ。」

 「それはなぁ…分かってんだけど…」

 「渋ってる場合じゃねーだろ!お前の生活が誰かに乗っ取られてる可能性があるんだぞ。」

 「分かった。」

 「それから、意識失ってる間に何があったか?だろ?気になるよな?」

 「そう、それな。」

 「家の周りの映像は?」

 「あー、確認してねーわ。」

 カイルはかなりボーッとしてるみたいだ。

 「じゃまずはそれだな。」


 2人でライブラリーに行き、すぐにカイルが意識を失った日の映像を確認した。

 カイルの家の周りの映像をつぶさに確認した。何も写っていない。カイルは部屋を出ていないんだろうか?

 「なんもねーな。」

 「だなー。いや、でも靴が汚れてた気がするんだよなー」

 「そんなこと、ぼんやり言うんじゃねーよ!」

 カイルは脳が働いていない。デビットは何か手掛かりがないか考えた。

 「土が付きそうなところってどこだ?」

 「公園かな?」

 公園を確認した。いない。

 その時、公園の上に飛んで行く飛行機が映った。“これかも知れない“

 「飛行機の映像を探そう。」

 「デビット、そんなことに意味があるのか?」

 「まぁやってみようぜ。どうせ手掛かりがないしな。」

 「そうだな。ああ、ダメだ。少し寝かせてくれ。」

 「分かった。ちょっと寝てな。」

 飛行機が飛ぶのは珍しい。人が直接移動することはほとんど無いのだから。物流用の飛行機は個人宅に運ぶくらいだから小さい。あるいは効率的に一括で運ぶために大きい。ただ、大きな飛行機は郊外の倉庫間を飛ぶため居住地の上空を飛ぶことは無い。

 公園の上を飛んだ飛行機は人の移動用だった。

 “出発地点はどこだ?“

 ある地点まで探し出せたが、出発地点が分からない。前日から映像を確認し、飛行機が来るのを確認したが、ある地点で消息が不明になる。映像がかなり編集されている。カイルの自宅の近くであることは確かだが。

 それから、どこから来てどこへ向かったのかも確認した。しかし、途中の居住地で見失う。

 飛行機を追うことは出来なかった。

 「デビット、次はどうする?」

 「待て、ちょっと考えてる。」

 「DiBQから辿るのはどうだろう?」

 久々にDiBICから離れ、睡眠を取ったことで、カイルはかなり頭がスッキリしてきたようだ。

 他に思い当たる手掛かりは無い。

 「やってみるか。」


 2人でカイルの自宅に入った。

 コーヒーを用意した。

 カイルはDiBICでは無く、耳掛けデバイスを使ってインターネットにアクセスした。

 まずはDiBQだ。検索し、アクセスした。

 『ここから先はDiBICユーザ限定のサイトになります。DiBICユーザでは無い方はアクセス出来ません』

とのメッセージが音声とともに表示された。

 2人は目を合わせた。仕方ない、やるしか無い。

 カイルはDiBICからインターネットに接続した。デビットが一緒のアクセスポイントから接続したことがバレると、DiBQ情報が共有されたことになるかも知れないので、デビットはインターネットに接続しなかった。

 DiBIC中でも現実世界に意識を残すことはできる。必要な感覚だけインターネットを介して情報を受け取れば良い。

 DiBQでは、全クリした記録が表示された。一応、繰り返しプレイ出来るように1stステージから見せた。

 デビットから見ても魅力的なゲームだった。しかし、キーボードでもマウスでもゲームコントローラでもプレイ出来ない。DiBICユーザしか操作出来ないのだ。

 “こりゃハマるわな。しかも報酬付きだろ?“

 しかし、何も得られなかった。ただ、デビットがDiBQに魅せられただけだった。

 「良いなDiBQ。俺もやりてーわ。こんなの作った奴、天才だろ。でも、なんで秘密にするんだろうな?」

 「だろ、俺もそう思ったんだよ。人に知らせたくて仕方ないよな。ケンはどうなんだろうな?」

 「カイル、ソイツだ!ケンに連絡取ってみようぜ!」



/---

 ケンさん


 カイルと言います。

 突然、連絡をしてしまってすみません。

 DiBICユーザです。

 あるゲームのことで困っています。このゲームが直接の原因かはまだ分かりませんが。

 一度、直接会ってお話し出来ませんか?



カイル


---/



すぐに返信があった。


/---

 カイルさん


 ケンです。

 私も興味があります。

 どちらにお住まいですか?

 私は…


---/


 意外と近い。彼も西海岸だ。

 病気や怪我のリスク低減のために、居住地は温暖で天気の良い地方に設定されている。

 それから、物流の効率の観点から海沿いや川沿いでもあった。内陸は自然保護区か食糧生産地となっている。

 「移動用の飛行機の手配が必要だな。」

 2人はポイントを出し合い、移動手段を手配することにした。

 既に人々は労働から解放されている。毎月政府から1人10万ポイントが支給され、自由に使って良い。ただし食料は健康管理の観点からも購入できない。

 そのポイントで十分な人達は何もせずに毎日を楽しく暮らしている。

 一方で、生活には娯楽も必要だ。限られた範囲で賭け事に興じることもできる。また、娯楽は様々にあった。スポーツは仮想空間でのアバターやロボットが行い、プレイヤーは自宅やライブラリーで操作する。ぶつかり合わないため怪我などがない。

 Eスポーツや、ボードゲームも盛んである。有名選手は人々に娯楽を与えた功績でボーナスポイントが貰える。

 ジャックのようなニュースメーカーは、読者からポイントを貰ったり、カイルやデビットはゲーム動画の視聴者からポイントを貰ったりしている。他にも素材をポイントで購入し、衣類をデザインして売ったりしている者もある。

 ポイントは貯められるが、死んだ時には没収となる。ほんの一部は相続させることもできる。

 このように蓄えたポイントを移動や宿泊に利用する。他にも優先的にライブラリーの予約を入れられたり、郊外の土地を購入することが出来る。もちろん、死んだ時にはそれらも没収されるが、十分なポイントがあれば土地を相続させることも可能である。


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