第3話 五感

 ジャックが仕事で出掛けるとリンジーに言い残してから3日が経った。

 しかし、ジャックからリンジーに連絡がない。

 音声が通じない。テキストを送っても、“今は忙しいから、また連絡するよ“と定型分的なテキストが返ってくるだけだ。

 そもそも、ジャックの仕事柄、インタビューもリモートでできるし、移動する必要が分からない。

 リンジーは不安になった。“何か事件に巻き込まれているのでは?“

 居てもたってもいられなくなった。すぐにライブラリーに向かう。ジャックが出掛けた日の、ジャックの家周辺のネットワークカメラの映像を確認した。公共の場にプライバシーはない。午前4時、ジャックの家から飛行機が飛び立つのが映った。

 飛行機が飛び立った方向を確認し、ネットワークカメラを切り替えて行先を追った。居住地を出た。飛行機が向かう方角上の次の居住地のカメラを確認する。なかなか来ない。“なぜ?“周辺の居住地のカメラを確認した。飛行機が見えた!どうやら居住地外で方向を変えたようだ。“なんて面倒なことをするのかしら?“リンジーは浮気を疑った。

 8時間後、どの居住地からも飛行機の映像が確認できなかった。最後に映った居住地の周辺のどこかにいるに違いない。

 衛星写真で郊外を確認する。食糧供給の農場とプラントが確認できた。いくつかの個人所有の農場もあった。しばらく眺めていると、個人所有の農場らしいが、やたらと畑が大きな敷地があった。他の個人所有の敷地は、畑、林、庭園となんとなく自然豊かな感じになっている。この敷地だけはやたらと穀物を育ているようだ。それでいて、食糧供給のプラントが併設されていない。違和感を感じたが、ジャックが居るとは思えなかった。“本当にどこにいったのだろう?“リンジーは調べるのをやめた。


 キンベリー達は気づいていた。リンジーがそういう風に動くことも予測の通りだ。ただし、ここまで近くまで情報を追うとは思っていなかった。“特定はされていないはず。大丈夫。“

 しかし、ジャックとリンジーに何かあってはいけない。一声掛けておこう。

 「ジャックさん、恋人のリンジーさんのことは大丈夫ですか?」

 ジャックは、ハッとした。あまりに現実離れした現況のために、リンジーのことを忘れていた。

 「しまった。連絡を取らせてくだい。彼女から連絡があったかもしれない。」

 「大丈夫です。適当に返信しておきましたから。」

 ジャックは少しムッとした。親切心かも知れないが、リンジーとのことは関係ないはずだ。“しかし、リンジーのこともお見通しか。“

 キンベリーは続けた。

 「しかし、ご帰宅した時に、説明が面倒ですよね。」

 確かにその通りだ。何と言えば良いのだろうか。そしてキンベリーの気遣いに感謝した。

 「場所など正直にお話し頂いてかまいません。ただ私たちの存在は内密にしてください。『以前インタビューしたトーマスが亡くなったそうで、遺族の方が、郵送ではなく直接、遺品の本の一部を手渡したい』とでもお話し下さい。この本をどうぞ」

 3冊の本が手渡された。

 「なるほど、ありがとうございます。」


 こうして1週間が過ぎ、ジャックは帰宅することになった。

 「ジャックさん、これを。自宅にお戻りになってから耳掛け端末に差し込んでください。私たちと直接連絡を取れる専用の通信デバイスです。」

 「あなたたちの存在がバレるようなことはありませんか?私の身の安全もありますし。」

 「大丈夫です。現在の量子通信とは少しだけ規格を変え、ノイズに紛れ込ませて通信します。盗聴の心配もなく、通信量から怪しまれることもありません。」

 ジャックは信じるしかない。

 「分かりました。帰宅後やってみます。」


 帰宅するとすぐに、リンジーには心配をかけたことを謝り、事情を説明した。受け取った本も見せた。

 それからキンベリーに頼まれていたことに取り掛かった。

 「すぐに食糧の保存スペースと農地の拡張の申請をお願いします。」

 ジャックはキンベリーにそうお願いされていた。

 建物の建造や土地の利用には許可が必要である。政府(人工知能)が将来にわたる土地の有効活用と、建造にかかるエネルギーやリスクを把握するためである。建築用重機もポイントによりレンタルできる。資材も入手可能だ。

