第100話 付喪神 後編

 智里ちさとさんも退院し、また数週間経った頃。今度は近所の少年Aが事故にあったと知らされた。いわゆる子どもたちのボス的存在で、山口さんの子どもたちも彼から大層いじわるをされていた。

 Aはどうやら足に後遺症が残るらしく、通常の小学校に戻るのは難しいと判断され、特別支援学校のある土地へ引っ越すらしい。その話を夕食のときにしていると、子どもたちは顔を見合わせてクスクスと笑った。

「どうした?」

 山口さんがそう聞くと、長男は

「別に……」

 と言って含み笑いをする。どうにも気味が悪い表情に山口さんは少し不安になったそうだ。

 食後、また子どもたちが刀に拝んでいる姿をみた山口さんは、どうもおかしいとそれを取りあげ、今に至るのだという。


 一連の話を聞き、私はいつものように鞠絵さんに連絡をとった。彼女は「できるだけ早く時間をとる」と快諾かいだくしてくれた。

 

 数日後、鞠絵さんの営む古書店に山口さんと共に訪ねると、彼女と時折仕事を共にする伊東さんもそこにいた。

「ちょっと私に扱えるものか分からないから彼も呼んだのよ」

 と鞠絵さん。

 山口さんが例の刀を取り出すと、鞠絵さんは眉根をひそめて、

「あら……これ、おばあちゃんが憑いちゃってるわねぇ……。他にも色々と……」

 と言った。

「あ、白髪の老婆ですか?」

 と山口さん。

「そう。この刀、随分と人を殺しているみたい。このおばあちゃんもそう。一番強く出てるのがおばあちゃんね」

「願い事が叶うっていうのは、なんなんでしょうか」

 と再び山口さんが不安そうに聞いた。

「これね、殺された人たちの恨みが憑いてるのよね。それに対して拝んじゃったから、神様みたいな感じになってるの。付喪神つくもがみっていったら早いかしら」

 鞠絵さんの説明に伊東さんが補足する。

「山口さん、言いにくいんですけどもね。これ、あなたのご先祖の持ち物です。つまり、ご先祖さんが無辜むこの人をたくさん殺していたってことなんですよ」

「伊藤くん、そこまで言っちゃったら……」 

 と鞠絵さん。

「いや、ここは説明しておくべきでしょう。山口さん、これね、呪物になってます。この刀で殺された……分かりやすく『魂』と呼びますが、その魂がね、子孫であるあなた方に悪意を持ってるってわけですよ」

 すると山口さんが

「願いが叶うのが、悪意ってことですか」

 と不思議そうに聞いた。話を聞いていた鞠絵さんは

「簡単に願いが叶っちゃう。それも悪い形で。そんなことが続いたら、いつか刀に魅入られて取り込まれるかもしれないのよね」

 確かに、事故などといった形で願いが叶うのは恐ろしい。ましてや、子どもたちの様子がおかしいともなると、なんとかする必要がありそうだ。

 

 しばらく刀を見ていた鞠絵さんが伊東さんに

「このはらい、やってみてくれる?」

 と話を振った。

「とりあえず……刀を抜いてみてもいいですか?」 

 と伊東さん。

「抜けないと思うんですが……」

 と山口さんが言うのにも特に答えず、刀を手にとった伊東さんは力を込めて鞘から刀を抜こうとした。彼は大柄でいかにも力のありそうな男なのだ。


-パキッ


 小さな音が聞こえた瞬間、その場にいた伊東さんを除く全員が

「あ」

 と声をあげた。

 刀と鞘は分かれた。抜けたわけではない。折れたのか柄には刀身の根本の部分だけが残っている。

 残っている刀身もかなり錆びついており、哀れな姿になっていた。

「あらあら……」

 と鞠絵さんが少し笑いながら言う。

「んー……ちょっと刀の力、半減しましたかね」

 と柄と鞘を見ながら伊東さんが言った。

「まだ力はあるってことですか」

 と山口さんが言うと、鞠絵さんは

「それはもう、もちろんよ」

 と答えた。

「それ、もういらないんでなんとかしてください……」

 と山口さん。

 すると、伊東さんが目を輝かして

「いいんですか?これ、なにかに使えそうだから喜んで頂きます」

 と言う。その姿に一同は少し笑ってしまったが、私はどうにも不安で、

「『使う』ってなんなんです?」

 と口にしてしまった。

 すると鞠絵さんと伊東さんは顔を見合わせて笑う。どういうことなのかと尋ねても

「私には扱いが難しいけれど、伊東くんならね……」

 と鞠絵さんが答えるだけで、明確な回答は得られなかった。


 一連の話はこれで終わった。刀のその後は今でも私には分からない。

 ただ、伊東さんの仕事が最近調子がいいとだけは鞠絵さんから聞いている。それが刀と関係あるのかまでは踏み込んで聞かなかった。

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