第93話 灯る明かり
泊りがけのツーリングで、夜にある山を疾走していた。途中で少し疲れを感じ、休憩をとりたいと思っていたところ、ちょうど展望台を見つけたという。ちょうどいいとそこで休憩をとることにした。
バイクを止め、持ってきた荷物から飲み物を取り出し、夜景を眺める。街の明かりが目の前に広がるその風景はなんとも美しく、ちょっとした感動を覚えたそうだ。
こんなに夜景がきれいにみえるスポットなら、カップルがデートしていてもおかしくなさそうだが誰もいない。平日とはいえ、もう夜だ。隠れた名所で、あまり知られていない場所なのだろうかと不思議に思っていたところ。
ふと、後ろから誰かが近づく気配がした。
「綺麗なもんでしょう、この眺め」
その声は男で、晃さんの隣に立った。
「ああ、なかなかに見応えがありますね」
と晃さんは答える。
「すみません、タバコを持っていれば一本いただけませんか」
と男。
ちょうど一服やりたかった晃さんはポケットからタバコを取り出し、ライターとともに男に渡した。返されたそれを受け取り、晃さんも一服。
しばらくの沈黙のあと、男が呟いた。
「30年前近くはね、こんなんじゃなかった」
その言葉に少しの違和感を晃さんは覚えたという。なぜなら、20代後半の晃さんと同年代くらいの声に聞こえたからだ。そうなると年齢が合わない。
男の方を改めて見てみたが、街灯があるにも関わらず、その姿は影になっていてよく見えなかった。いや、街灯があるために逆光になって却って暗く見えるのだろうか。そう晃さんは思ったという。
男は続けた。
「あの地震のときはね、私は出張中だったんです。慌てて戻ったんですがね、妻も子も亡くしました」
あの地震。晃さんは少し考え、それがなにを指しているのか
「四十九日が済んだあたりで、ぷつん、と心の糸が切れましてね、ここであんな……」
「あんな?」
晃さんの質問に答えることなく、男の話は続く。
「それからずっとここで街を眺めてましたよ。始めは寂しいもんでした。今はもう、こんなに明かりが灯ってる」
男はタバコを吸う。
「こんな風景を眺めてるとね、思うんですよ。私はあの光の点の一部にはもうなれないんだってね」
晃さんは一連の話を聞き、彼はこの世の者ではないことに気づいた。なんと話を返したらいいものか。
「そんな後悔なんて、なんの役にも立ちやしない。今となってはどうしようもないことです。」
そう言う男に、晃さんはもう一本タバコを勧めた。なぜそうしたのか、自分でも分からなかったそうだが。
「いや、もう満足です。あなたはいい人だ。私がいくら話しかけても、今まで聞いてくれた人はいなかった」
再びの沈黙。
「……ああ、そうだ。もう満足です。次にまた生まれることができるなら、違う生き方をしたいもんですよ」
そう言った男は、さようならと言ってふっと姿を消した。
やはり、と思ったその瞬間。ざわっとしたざわめきが晃さんの周囲を覆った。先程までの風景とは一変し、多くのカップルが夜景を眺めてにこやかに会話をしている。誰もいなかったはずだが、どうやらこれが現実のようだ。
あの男との会話の間、少し違う次元にいたのかもしれない。漠然とそう感じたという。晃さんは改めて街に灯る明かりを見た。
空の星のように広がる光。男の話を思い返すと、この眺めの背景にある過去の人々の力に言い表せない感情を覚え、じわり、と街の光が
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