 キンベリーとは次のようなやりとりをしていた。


 「構造や大きさはどうしますか?」

 「4年サイクルで回るようにしたいですね。地上に2階の倉庫を5棟で良いかと。4棟はそれぞれ、穀物類、野菜類、樹木果実類、そして、牛、豚、鶏の畜産類の生産拠点としましょう。トーマスが生物学者だったので、その研究を引継ぎ、趣味とすることで怪しまれないと思います。残りの1棟はエネルギー施設にしたいです。」

 「食糧について、地上2階、4棟だと足りないのでは?」

 「まず地上の建物を建造し、その後、密かに地下に3階の温室を建造したいです。地下空間でも生産と食糧保存を行います。糖の多い植物やカカオ、バニラなどのスイーツの材料も育てます。甘い物が欲しいので。

 地下3階の建造は、レンタルした重機に、自家発電で得られたエネルギーを注入し、夜中に行うことで目眩しできると思います。もちろん稼働履歴は改竄します。(笑)」

 「資材が足りませんが。」

 「地下の分の資材は、耐震を言い訳に深く多めに突き刺すことを申請してください。それを再加工してまかないましょう。これで地下の建造物を把握されないはずです。」


 こうして申請は無事通り、建造が始まった。

 建物は1棟につき4ヶ月ほどかけ、全て建てるのにおよそ1年半かける計画であった。

 それぞれの建物は地下で繋がっており、もちろんメインの建物(ジャックが最初に足を踏み入れた建物)とも繋がっている。


 ジャックは相続した日依頼、ワンシーズン(3〜4ヶ月)に一度、3日〜1週間ほど出掛けては、本を持って帰った。そして必ず、スイーツを運んでいた。“まるで働きアリだな(笑)“自嘲気味に思った。彼らはvisionに相当なエネルギーを消費するらしく、甘いものを好んだ。

 ジャックが到着すると3棟目の建築が行われていた。

 夜になり地下施設の工事を行なっていた。ジャックも興味があったので見学させてもらっていた。今日はキンベリーではなくクインがサポートと見張りをしていた。

 大きな建物であるが、さすがに地下空間は狭い。使える重機が限られている。

 「重たい鉄骨やコンクリートなんかの資材はどうやって運ぶんだい?」

 アンディが答える。

 「僕とオーウェンは怪力持ちなんです。僕たちが運びますよ。」

 そう言うと、アンディ、オーウェンは重い資材を軽々と担いで行った。相当な腕力と脚力があるようだ。それをフェルマーとメイが手際良く使って建造していく。

 「どこでそんな技術を?!」

 「DIYの動画がウェブ上にたくさんありますから」

 メイが答えた。それにしても器用すぎるし、訓練もせずに正確にできるものだろうか?

 高い所ではマイクとサムが作業をしている。

 「脚立が無いみたいだけど、どうやって昇り降りしたの?」

 マイクとサムは目を合わせてから、サムが答えた。

 「軽く飛ぶんです。自分たちは跳躍力があるので。」

 翌日には、ノエルとダンが資材運び、アブリルとジョセフが建築、ジョンとヨハンが高所作業を行なっていた。サポートはキンベリーであった。交代しながら作業を進めているようだ。

 ジャックが何か手伝えることがないかと思案していると、突然、バタンという大きな音がした。電気が消え、真っ暗になった。壁に立てかけておいた資材が倒れ、電線を切断したようだ。真っ暗になった驚きで動いたジャックは何かに躓き、胸を地面に強打した。

