第97話 明晰夢
ある時から、美咲さんは明晰夢をみるようになったという。夢を夢と認識し、その世界を自分の意思で自由に動くことができる夢だ。夢の内容を変更できる人もいると聞くが、美咲さんはそこまでは至っていなかった。
初めて体験したときは不思議な夢だと思っていたが、少し調べてそれが「明晰夢」というらしいと知ったという。
ある日のこと。再び明晰夢をみた。美咲さんのパターンは身体がふっと浮き上がり、宙に浮かぶところから始まる。いつも自身の「本体」を眺めてから遊びにでかけるのが通例だった。
その日も同じように始まり、外へ出る。壁すらもすり抜けられるのは何度体験しても面白いものだ。空を飛び、爽快感を味わっていたとのこと。街中に出て、ビルの屋上の
その時。
「あ、あら。お仲間さんに会えるなんて初めてだわ」
ふいに後ろから声をかけられて振り向くとひとりの女性が立っていた。
こんな時間。深夜のビルの屋上。そして「お仲間さん」との言葉。
それらから彼女は「生身」の人間ではないと美咲さんは判断したという。しかし、それはあくまで「明晰夢」を見る仲間のことだと思っていた。夢の世界に他の人物が現れることに違和感を抱いたが。
彼女の話を聞くとどうもおかしい。その女性はここから飛び降りて亡くなったのだという。
自分は生きている人間で、夢をみているのだと説明したところ、
「いえ、ここは『現実』よ。えっと、あなたがみているのってなんていったっけ」
「明晰夢です」
「んー……。あなたはそう思ってるのかもしれないけど、幽霊歴5年目の私から言わせてもらうと、あなたってば幽体離脱してるんだと思うわ」
彼女の言葉に美咲さんは戸惑った。「幽霊歴」という珍妙な言葉もそうだが、まさか幽体離脱などということが起きていたとは思いもしなかったそうだ。
「あなたもここから飛び降りた方かと思ったけど、違うのね。あんまり身体から離れすぎないほうがいいような気がするんだけど……」
と女性は続けて言った。
その言葉に少し不安を抱いた美咲さんは自宅へ戻ることにした。自室のベッドに横たわる自身の身体に触れるといつもはそこで目が覚める。
しかし、その日は何度触っても戻ることができかったそうだ。夢に対する認識に変化が出たためだろうか、と焦りながら戻ろうとするも戻れない。
とうとう朝になり、起床時間が迫っていた。早く起きなければ会社に間に合わない。しかし戻ることはできなかったという。
起きてこないことに気づいた家族が部屋にはいってくるのが見える。美咲さんの身体を揺り動かし、しかし起きない彼女をみた家族は救急車を呼んだようだ。
慌てて美咲さんも後を追った。
様々な検査を受けている自身の姿を眺めながらどうしたものかと悩んでいた。
どこにも異常はないが、何故か目を覚まさないという話になり、美咲さんの身体は病室に運ばれた。
病室の片隅に浮かびながら自分の体を見守る美咲さん。どうやったら戻れるのだろう、そんな不安を抱えていると、母の
彼女は美咲さんの身体を確認後、ぐるり、と辺りを見渡した。
なんだろうかと緊張する美咲さん。やがて彼女の視線は宙に浮かぶ美咲さんにそそがれた。目が合うこと
彼女は寝ている美咲さんの口をぐっと開けると、そこを指差し宙に浮かぶ美咲さんを再び見つめた。
-ここへ
頭に彼女の声が響き渡った。言われるがままにそこへ入ることをイメージした次の瞬間。
美咲さんは無事目を覚ました。安心したように泣く母。その後ろで、起こしてくれた彼女は困ったような笑顔をみせていた。
念のため、もう一晩入院ということになり、母は着替えを取りに家に戻った。彼女の名前を失念している美咲さん。それに対し彼女は鞠絵という名だとおしえてくれたそうだ。
「あなた、あまり変な遊びしちゃいけないわよ」
鞠絵さんから忠告を受ける。
彼女によると、美咲さんの身体と魂を結ぶ糸が少し細くなっているという。寝ているときなどの「油断している時間」にそれが更に緩み、あのような夢をみせていたそうだ。今回、その糸はほとんど切れそうなほどまでに細くなり、こういう結果を生んだという。
「糸」を補強するとのことで、美咲さんは後日鞠絵さんから数珠のブレスレットをもらった。幽体離脱現象を少なくすることで、自然に補強されることが狙いだそうだ。寝ている間は必ずつけるようにとの言葉に従った結果、あの夢は見なくなったという。
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