 「みんな大丈夫?」

 キンベリーの声だ。

 「俺は大丈夫だ。」

 「私も無事よ。」

 次々に無事の声が聞こえる。ジャックだけは声が出なかった。

 「ジャックは?」

 「息の音は聞こえるわ。胸を強く打ったみたいね。」

 “チッチッチッ“と聞こえた。

 「そこにいるよ。」

 「あー、確かにそこにいるね。」

 誰かの手がジャックに触れた。

 「大丈夫そう。そんなに出血もしてないし、脈も呼吸も回復しそう。ただ肋骨を一本折っちゃったかもね。頭は打ってないみたいだから、動かしても平気そうだよ。」

 別の手がジャックを抱き起こし、担ぎ上げた。

 真っ暗な中から、

 「こっちこっち。そこ、段差に気をつけて。」

 「そっちには工具が置いてあるから、そこで右。」

と誘導の声がする。

 地上への階段の扉が開いた。隠し扉となっていて、念のため夜の作業中も閉めている。

 扉が開くと光が差した。

 地上に出て、横にされた。キンベリーとアブリル、ヨハン、ジョンが目の前にいた。運んでくれたのはダンのようだ。

 ぬるい水がコップに入れられて渡された。少しだけ飲むと落ち着いた。それからしばらくゆっくりしていると落ち着いてきて、声も出せそうだった。

 キンベリーはじっとジャックの全身を眺めていた。アブリルは身体中を触る。ヨハンは横で耳に手をかざして音を聞いているような仕草をしていた。

 3人は目を合わせ、キンベリーが言う。

 「大丈夫そうね。」

 それからアブリルが

 「ヨハンの言った通り、肋骨を強く打ったみたい。ただ、ちょっとヒビが入ったくらいでそのうちくっつくから問題ないですね。熱も特に出てないし。」

と言い、ヨハンが話す。

 「うん。身体から変な音もしないし、大丈夫そうだよ。」

 ジョンは

 「おかしな匂いはしないね。ちょっと血の匂いがするから、擦り傷か切り傷でも付いたかな。」

と言った。

 落ち着いてきて、ジャックは疑問がわいてきた。

 「ねぇ、どうして暗闇の中で躓かずに正確にここまで来れたんだい!?それに俺のことも見えてるようだったし!?」

 キンベリーが答え始めた。

 「私たちは、それぞれ優れた感覚を持っています。例えば、私は一般的な可視域外の波長の光が見えます。それから、オカルト的ですが、オーラのようなものも…。人の細胞は活動することで微弱な振動をしているようで、それ自体が発行しているのか、周辺のものがその振動で発行しているのか分かりませんが、そういったものが見えるのです。なので、暗闇も平気ですし、人の体調も分かります。

 アブリルは触覚、肌感覚が優れています。振動や熱を感じられます。ジャックさんの呼吸や振動から場所や体調を知りました。ヨハンは聴覚です。“チッチッチッ“と聞こえましたか?あれはヨハンが出していた音です。あの音の反響を聞き、暗闇でも物の形や場所が分かるのです。コウモリやイルカと同じですね。ジョンは、お分かりのように嗅覚です。他にも磁場の感覚や嗅覚に優れている者もいます。他にもそれぞれが感覚と機能が優れているのですが、一つ一つ説明すると長くなるので…。」

 「そんなことが…。」

 そう言って、ジャックは思った。“そうか、それで医者も不要なのか。“

 ジャックはその後、2日ほど養生して帰宅した。


 3ヶ月後、ジャックはまたvisionsを訪問した。

 4棟目の建設が始まっていた。また1棟目では、食料の生産も開始していた。

 たくさんの種類の植物が植えてあった。しかもバラバラのようだ。収穫して選別するのがめんどくさそうで、非効率的に思えた。

 「同じ種類をまとめて植えてないのはなぜ?効率悪く見えるんだけども。」

 ジャックは作業中のアブリルに聞いた。

 「こちらの方がたくさん採れるんです。自然界の森林は固まって育っていますか?同じ種類の植物は、その種類によって一定の距離があるんです。同じ栄養分を奪い合わないように。それと、彼、彼女たちも子孫を広げたいわけなので、より遠くに種を飛ばそうとします。そして、その間には別の種が育ちます。異なる種で好き嫌いのある養分を分け合っているのです。なので、こんな風に植えると限られた土地を有効に活用出来るんです。」

 「一面に土を敷き詰めてるけど、もっと区画を分けた方が良いのでは?いろいろ不便そうで、これも非効率そうなんだけど。」

 「植物たちは互いにコミュニケーションを取っています。コミュニケーションを取ってる、というと意志があるように見えますが、反応をシェアしている、という感じです。例えば、枝が折れた、となると、植物の振動や水の流れが変わるので、周辺に伝わります。それに、何かしらの化学成分も放出されます。光の当たり方も変わります。それらの情報を互いに受け取り合って、補ったり進出したり、時には微生物を呼び寄せたりして生態系のバランスを保とうとします。なので、コミュニケーションを取れるように一面に育てています。そして、剪定したり、水や肥料、温度で手助けしてやると、より多量で美味しいものを収穫できるのです。クラシックを聴かせたりするのは、音楽の持つ周波数が、植物の細胞や構造を良い具合に刺激しているので、生育に良いのです。植物からの振動を感じると喜んでいるのが分かりますよ。

 動物よりも早くに地上に進出し、動物よりも寿命の長い生物ですから、たくさんのノウハウを持ってますよ。」

 “そうか、アブリルは植物の振動を通して、植物とコミュニケーションが取れるんだな。“ジャックは驚かなくなっていた。

 「小動物や昆虫、細菌や酵母なんかも一緒に入れたいんですけどね。植物に対する病原菌も持ち込む可能性があるので、限られた生き物だけですね。でもまぁ品種改良も進んでいるので病気や環境変化にも強いので大丈夫でしょう。短いサイクルでたくさん収穫もできますし…ただ必要なエネルギー量、肥料とか光が必要ですけど。」

 「人工知能により解析された遺伝子情報を使った品種の方が、収量も品質も高いんじゃ?」

 「ええ、今、出回ってる品種は、その育てられる環境下で収量と品質が最高のものです。でも、ここでは肥料も土地も光も水も…周りで育てられる品種も違うので、ここならではの最適解があるんです。」

 「はあ、なるほどなぁ。」

 ジャックには、ここではすることがない。仕方ないので最下層へ向かった。

 最下層では水槽が敷き詰められていた。水は重たく床への負担が大きいため、最下層であった。

 「調子はどう?」

 ジャックはフェルマーに話しかけた。フェルマーは振り返り笑顔を見せた。

 「上々ですよ。魚たちも元気です。日光と水生植物をもっと用意できたら良いんですが、地下だから仕方ないですね。」

 「水中の生物が好きなの?」

 「はい。僕は海の生き物が好きです。海が綺麗だし。聴力に加え、肺活量と声に優れていて、水中に長く居られるんです。それに、あらゆる音を再現出来たりするので動物と簡単なコミュニケーションを取れたりもします。」

 「魚って喋るの?!愛着湧かない!?」

 「魚は話す、というより音を出します。歯を鳴らしたり、浮き袋を鳴らしたり。身体を震わせることもありますよ。愛着は湧きますが、魚はこちらの言うことが分からなくて、言うことを聞かないですし、なんとなく心地良いか苦しいかが音で分かるくらいで…。牛とか豚の方が聞いていて苦しいですよ。でも、命を頂いて、自分の命があるわけですから。それに、なんでも食すことで人は種を存続してきたわけですから、感情的に逃げてはダメで感謝するものだと思っています。」


 エネルギーは、地上2階分以上を使用すると怪しまれるので、敷地内の川でのダムによる発電、風力、太陽光、地熱などあらゆる方法で不足分を補った。エネルギーは最後の1棟にも貯蔵する予定である。

 Visionsの排泄物も肥料として利用し、大人数が生活している痕跡は出さなかった。

 食糧貯蓄と生産の建物が完成してから1年経った頃、つまり、トーマスの遺産を継いでから3年近く経った頃、ジャックは不思議なことに気付いた。ジャックが持ち込んだ以上にスイーツが蓄えられているのだ。

 この頃には月に一度くらいのペースで訪問していたが、visionsがやたらと疲れて見えるようになった。ただ会話や表情は楽しげであった。

 “彼らがネットを使って上手く調達しているのかな?これだけ食糧を調達するにも疲れるだろう“

 そう思った。



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